とりあえずギルドマスターにさせられる
「お母さんおはよ」
「おはよ。唯」
「んー?」
「ちゃんと眠れたの? 顔色良くないわよ」
「ちょっと寝付きが悪かったのかも」
朝、階段を降りリビングに向かった私に、心配そうに言うお母さん。昨日の惨劇が凄過ぎたせいで、私はあんまり眠る事が出来なかった。
「お父さんは? 今日も泊まり?」
「みたいね。ほら、学校遅れるわよ」
「はーい」
そうしてご飯を食べ学校へと向かう。未だ昨日の痛みが抜けていないような気がするけれど、その後の出来事を思い出すとそれも吹っ飛ぶ。
「一華ってあんな凄かったんだ」
「何なに? 何の話?」
「わわっ」
いきなり後ろから顔を覗かせた一華に私は思わずビックリする。
「今日は遅いんだね」
「うん。昨日は大変だっただろうから、今日は久々に唯と登校しようかなって」
ニッコリと笑う一華。いつもなら先に来て部活の準備をしているが、今日は私が落ち込んでいたりしていないか見に来てくれたようだ。どちらかと言えばエースの最後のアレはやりすぎじゃなかったのか、そっちの方が気になるとこだけど。
「いやー、昨日のアレは爽快だったぜ。普段あんなに溜めの長いスキルは使わせてくれないからね」
「そうなの?」
「そうなのだよ。でも”ネコタンク”のオジサマが引き継いでくれて助かったよ」
ネコ? そう言えば一華が「知り合いが私を見た」から来たとか言っていたけど、もしかして私が倒した……。
「あの」
「んん?」
「その”ネコタンク”って人」
「あー、ゴロ・ニャーゴ伯爵? 唯倒したんだってね、探索中に聞いてビックリしたよ」
「やっぱり。怒ってないかな?」
「そういうイベントだったからね。別に怒るとかは無いよ」
「そっかぁ、それ聞いて少し安心」
「イベント中はプレイヤーを攻撃出来るけど、普通のフィールドとか街では出来ないからね。【デュエル】っていうのを使えば出来るけど、まあ報復とかに来る奴は居ないから安心するでござれ」
「そこは気にしてないけどねー」
そんな事を言いながら学校に着くと、すぐさま調理室へ向かう一華。ああ見えて料理部であり、デザートにかけては料理部一だと言う。しかしそれ以外は普通。たまに差し入れてくれるケーキの味を思い出しながら、教室へ向かう。その日も平凡に授業は進み、放課後。
「明日は休みだし、今日は夜ふかし出来るね!」
「何故それを私に振るの」
満面の笑みで話を振る一華。こういう事を言い出す時は、大抵何かしでかすのが常である。
「いやー、唯って小旅行好きじゃん?」
「誰かさんのお陰でね」
「にゃはは! そんな唯君に是非渡したい物があるのだよ」
「ほほう、それはどんな物なんだい?」
「ふっふっふ、勿論後のお楽しみだよチミィ」
「やっぱりその流れなのね」
「おうともさ! じゃあ、また9時頃にルクセンダーラで」
「はいはい」
私達は別れ、帰宅する。まあ別れるって言ってもお隣さんなんだけどね。
そして夜。夜も更けてきた頃、私はベッドに寝転がり、いつもの言葉を口にする。
「──ワールドオープン」
「お待たせー、ってえぇ!?」
「お、来た来た」
既に待っていたエースは、あの巨大な猫さんと談笑していた。私はそれに気付かずに近付いたけど、猫さんの方は分かっていたようだ。
「えっと、あの」
「あーそうそう、紹介し忘れてたね」
「普通忘れるもんなのか、そこを」
「この人……人? 伯爵、人類にカウントしていいの?」
「いいに決まっとるじゃろ!」
「えーでも伯爵は猫であって人じゃないじゃん」
「そういうスキルなんじゃから仕方ないじゃろうが! お前さんと話しとると凄く疲れるわい」
「にゃはは。あ、この人は前言ってたフレンドのゴロ・ニャーゴ伯爵。これでもランカー常連なんだよ」
流れるように、そして熟年のコンビのような漫才を繰り広げるエースとゴロ・ニャーゴ伯爵。そう言えば、前にスライム狩っていた時にエースが抜けた事があったけれど、その時のフレンドがこの人なのだろう。……人?
「全く。ゴホン、初めましてお嬢さん。私の名はゴロ・ニャーゴ伯爵。呼び方は伯爵でお願いします。以後お見知り置きを」
「えっと、ユイです。あの、イベントの時はすいません」
「いやいや、アレはそういうイベントですから。気にしてませんよ」
エースとは違ってとても紳士的に対応をしてくれる伯爵さん。どうやらくだけて話すとああなるのだろう。
「ところで、今日渡したい物があるんだよね? 伯爵さんとフレンド登録するとか?」
「いやいや、そんなちゃっちい事じゃないよ」
「誰がちゃっちいじゃ! ああ、フレンドの方は是非」
そう言って申請を飛ばす伯爵さん。勿論許可する私。
「今日はユイを天空に連れて行ってたあげようと思って」
そう言われて蘇る、夢にも出てきた悪魔の所業。私の事をいち早く察したのか、エースは手を振って誤解を解く。
「大丈夫大丈夫。実はさっき【ギルド】の設営権を買って来てね」
「【ギルド】?」
「そう、ギルド。まあ組合、って言っても分かりにくいかな。まあ部活で集まる感じ」
「なるなる」
「それ自体は【ギルド本部】ってところで買えるんだけど、実は【EP】を使う事で、特殊な場所に建てる事が出来るんだよねー」
「特殊な場所?」
「そそ、つまりさっき言った天空にだよ」
エースは私達にパーティーを送ると、そのまま【長旅の回想】を使う。これはパーティーを組んでいると、使った人以外もその場所に飛ばせるという代物らしい。ただレベル制限がある場所とかだと使う事が出来なかったりするみたい。あと、【旅の回想】とは違い行き先も指定出来る。いいなー。
「んじゃ行くよー! 【長旅の回想】、【天空都市:アエリア】!」
瞬きすると、先程の風景とはまた違う、どこかの画を切り取ってきたかのような光景。私達は公園のような場所に立っている。
「よーし、着いたよー!」
「ここが……」
私は思わず走り出す。手摺りも何も無い、島の端っこへ。入道雲のように高い雲が幾つも連なる、そんな空を見上げる。
「そ、ここが天空──あっ、ユイ」
「行かせてやれい」
「やれやれ、全く初心者って奴は」
「お前さんも私も、昔はあんな感じじゃったろう?」
「にゃはは。あと伯爵、丁寧語と普段の口調混ざっててキモイ」
「うるさいわ! お前さんがキャラで喋ると親近感湧かないからやめて、とか言うからじゃろ!」
「やっぱり違和感しか無いからやめて」
「この振り回し娘が!」
後ろで何かヤイヤイと口論を重ねる二人の声も、今の私には遠く聞こえる。目の前に広がるのは、何処までも広がる雲海、青い海のような空、そして肌を冷たく撫でる風。現実でも登山などで見た事はあったけれど、そのどれとも違う。時折竜っぽいものや光る鳥が飛んでいく様は、やっぱりゲームの中なんだなって思ってしまうけれど。島が浮いていて、滝が流れていて、日差しが眩しくて、静かで自然の音がよく聞こえる。こんな綺麗で神秘的な場所に来られただけでも、私には最高のプレゼントだった。
「エース!」
「おぉ? どしたの?」
「ありがと!大好き」
「私もだぜー! ハッハー!」
抱きしめ合う二人をただ何も言わずに見つめる視線に気付き、慌ててエースを振り払う私。しかし後ろから抱きつき、両腕を肩に通しがっしりと固定されている。
「あ、えっと」
「一体私は何を見せられて……ああいや、続けて構わんよ。邪魔者は街でも散歩」
額を手で覆い、頭を抱える伯爵さん。そのまま街に消えて行きそうなのを必死に止める。
「大丈夫ですから!」
「くっ」
「何でエースが悔しがるの?!」
「嫁が言うなら仕方ない」
そう言ってエースがようやく離れたところで、「私達の本来の目的地はここじゃないのだ!」とか言って、更に歩く事数分。遠くに見えていた滝の近くに来る。水飛沫が凄くってなかなか近寄る事が出来ないが、これも現実だと危なくて行けなさそうな場所だ。
「でもエース、こんなところに来て何の意味があるの? ここってそもそも何処なの?」
「ここ? ああ、ここの行き方は【ギルド本部】に【EP】を納める事で、さっきの【長旅の回想】ってのが10個もらえるんだよ」
「ほう」
「んでゲームの伝承を話したりするNPCが居るんだけど、まあ要は特定の街に連続して飛ぶ事で、ここ【天空都市:アエリア】への選択肢が開けるという訳さ」
「なるなる」
「私からも補足ですが、その【EP】は500ほど必要なので初心者が気軽に足を踏み入れる事は少ないでしょう」
「なるほどです。けど、何でこんな場所に【ギルド】を?」
「ふっふっふー。良くぞ聞いてくれた!」
そう言って変なポージングをしだすエース。
「お前さん、キャラかと思ってたが親友の前でもそれなのかのう」
「すいません、あれが素なんです」
「ここには普通の【ギルド】とは一線を画す特別な【ギルド】を作る事が出来るのである!」
ガッツポーズで力説するエース。話が長かった上に、話す内容も長かったので伯爵がざっくりと説明し直してくれた。
「普通の【ギルド】と言うのは完全な組合であり、【ギルド本部】から支店を作ってもいいと言われて設置する、というのが流れです。しかし、【EP】を使う事で支店ではなく本部を作れる権限を得る、というのが今エースが言った【ギルドの設営権】なのです」
「ふむふむ」
「【ギルドの設営権】にもランク……等級の事ですな。高ければ高いほど上質なものになるのですが、エースは今回最上位である【天空都市:アエリア】の【ギルド設営権】を【EP】にて買った訳です」
「んー、ん?」
「つまりこの天空都市に【ギルド】が作れるという権利です」
「それはどう凄いんですか?」
「【ギルド】には【ギルドレベル】というものが存在します。それは通常最大5までしか上がらないのですが、天空都市での【ギルド】は50まで上げられます」
「えぇ!?」
「普通は【ギルド】を作って段階的に上げていくものなのですが、この阿呆はいきなりそれを買った訳じゃな」
「にゃはは」
伯爵の話では【ギルドレベル】は段階を追って上げていくもので、いきなり最大で作る人はまず居ないらしい。【ギルドレベル】が高いと、【ギルドスキル】や【ギルド】内の施設を充実させられるみたいだけど、あまりにも長くなりそうだったのでまた追々という事で落ち着いた。
「さあ、そしてこれが私とユイの愛の巣!」
「愛の巣言うな」
「すみません、こんな子で」
「大丈夫です。もう慣れとるから……」
伯爵の背中が淋しい気がするが、エースは陽気に腕を伸ばして一軒の家を指す。滝の中には更に道が続いていて、そこを通り抜けた先にある、切り立った崖の先に造られた城にも似た何か。エースはこれを『家』だと主張するのでそうしておく。
「この場所を見つけた時は、絶対ユイと【ギルド】を立ちあげるんだ、って思ってね。いやー、イベント頑張ったかいがあったよ」
「うん。なんていうか、凄く綺麗で荘厳というか、静謐っていうか」
「うんうん、カッコイイよね」
若干思ってる事が違う気がしないでも無いけれど。とにかく、今後はここが拠点になるという事だった。楽しくなるといいなー、と思っているとエースからキラーパスが飛んでくる。
「ああ、そうそう。ユイ、とりあえずギルマスやってね」
「ギルマス?」
「ギルドマスター、略してギルマス。このギルドの代表者みたいなものだから」
「ええ!? 私そういうのは……」
「大丈夫! 既に【ギルド本部】に登録済みさ」
「バカー!」
この後、伯爵からそんな仕様は無いと告げられた。しかし何故か伯爵からも、「こんなのがマスターになったら大変じゃよ?」とエースを見ながら言われ、結局私がなる事になってしまった。
次回も説明回が入る予定。あと夜勤なので投稿が少しズレます。




