とりあえず戦闘を学ぼうとしたけど参考にならない
座学(?)を終えた私達は、再び【修練所】の方にやって来ていた。
「では次は戦闘の仕方です。ユイさん、エースからは戦闘はどのように教わっていますか?」
「んーと、殴れば勝つ!」
「ちょっと校舎裏行きましょうか、エース」
私の言葉を聞いた伯爵さんがとても笑顔になる。謎の威圧感を醸し出しながら。
「いやいや、だって伯爵。ユイはMMO自体超初心者なんだよ?」
「それとこれとは別です。正しき知識と心を持って、誠心誠意向き合うのが大事なのです」
「廃ゲーマーの伯爵だからそう言えるけれど、私の親友にそんな夢の無い事語らないでくれるかな?」
「夢とは見るものでは無い、作り上げるものです。良き仲間と共に冒険に出るにしても、マスターが無知では安心出来ないでしょう」
「夢とは一期一会の出会いから生まれる突発的なものさ。知らない人と出会う事が出来るからこそ、知識が無い方が面白さがあるもんじゃない」
「お前さんみたいに感覚でトップランカーになれる方が不思議じゃろ」
「伯爵みたいに古臭い骨董品みたいな考え方でランカーに名を連ねる方が不思議だね」
「何じゃと?」
「なんだー?」
「あ、あの……喧嘩、しない、で」
二人の言い合いが激化しそうな時、ふと涙声のユイの言葉が聞こえてくる。先程も何とかタイミングを見計らって止めはしたものの、あれが二人のいつもの感じというのを知らないユイにとって、『私のせいで喧嘩させてしまっている』と思ってしまい、結果今にも泣き出しそうになっている。慌ててユイを宥めるエースと、エースと肩を組み笑顔を見せる伯爵さん。結局私が落ち着く頃には私の前では出来るだけ議論を熱くしない、という条約が交わされていた。
「本当にごめんね?」
「別にいい。それより伯爵さん、続きをお願いします」
「分かりました。ではユイさんには簡単に教える事にしましょう。まず戦闘の基本は相手をよく見る事です。モンスターならば翼の有無、小型大型、何足歩行か、火を吐くなど様々ある訳です。対人であれば相手の装備、動作、距離など。それによって、大まかなスキルの特定が可能になります。ユイさんの場合ですと、武器は無しで湖都の装備、動き方は殴るだけ、となると低レベル帯でガチガチの近接型で遠距離攻撃は無い、とかですね」
「当たってます」
「まあこれはあくまでも一般論の話で、私達のようにユニークを持っているとそれがスキルにも影響するので、参考程度に考えれば大丈夫だと思います」
「なるほど」
「しかし、戦闘方法は分からなくともスキルを避ける事は出来る訳で、まあこれは実践してみた方が分かりやすいでしょう。ユイさん、こちらへ」
そう言われて伯爵さんの前に立つと、何でもいいので攻撃系のスキルを放つように言われる。更にユニークスキルもONにした状態で。
「えっと」
「大丈夫です。いつでも構いません」
「伯爵もこう言ってるんだし、思い切りやっちゃえ」
「じゃあ……【トリプルアタック】!」
そう言って放った攻撃を、伯爵さんは右に左に、そして最後はバク宙で躱す。その着地姿はまるで本物の猫のよう。続けて【ダッシュインパクト】を出すも、紙一重で避けられる。結局、全てのスキルを出し切った私は、ただの一度も伯爵さんに攻撃を当てる事が出来なかった。
「このように、スキルには決まった攻撃パターンがある為、仮に一撃で相手を無力化する事が出来る能力でも、当たらなければどうという事は無いのです」
あまりの凄さに、皆こんな事平然と出来るの? とプレイヤーの怖さを感じたところで、エースからツッコミが入る。
「いや、伯爵」
「なんです?」
「そろそろ伯爵の普通が普通じゃない事に気付くべきなんだよね」
「まさか貴女に普通を問われるとは」
「ユイ、あれは色んな意味で人外だから。普通の人は分かってても【AGI】に振ってないとそう簡単には避けられないものだから」
「但し赤鯖以外に限る」
「それね!」
何故かガシッと握手を交わす二人。正直凄すぎてよく分からないのが今の感想だ。
「伯爵のギルドは皆変人だったからね」
「誰が変人じゃ、愛猫家と言え」
二人が話す中、思い出したように聞く。
「そう言えば、伯爵さんはギルドに入っていたんですよね?」
「まあ、入っていたってよりギルドマスターで立ち上げた側だった、かな」
「そうなんですか!?」
「ええ」
「でも掛け持ちとか出来ないんですよね? いいんですか?」
「ははは。老いぼれは隠居して、若い者が引っ張る。そうしてギルドはまた新しい波に乗るのです」
「要はギルメンが育ってきたから、そろそろはっちゃけたいなって思って抜けたんだよね」
「その言い方は誤解を生むからやめい! ……しかし端的に言えばそうなりますね。私も自由に行動したいと思っていたのですが」
そう言って伯爵さんはエースの方に視線をやると、何故だか悲しい目をする。それに気付いたエースはサムズアップしながら、
「何か捨て猫がいたから、今度ギルド作るだろうから伯爵も来るよね! って言って拾ってきた!」
ああ、うん。なるほど。どういう光景なのか直ぐに理解出来た私は、苦労したんだなあと伯爵さんの方を見ると、凄くやつれたような顔になっていた。
「何かウチの親友がすみません」
「大丈夫、大丈夫じゃ……」
めちゃくちゃ遠い目をする伯爵。その背中には哀愁が漂っている。だがそれを他所にエースは思い出したように話を切り出す。
「あ、そういや次のイベントって」
「ん? ああ、【対抗戦】か。今回はスルーするんじゃろ?」
「え? 勿論出るけど?」
伯爵さんが再び気を落とした。床に手をつき、土下座に近い姿で項垂れている。
「【対抗戦】って?」
「正式名称は【ギルド対抗戦】。フラッグとかタワーディフェンスとか勝ち抜き戦とか色々あるけど、まあ簡単に言えばギルド同士で戦うイベントかな」
「へー」
私が説明を受けていると、項垂れたままの伯爵さんが言う。……見た目猫が寝そべってるようにしか見えないけど。
「エースよ、この人数で参加するという訳ではあるまい」
「勿論。このまま出ようかと」
深い溜息の後、「ああ、これだから赤鯖民は」と嘆いている。
「あのなぁ、ギルド同士ともなれば100人規模の人数が動く訳じゃぞ? 大抵はお前さんの能力を喰らわない為に【麻痺無効】なんかも取っとるはずじゃ。それに加え、今回の【対抗戦】はおそらく赤鯖だけになるじゃろう。猛者しか居らんような赤鯖民相手に、この人数では分が悪過ぎる」
じゃから今回は見送ろう、そう言おうとした伯爵さんの声は、エースによってかき消される。
「よし。じゃあユイ、ギルマスとしての最初のミッションだ! 掲示板に『ギルメン募集中!』と書き込んでくるのだ!」
「参加しない選択肢は無いのか」とだけ言うと、伯爵さんは尻尾の毛繕いを始めてしまい、その目は死んだ魚のように光を失っていた。




