とりあえずイベント初参加
学校から帰ると今日は先にご飯を軽く食べる。一華曰く結構な時間を使うものだから、お手洗いと食事は済ませておくように、との事だ。最後に「コミケの基本」とか言ってた気がするけれど、コミケってなんだろ?
まあいいや、どうせ一華の事だしよく分からない事に首突っ込んでるだろうなぁ。そう思いながら、私は最近馴染みつつあるあの世界への言葉を紡ぐ。
「──ワールドオープン」
いつも通りショップの店員さんの「イラシャーイ」の言葉を聞きながら、『Only Origin Oblivion』の画面をタッチする。
そうして始まった場所は森の中。
「……」
私は無言で【旅の回想】を使い町に飛ぶ。【旅の回想】は何か特別なアイテムなのかと思っていたけれど、普通に【雑貨屋】に売ってた時には後悔した。何でちゃんと見ないかな、私。
そうして待ち合わせである【始まりの町:ルクセンダーラ】の【雑貨屋】前。
「やっほー、遅かったね」
「ごめん、ちょっと手間取っちゃって」
「良い良い。女の子には時間が掛かるものだよ」
自分も女の子じゃないのか、そう思ったけど突っ込むのも面倒なので止めておく。
「それより、【イベント戦】がここから始まるとか言ってたけど、この町でやるの?」
「いんや。まあ確かに季節限定のものなら普通のマップでやったりするけれど。今回の【イベント戦】ではそれ専用のマップで戦うのさ。あそこ見てみ」
エースがおもむろに指を指した先には、風景に全くあっていない場違いなメイド服を着た幼女が居る。プレイヤーかと思ったが名前の文字が白い。これはNPCだというのを示している。どういう事かと思っていると、エースに急に背中を押され幼女に近付いていく。
「わわっ、何!?」
「プレイヤーさん、【イベント戦】に参加なさいますか?」
近付く私とエースに、そう声を掛ける幼女。この声に聞き覚えがある。姿は違うものの、キャラを作る時に居た女の子とそっくりだった。私が不思議に思っているうちに、エースは「二人参加で」と勝手に話を進めている。
「かしこまりました。イベント会場までお送りします。
──開け! 【夢の回想】!」
気が付けばそこは盆地のように、周りを岩山に囲まれた場所に立っていた。
「あれ? ここは」
「ここはイベント専用マップだね。いやぁ、テンション上がってきたぜ」
エースはまるで故郷に帰省してきたかのように、深呼吸をしながら「私は帰ってきた!」と大声で叫んでいる。そのせいか周りが若干引いている。
「やめなさい」
「あいたっ。女の子を殴るなんてっ! お父様にも殴られた事無いのに!」
「また何かのネタ?」
「ふふふ、私に近付くとヤケドす──あいたっ」
とりあえずもう一度叩いたところで、スキル【ツッコミ】を取得する。イベント会場というのでそれだけなのかと思っていたけれど、スキルも取れるのかと思っていると、横からドヤ顔で答えが入る。
「何かスキルが手に入ったようだね」
「お陰様でね」
「そう! このゲームじゃイベント会場内でもスキルが手に入る! いやむしろ限定スキルとかもあったりする!」
また高らかに声を張り上げた為、周りの人がビクンと身体を震わせている。今日テンション高いなぁ。
「そうなんだ」
「そうだとも! だからイベント中はマップ散策も醍醐味の一つ……おっ、そろそろ始まるね」
エースがメニュー画面を開くと、時計のところをちょんちょんと指指す。私も開いて見ると、そこには普段二つしか無い時計が三つに増えている。その時計は0に近付いていってる。どうやらイベントまでの時間を指し示している、というのは私にだって理解出来た。
そして遂にイベントの幕は開ける。
『はーい、皆さん。こーんばーんはー!』
聞こえてきたのはキャラ作りの時の女の子の声。しかも今回は姿も同じである。エースに聞けば公式キャラで、双子の設定らしい。
その女の子が見た事も無い真っ白い鳥に乗って、拡声機を使ってないにも関わらず、その声は全体に響き渡る。
『今からルール説明を始めるよ。もし聞き逃してもメニューからヘルプ、もしくはエリア情報でざっくり確認出来るよ』
『やったねお姉ちゃん、理解者が増えるよ』
町に居たあの幼女はどうやら妹だったらしい。こちらは真っ黒い鳥に乗って颯爽と登場した。エースが横で「おいばかやめろ」と言っている。もう少し口調をどうにか出来ないものなのか。……いや、昔から言ってるけど聞いた試し無いわ。
『今回の【イベント戦】は第九回【全サーバー合同争奪戦】だよ。じゃあ説明行くね』
『聞きたくない奴は南無阿弥陀仏』
あの妹の方、中身エースなんじゃないのか。そう思うほど何か似た気配を感じているユイ。だが今はイベントの内容を聞き逃しまいと、頑張って耳を傾けている。覚え切れるかは別として。
『今回はまず皆にポイントを配布します。これは【EP】じゃなくこのイベントだけのものなので注意して下さい。まずプレイヤーはレベルによって六つのグループに振り分けられます。グループはレベルで判断し、それに応じて初期ポイントとスタート位置を決定します。スクリーンをご覧下さい』
そう言うと、空に巨大なスクリーンが出現し、各レベル帯毎にスタート位置とポイントが書かれている。
レベル ポイント スタート位置
1-10 500 外周・岩場
11-20 300 外周・森
21-30 500 砂地・丘・草原・洞窟の中からランダム
31-40 800 森・川・湖・沼地の中からランダム
41-50 1600 中央部・遺跡
ランカー※ 5000 中央部・市街地
※過去三ヶ月内のイベントでランキングに載った事のある者
『確認出来ましたでしょうか? ではルール説明に移ります。まず各プレイヤーはレベル毎に応じたスタート位置からの開始になります。その後、プレイヤー同士の戦闘、またはフィールド内の各所に設置されている台座からポイントを集める、というのが今回の趣旨になります。
台座は手をかざすだけでポイントが入ります。但し同じプレイヤーが再度取得する事は出来ません。
プレイヤー同士の戦闘の場合、相手のHPを0にしたプレイヤーが、相手の所持ポイントの半分を取得出来ます。但し、台座から得たポイントは別として扱い、戦闘で失う事はありませんので積極的に動き回ってね。
台座分を除いた元のポイントが100未満になるとゲームオーバーになります。
次に注意事項に移ります。参加プレイヤーは、サーバー毎に色の違うリストバンドを装着されます。これは最終結果時に一番多くのポイントを得たサーバーに対し、別途の【EP】が全プレイヤーに配布されます。
戦闘で自身のレベルが相手よりも10以上高かった場合、HPを0にした時点で移動速度低下、攻撃速度低下などのデバフを付与されます。20、30、40以上と効果が変わってきますのでご注意下さい。また逆に自身のレベルが相手よりも低かった場合はバフが付きます。下剋上で頂点を目指せ!』
『細けぇこたーいいんだよ! そういうのはヘルプで確認してね』
説明を聞いていたユイの頭は既に悟りを開いている。一応ヘルプにも細かく書いてあるのだが、読んでいる間にプレイヤーにやられそうな雰囲気だ。
そこへエースがざっくり説明に入る。
「要は強い人と戦えば何故か自分が強くなる。でも弱い者イジメは運営ユルサナイ。台座回って逃げ回れ。戦闘何それおいしいの?」
「うん、よくわかんない」
「えー、凄く噛み砕いたのに」
ぶくっと頬を膨らませて抗議するエースにツッコミを入れつつ聞く。
「噛み砕き過ぎだよ。じゃ私は逃げ回っていたらいいの?」
「それが無難だね。今説明で言って無かったけど、イベント中は相手のレベルが表示されるから、それ見て判断する事。スキルゲーって言ってもステータスにもよるし、同レベル帯ならともかくユイはレベル一番低いグループだし。外周って事は周りを囲んでる岩山の直ぐ下辺りからだから、そんなに強い人と鉢合わせる事は無いと思う」
「そっか。じゃあ無難に頑張る」
「あと……いや、いっか」
「言いかけて止めるのは無し」
「ごめんごめん。まあもしレッドサーバー、つまりは赤いリストバンドしてる人に出くわしたら、とにかく逃げる事だね」
「? まあエースがそう言うなら理由があるんだろうけど」
「まあまあ。生存戦略ー! ってだけの事よ」
またよく分からない事を言い出すエースを他所に、空中のスクリーンにはカウントダウンが表示されていた。
「じゃあ多分私は中央部でバトってると思うけど、怖くなったからって来ちゃダメだよ」
「子供じゃないんだからそんな事しないよ」
「ふふふ、じゃあ待っててね。ハニーに素敵なプレゼントをする為に頑張るぜ」
「よくわかんないけどお互い頑張ろうね」
「おうともさ!」
そうしてカウントが0になった瞬間、私達はそれぞれのスタート位置へと転送されていく。
【攻略メモ】
イベント会場
ユイは盆地と言っていたが正確には巨大な火口。イベントに全く関係ないが温泉がそこら中に湧いてる。
外周を覆う岩山は登る事は出来るが崖のように反っている。また上空には謎の通る事の出来ない壁がある為、正確な範囲は正十二面体のようになっている。
色々なスキルに対応出来るように、様々なフィールドを設置されているが、水場は大体枯れ果て、建物は倒壊、森は焼き尽くされる。そのせいか、第六回辺りから運営が建物などは破壊不可に設定した。プレイヤーからは芋る事が出来ると大喜びされ、win-winのはずだったのだが……。
スキル【ツッコミ】
ツッコミの速度が+4。
最終的に要らないかなとスルーしているが、【STR】に極振っている彼女がやると普通にダメージが入る。でも殴るのと全く変わらない。少し早い裏拳。
【全サーバー合同争奪戦】
レッド、イエロー、ブルーの三色のサーバー民が一同に会するイベント。そもそも技術の進歩によりサーバーを分ける必要は無いのだが、ある理由で三つに分かれている。
このイベントの性質上、中央部が激戦区になる訳だが、レベルが高いというだけで中央部に集められるプレイヤーからは毎回阿鼻叫喚である。
死んだ後、復活する際には周りに人の居ないところに設定される為、リスキルなどは起こらない。実際に第一回にそういう輩が居たようだ。




