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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第二章 イベント参加
23/87

とりあえず悲しませたのは誰カナ?

 私は震える身体を、膝を抱えるようにして木の洞に籠っていた。たまに地響きや爆発音が聞こえる森の中で、私は立ち上がって逃げる事も出来ず、ただただ縮こまる事で時が過ぎるのを待っていた。

 エースが誘ってくれたゲームなだけに、もっと楽しいものだと思っていたけれど、もう……。


 そうやって私は自問自答を繰り返しながら数十分もの間、そこから動く気にもならないまま過ごしていた。

 たまに草の擦れる音が何度か通り過ぎたけれど、幸いなのか早く終わってしまえば良かったのか、見付かる事無くやり過ごしていた。あとイベントはどのくらいで終わるのだろう。その前に、私は生きていられるのだろうか。そんな事を思う中、擦れる声で呟く。


「一華……会いたいよ。何処に居るの? 私、もう……」


 私は涙声で、もう既に泣き出す寸前だったその時。ガサガサという音がこちらに真っ直ぐ進んでくる。私は身体をビクつかせ、顔を埋め丸くなる。音はピタリと私の木の洞の前で止み、目を閉じている私に、【気配感知Ⅰ】が相手が手を伸ばそうとしている事を無理矢理教えてくる。


「一華……ごめん。私、駄目だった。一華が居なきゃ、私──」


 そう独白じみた言葉で最後を迎えようかと思っていた私に、ふいに透き通る声が聞こえた。


「呼んだ?」

「えっ?」


 こんなところに居るはず無い。そう思っていた私は、けれども聞き慣れたあの声に応えるように、顔をその方へと上げる。そこにいたのは──


「いち……か?」

「んん? 如何にも。我は混沌より生まれしキューティクル美少女一華様だー! ハッハー! どうだ参っ、わっとと」


 いつもならツッコミを入れるタイミングで構えていた一華は、急に腰辺りに抱きつきホールドしてくる唯の行動に、驚きを隠せずバランスを崩しそうになる。


「ちょちょっと、転けるって。唯?」

「一華、一華ぁ……いぢがぁうわあああああん」

「ど、どうしたの唯? 大丈夫、大丈夫だから、ね?」


 いきなり泣き崩れる唯に、背中を擦り抱きしめる一華。訳も分からず困惑するも、とにかく落ち着かせようと精一杯抱きしめ続ける。普段のおちゃらけた言動は鳴りを潜め、ただひたすらに優しい言葉を掛け続ける。そうして十数分経った頃、グズグズの顔に未だ涙を流しながらも、どうにか気持ちを落ち着かせた唯に、何があったのかと話を聞く。



「なるほど、それで泣いていたんだね」

「うん」


 経緯を聞いた一華は、死ぬ事やプレイヤーを倒す事が唯には時期尚早だったかと、失敗を恥じて親友に土下座する。


「ごめん、誘ったのは私なのに唯を放っとくような真似をして」

「ううん、違うの。私がちょっと調子に乗って……それで、プレイヤーが……プレイヤーを」


 再び涙声になり、身体が震え出す唯の手を握りしめ言う。


「大丈夫、大丈夫だから」

「でも、あんなに絶叫するほどの痛みを受けていて。私が殺しちゃったあの猫さんも、きっと。そう思ったら、私」

「……ん? 絶叫? 猫? ああ、これだから赤鯖は初心者に心臓悪い事ばかりしてくれるぜ」


 唯の手を握りながら何か独り言を言う一華。後半は何を言っていたのか聞き取れなかったが、一華はいつものやれやれだぜ、みたいな仕草をしている。その姿を見て少し落ち着くのは何故だろうか? そんな顔をしているとふいに一華が笑う。


「ふふ」

「何?」

「いや、唯は可愛いなって」

「こんなグチャグチャな顔なのに」

「いやいや。唯は色々気にしすぎなんだよ。それに、私はさっきみたいに笑顔の唯が好き」

「……真顔で言うのはズルい」

「ふふふ、女の子はズルい生き物なのさ」


 いつもの調子を取り戻しつつある唯は、そう言えば何故ここに一華が居るのか疑問に思う。


「そう言えば、一華はどうしてここに? スタート位置、遠いんでしょ?」

「んん? 凄い今更な事聞いてくるね。ちょっと前にフレンドが死んでリスタートしたんだけど、こっち戻ってきた時に「お前さんが前言ってた知り合いっぽい子が居た」って言われてね。場所だけ聞いてすっ飛んできたって訳さ」


 唯には誰の事かは分からないが一華の事だ、私の特徴を事細かに話していたのだろう。謎の親友自慢を私の知らないところでやるのは止めてほしいところだけど、今回だけは感謝しなければならない。だから私は正直に、笑顔で言う。


「ありがと」

「ふふ、その笑顔が何よりのご褒美!」


 サムズアップしながらそう言う一華の顔も、心無しか晴れやかだった。その後、「名前、気を付けてね」と注意を食らったあと、エースが小刻みに震えているのに気付いた。


「どうしたのエース? エースも震えているよ?」

「ああ、うん。大丈夫大丈夫」


 そう言うがエースの顔色は良く無い。しかし、次の言葉でその理由が明かされる。


「ユイが……こんなに可愛い私のユイが、泣くまで……」

「エ、エース?」

「私の親友を泣かせた奴は誰だぁぁぁぁぁぁぁ!」


 この状態の一華を、唯は何度か見た事がある。それは唯が苛められたり泣かされた時に見せる、一華の激怒状態である。歳を重ねるに連れてその一面を見せる事が最近無かったので、かなり久しぶりに見る。元々喜怒哀楽が激しくはあるものの、本気で怒るというのは滅多に無い。その滅多が今目の前に現れていた。

 そんなエースの叫びは直ぐに止み、物凄くいいスマイルで私の腰に手を回す。


「ふふふ、ふふふふふふ」

「エース、さん?」

「ユイ、少しデートに付き合ってくれるかい? 最高の花火をこの世界に咲かせるから」

「う、うん。よく分からないけど、程々にね?」

「程々、ふふふ。ユイがこんなに悲しんだのに、なんてイイコ。ああ、こんな健気にユルシテクレテルのに、殺った相手はホドホド、ふふふ、ふふふふふふ」


 既に何か不穏なスイッチが入っているエース。そしてスキルを発動させ始める。


「【薬物生成】、【薬物合成】、【薬物特攻・極】、【薬物範囲・極】、【薬物効能・極】、【抵抗力低下付与】、【症状強化付与】」


 聞くだけでやばそうな名前の数々。そう言えばエースのスキルは【投石】と【リーフストーム】以外は見た事が無い。他者にスキルを教えるのはご法度だ、とか言って。でも私は見せたし、多分言えば見せてくれる気はするが。

 そう思っていると、最後だけ少し間を開けて「【マナ・エンチャント・ブースト】」と呟き、その後更に「【魔力は我が力へと蘇るオール・マナ・ストレングス】」と叫ぶ。


 すると私を抱き抱えながらニンマリと笑う。その顔はとても清々しい晴れやかな顔で、まさかこの後地獄のような惨劇を生むとはとても思えなかった。







 空には現在のランキングやマップ、残り時間が表示されている。トップ10までのポイントと現在地がマップ上で記され、時間はあと30分も無いぐらい。ランキングの中にはエースが確認出来る事から、相当な実力者だと言うのをこの時初めて知った。

 そのエースが今、満面の笑みと共に優しく私に語りかける。


「さあ、行こうかユイ。君に世界の広さを見せてあげるよ」

「うん、もう何でもいいや」


 普段のおっさんっぽさの代わりに現れる王子様風な言葉。これは激怒する姿を私に見せないようにする時の口調であり、内心はとてもとても怖い。そういやガチ泣きしたのも久しぶりだなー。何か泣いたらスッキリとした私を他所に、エースは私を抱き抱えたまま外周の絶壁を走り抜けていく。忍者かっ。


「さあ受け取っておくれ、ボクの哀を! 【毒薬は口に甘し】!」


 何か漢字が違った気がするがとりあえずは成り行きを見守っておく。どうせ私ではレベル的にも物理的にも止められないし。

 エースは何やら粉を撒いたかと思えば、それが雪崩の如き勢いで地面へと広がっていく。それを見ていると辺りからプレイヤーの声が聞こえ始める。


「痛てぇ!」

「身体がっ、動け、なっ」

「なんだこれは」


 その粉は黄色く、森の方にも向かっているのがよく分かる。ただそれに触れたプレイヤーは総じて動きを止めている。


「ふふふ、悲しませたのはだぁれ? アノ子かな、コノ子かな?」


 壁面を爆走しながら笑みを浮かべ、謎の粉末を撒きながら標的を狙う、女の子を抱えたお姉さん。絶対これ他人から見たらドン引きするなぁ。そんな風に思っていると、今度は壁面から空中に跳躍し──


「わわっ」

「ふふふ、【麻痺玉】」


 空中に突如として現れる、バランスボールのような球体。それを足場にして空中を移動していく。かなり弾力性があり、エースが踏むまでは空中をたださ迷っているようにも見える。踏まれた球体はそのまま地面へと落下し……


「いたたたたたたたた!」

「くひっ、ぎぎぎ」

「ああああああああ」


 地面に直撃した瞬間、球体は弾け液体をばら撒く。その液体も黄色く染まっており、森と岩場の境目辺りの草地がそれに染まっている。エースのスキル名から察するに、それが麻痺を与えるものなのは予想がつく。もしかしてさっきの粉も……。


 なおも速度を上げながら中央へ向かっていくエース。その笑顔はとても怖い。


「大丈夫、ユイはボクが守るから」

「えっ、うん」

「もし危なくなったら、メニューからリタイアすればいいから」


 言われて初めてそんなものあったんだと気付く。じゃあ今まで葛藤していた私は何だったのか、いや多分冷静さが抜け落ちてしまっていたんだなあ。


「でももしエースが死にそうな痛みを負ったらって思ったら、私怖くて」

「なんて、なんて可愛いんだ我が嫁は。結婚しよう」


 王子様風な口調が一瞬で別の何かに切り替わる。物凄くキリッとした顔で言われて「あ、これからかってるな」と思い、私はエースの胸に【ツッコミ】を入れる。


「あふん、なかなか熱い……ん?」

「どうしたの?」

「ユイ、ちょっと下に降りるね」

「?」


 そう言ってエースは徐々に高度を下げていく。その度に悲鳴もどんどん大きくなるが、私はしっかりと抱きつくとエースも微笑みながら頭を撫でてくれる。

 こうして地面へと着地した私達は、エースの作り出した液体の壁の中に居る。液体の色がアレなのは触れない方がいいのかな。


「ユイ、何かスキル覚えた?」

「えっ? そう言えば何か覚えてたような」

「見せてくれる?」

「うん、いいけど」



 そして私は初めて知る。私は「理不尽の体現者」になっていた事を。


予告次回にすべきだったか、しまった。

なんて平和回なんだ。誰も死亡者が出てないなんて。

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