とりあえず準備はどんな場所でも大切
申し訳ございませんが、夜勤時は投稿が二十数分遅れます。ストックのある間の話ですが。
私は帰ってきた。先程まで湖の底に居たのに気付けば町中に居る。しかも衣服は濡れておらず、MPは立ち止まっているせいか既に20%ほど回復している。
「そうだ! 確かフレンドの機能で会話出来るんだよね」
エースにやり方は聞いている。かなり大事な事なのでと、復習を何回もさせられたけど。昔のようにチャットだけとは違い、電話でも話す事が出来る。あれ? 念話だっけ?まあ何か会話出来る。これさえ覚えていればそれでいい。
メニューを開き、フレンドの欄から白亜をタッチする。『手紙』、『チャット』、『通話』、『パーティー』とある。通話かぁと思いながらタッチすると、数秒の間があってピピッという音と共に声が響く。
『おや?』
「あ、聞こえてますか?」
『ああうん、良好だよ。その様子だとちゃんと戻れたみたいだね』
「はい! 本当にありがとうございます!」
『いやいや。でもちゃんと冒険する時は【雑貨屋】などで準備してから出掛けるんだよ? このゲームはなかなかにハードだ。それに修羅……おっと』
何か言いかけたが思いとどまり、「なんでも無いんだ。僕はどうも一言多い」と謝罪している。何か不味い事でも聞いてしまったのだろうか。
『まあともかく。初心者は色々と見て回りたいという気持ちが強いのだろうけれど、現実でも同じさ。旅行に手ぶらで行ったりはしないだろう? それと同じ事だと考えてくれればいい』
私は白亜さんの話に「なるほど」と思った。自身も小旅行に行く時、例え近くであろうとも着替えや傘などは必ず準備していく。不測の事態はいつ起こるか分からないからだ。ここがゲームだからと言っても根本的なところは変わらない、そういう事なのだろう。
「分かりました。教えてくれてありがとうございます」
『大した事はしていないさ。あ、でも『通話』はあまりしないでくれ。ちょっと今逃亡中でね、声を聞かれると厄介で……』
理由は分からないが何故か身を隠しておきたいらしい。せっかくエース以外のフレンドの頼みなのだ、聞かない訳は無い。
「分かりました。本当にありがとうございました!」
『だから大した事じゃないって。じゃあ本当にまたね』
そう言って『通話』を終えた私は、白亜さんの助言通りに【雑貨屋】へ向かう。そう言えばまだ一度も利用していない事に気付き、ちょっと焦りすぎかなと反省する。
場所が分からない私は、【雑貨屋】への道をNPCの衛兵に聞く。どうやら【露店】が並ぶ場所の一角にあるようだ。
早速その場所へ行きウロウロと視線を彷徨わせると、『雑貨屋』とデカデカと大きな看板が一つ、明らかに存在感が違うものがあった。ただ本当に一角にある為、前回エースと来た時には見落としていたようだ。こんなに異彩を放っているのに。
中に入ると机がいくつも並び、そこに商品が並んでいる。その商品の一つを手に取ると、売買時の値段と個数、効果が表示される。また【合成屋】も兼ねているらしく、見開きのページの片方が売買の、もう片方には必要素材が表示されていて、それがあると無料で作って貰えるようだ。中には昨日大量に取った【スライムの粘液】も素材に指定されている。ちょっと頑張れば集められそうだが、それで町を飛び出すのは先程の二の舞になりそうだ。
私は【リバイタルⅠ】と【マナエッセンスⅠ】、そして【修復剤】を買った。【リバイタル】はHPを、【マナエッセンス】はMPを回復出来るアイテムで値段も一つ20palと安い。【修復剤】は使うと防具の耐久値を一定時間少しづつ回復してくれるというもの。
そう言えばエースが買っていたのも【修復材】だったので確認しに【防具屋】へ行ったんだけど、向こうは一瞬で回復出来るものだった。けれど購入するのに【EP】が必要と言われ断念。やっぱりエースは凄いんだなあ。
メモによれば防具の耐久値は武器よりは長持ちするらしい。それは単純にモンスターと接触する回数が、武器の方が多いというだけなので、実際には差は無い。それに私みたいに攻撃特化型だと逆に一撃で倒せたりするので、防具の方がすり減る速度が早いんだとか。
そんな訳で必要そうなものだけを取捨選択して、出来るだけ買い込んだ。武器も……と思ったけれど、エースの話ではまだ序盤ならば【素手】のままでも問題は無いとの事。そもそもお金が……。
準備を終えていざ、エースが竜巻を起こしたあの草原へ行く。今更だけど、パーティーってどっちかがログアウトすると勝手に抜けるようになっているのだけど、それはマナー違反だからちゃんと抜けてから落ちるように、とメモされている。フレンドだし大丈夫だよね? ダメなのかな? うーん。
唸りながら歩いているとどうやら目的地に着いていたらしい。私と同じプレイヤーが談笑していたりするけど、その人達の邪魔にならないように端っこの方に移動する。
「良し! この辺りでいいかな」
私は今回は選り好みせずに色々なモンスターと戦う事にした。同じのを研究して効率良く、というのも分からなくは無かったけど、今はもっと別々の相手とも戦ってみたい気持ちが強い。あれ? 私いつの間にかエースに毒されてる? ナイナイ。
首を振り、「まだ私は楽しいけど中毒じゃないもん」と言い聞かせる。そしてちょうど目の前に居た犬、名前は……ハウンドか。ハウンドに八つ当たり気味に攻撃を仕掛けた。
攻撃した事でハウンドのHPが減るが、同時に相手も臨戦体勢へと移行する。素早い動きで右に左にとステップを決めるハウンド。服のセット効果で何とか追える程度の【AGI】があるとはいえ、相手に攻撃が擦りもしない。私は焦りから適当に攻撃を繰り出すと、その伸びきった腕に思い切り噛み付かれた。
「ッ!」
静電気が腕に流れたような痛みが走る。スライムの攻撃は鈍重なあまりハッキリしない痛みだったけれど、こちらは目が覚めるような痛みだ。思わず振り払うも、ハウンドは着地を決め次の攻撃に移る。またも右に左に。そして視界から消えたところでがぶり。また痛む腕を庇いながら【リバイタルⅠ】を使う。すると痛みが嘘のように消える。これってこんな効果もあるんだ。買っておいて良かった。
そんな事を思っている余裕があるのか、そう笑うようにハウンドが牙を突き立てんと攻撃してくる。だが攻撃して来るタイミングと場所はさっきので理解した。
「多分、この辺!」
斜め後ろ目掛け、その場で回転しながら拳を突き出す。手応えはあったが軽い。どうも少しズレたようだ。ハウンドは体勢を崩したけど直ぐに攻撃を再開する。右、左、そして消える。
「ここ!」
バキッと生々しい音が聞こえる。こんなところだけリアルにしなくても良かったのに、と思いながらも私は初めてハウンドに勝利した。
「エースってこれを一撃でしかも大量に……」
そう考えると、なんだか高レベルプレイヤーが別次元の何かに思えてくる。そんな考えを忘れさろうとするが如く、私はモンスターを求めて彷徨い歩く。
【攻略メモ】
ハウンド
出現場所:【湖都:アクゼリシア】近くの草原、【湖都:アクゼリシア】地下
レベル帯:4-6
攻撃方法は噛み付き。素早い動きが特徴的で、この辺りでは最も早い。【AGI】を振っていなければ追いつく事自体難しく、動きを見失う。プレイヤーによっては消えたようにも見えるが、これはハウンドの【ステップダッシュ】によるものである。【ダッシュ】を持っていて、かつ【AGI】に15以上振っていれば、倒した時にプレイヤーも取得出来る。意外と使いやすいスキルだが、慣れないうちは凄く酔う。運営も無駄なところに拘らなくてもいいのに、それが攻略サイトでの評価である。
倒し方は得物を回転しながら振り回すのが初心者にオススメの戦い方。ハウンドはHPが減ろうが構わず突っ込んでくる為である。ユイのようにカウンターで倒すのは中級者向け。上級者はバク転を決めながら背に乗る。ユイが言うように、高レベルプレイヤーは別次元の何か説が濃厚だ。