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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第二章 イベント参加
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とりあえず初めてプレイヤーを倒す

 ただ恐怖に震え蹲る私。あれからどれだけの時間が経っただろうか。私は暗闇の中でただひたすら泣く事しか出来なかった。

 初めてプレイヤーが死ぬところを見た。今まではエースが人の居るところを避けていたせいもあってか、私は一人で行動する時も、周りに人が居ないのを確認してから戦闘していた。邪魔をする事もされる事も無く、自由に過ごせるというのもあった。

 でも、初めて見たプレイヤーの死はあまりに想像とかけ離れていて。今までも変なところでリアルを追求しているとこが幾つかあったけれど、あの身体から生えた剣を思い出すだけで身体が硬直してしまう。

 いつまでここには居られない。あの男は私が手も足も出なかった二人を簡単に倒せるほどのプレイヤーだ。きっと私を見つけたら、あの男は……。駄目だ、考えるな。


 暗闇の中でひたすら後悔と恐怖から自問自答を繰り返していると、急にゴゴゴゴと地鳴りが身体を揺らす。それは段々大きく近付いてくるように思えた。ここに居たらマズイ。こんな穴の中で寂しく死ぬなんて。そう思って入口の岩を退かし外に出る。辺りを伺うも人気は無い。


「エース、怖いよ、助けてよぉ」


 縋るように出た言葉を返す者は居ない。ユイは気力で歩き出す。どこに向かうでも無く、ただ延々と。


 しかし運命は残酷にその命を刈り取ろうと刃を向ける。


「おい」


 背後から聞こえてくるのは、頭の中にこびり付いて離れなくなったあの男の声。歯をガチガチと鳴らし、涙で顔がぐしゃぐしゃになる。声に答える事も無く、ただひたすらここから逃げ出そうと【ダッシュ】をしようとした時。服の襟を後ろから掴まれ、そのまま地面へと叩きつけられる。男は馬乗りになり、刃を首筋に突き立てながら言う。


「お前、さっき居た奴だな。今どこから出てきた? 瞬間移動か、それともあの紳士まがいの……いや、どのみち吐く訳無いか」


 言われた言葉を飲み込めるほど、今のユイに思考力があるとは思えない。むしろ男を恐怖し、目を見開き歯を鳴らす。息は荒く苦しくなるほど。完全に震えるユイに男もやりにくそうに頭を掻く。


「なんだ、死ぬのは初めてなのか? まあいい。ここで俺に殺される経験を積めるのは、ある意味成長に繋がるだろう。俺もポイントが潤う、まさにウィンウィンってやつか?」


 このままではやられてしまう。私はほぼ無意識に男の身体目掛けて拳を突き出した。


「おいおい、そんな攻撃で倒せると思って──」


 低レベルの攻撃なんか、そう思っていたのは一瞬だけ。直ぐにその事に気付く。目を見開き、まるで信じられないといった様子。


「なっ、どういう事だ! 服が! はっ」


 何とか男を剥がそうと、目を瞑りながらも拳を何度も何度も突き出すユイ。そして遂に男のHPは限界に達する。


「がはっ、バカな、どうい──」


『ミツルギを倒し、9100ポイント獲得しました』


 男は倒されポイントが入る。ただその事にもユイは気付かない。



 延々と拳を突き出していた私は、ふと手に感触が無い事に気づいた。目を開けるのがこんなに重く感じるのは何故だろうか。そう思うも意を決し、ゆっくりと瞼を開ける。

 そこには綺麗な晴天がどこまでも続いていた。


「あの男は?」


 辺りを見回すも男の姿は無い。一応岩場に身を隠しながらユイは気持ちを落ち着かせようとする。しかし鼓動は早いまま、手の震えはまだ止みそうにも無い。ユイはしばらく、そのまま動かずに過ごすのだった。





 気持ちが幾分か落ち着いた頃、今度は無性にエースの声が聞きたくなってしまう。いつもはちょっと呆れてしまうような言動が多いけど、こういう時は逆にそれを求めてしまう。メニューからフレンド欄を押し、『通話』を試みる。

 だが、『選択されたプレイヤーはイベント参加中の為『通話』出来ません』と出る。試しにパーティー申請を送ってみても結果は変わらない。それでまた不安と恐怖が蘇ってくる。


 その時だ、隠れている岩場の向こう側から足音が聞こえてきたのは。またあの男が殺しに来たのか。そう思うと私は頭が回らなくなる。私は再び逃げる。今度は森の方に向かって。先程とは違い少し気持ちを落ち着かせられた事で、風景だけは鮮明に見えていた。

 中央に近づくほどプレイヤーの密度は高くなる。プレイヤーが多ければ、それだけあの男の気を散らせる事が出来るかも知れない、と。そこに自分がやられる可能性や追い付かれるのを考慮する余地は無い。ただそれだけを信じて進む。


 足音も聞こえない、周りが鬱蒼とした森の中。ユイは木に背を預け、今来た道をそっと見つめる。どうやら追手は来ていないらしい。だが、少しだけホッとする私の目の前に、今度は巨大な猫がこちらを見て言う。


「ん? お嬢ちゃん、そのレベルでこの森に居るのは危険じゃぞ?」


 ユイには今にも襲い掛かろうと、ギョロリと獲物を睨みつける猫の姿が映っているように思えた。その様子に気付かず、巨大な猫はユイへと近づく。


「全く、誰じゃこんな初心者を放っとく奴は。赤鯖という事は……ん? そう言えばエースの奴が確か」


 そこでふと猫がエースの名前を口にする。だが今のユイには正常な判断は出来ない。エースの名前が聞こえた瞬間、この巨大な猫に食べられた姿を想像してしまう。大事な親友が既に死んでいる。私の自制心は既に限界に達してしまっていた。ただ私は親友の仇を取る為に。大きく構えられた拳を見て巨大な猫は目の前で手を振る。


「いや待て待て。ワシにお嬢ちゃんを襲う気は無──」


 放たれた拳を巨大な猫は、ただいつも通り(・・・・・)に正面から受け止める。しかし、巨大な猫はその異変に直ぐ気付く。


「防具の耐久値が……攻撃特化型か」


 だが更にここで運悪く、女の子の拳が光るのが見える。確か【Luc】依存のスキルで確率即死を与えるという効果のものと酷似している。しかし攻撃特化型ならば、例え服の効果で上がっていたとしても微々たる確率。だがその光には、巨大な猫の知らない色の光も混じっているように見えた。僅か一瞬の光に気を取られた猫だったが、咄嗟に大楯を構え振りかぶった拳を受け止め……


「なっ、大楯まで!? まさか装備破壊……がはっ」


 大楯が本来の色を失い、灰色に染まる。これは装備の耐久値が0になった際、その効果を失うというもの。装備自体は出来るし【鍛冶屋】で修理すれば治せるが、このイベント会場にそんなものは無く、手持ちの【修復剤】などで補うしか無い。だが、ここまで少なからずダメージを負っていた事と、武器と防具の効果を失った巨大な猫は、ユイの攻撃に耐えられず──


『ゴロ・ニャーゴ伯爵を倒し、113400ポイント獲得しました』


 巨大な猫は光となって虚空へと消えていく。表示されるスクリーンを見る気力も無く、その場にへたり込む私。その時、私は初めてプレイヤー(?)を自らの手で殺めた事に、深い罪悪感に苛まやれる。


「私……わたしは……」


 その後、これはゲームだからと平静さを取り戻すまで、私はただその場に座り、ひたすら塞ぎ込んでいた。

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