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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第一章 初心者
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とりあえず湖の底で

「失敗したなぁ」


 私は今湖底に居る。人生でそんな言葉を使う日が来るとは思って居なかった。幸いなのか不幸なのか、溺死する事は無かった。それというのも──





「あっぷ、あっ、ぐうぅ」


 私は現実でも5m程度しか泳げない。その為、どうにか這い上がろうと懸命に足掻いたのだが、私の身体はどんどん水に沈んでいった。ユイは知らないのだが、実は装備にはそれぞれ重さが設定されており、武器・防具共にステータスやレベルの制限が存在する。勿論、ユイの着ている【シンプルシリーズ】は大した重さでは無いものの、現実のものよりも少し重く設定されている。しかも現実でも泳げない者が、衣服を着けながらなのだから結果は目に見えているというものである。もしここにエースが居たのならば、足掻かずにいてと注意喚起出来たのだろうが、ユイは無駄に暴れてしまった為、あるスキルを取得してしまう。



 ユイ Lv.6

【HP 150/30(+120)】

【MP 50/30(+20)】

【STR/36】

【INT/1(5)】

【VIT/1(5)】

【AGI/1(5)】

【DEX/1(5)】

【LUC/1(5)】


 称号:【スライムイレイザー】

 スキル:

 《アクティブ》

【ダブルアタック】【トリプルアタック】【ダッシュ】【ハイジャンプ】【パワーコネクト】

 《パッシブ》

極稀な奇跡(クリティカ・ラッキー)

【呼吸法Ⅰ】



【呼吸法Ⅰ】

 水の中でも呼吸出来る。ただしその間MPを消費していく。


 防具4つと【シンプルシリーズ】の効果で全体的に能力が上がっている為、しばらくは生きられるが、MPが尽きてしまえばHPが削れていき、やがて死んでしまう。別に死んでもペナルティは無く、しかも最後に立ち寄った町に飛ぶので実質帰れるのだが、この時ユイは内心かなりテンパッていた為、【パッシブスキル】のON/OFFを切り替えられるというのを忘れていた。

 余談になるが、先程のマップを取得していない場合、『死ぬと最後に立ち寄った町』の判定が『マップ取得している町』な為、探索を怠っていると【始まりの町:ルクセンダーラ】を飛ばされ、このゲームの洗礼を受ける事になる。ガチガチの装備を着たプレイヤーがそれをやらかし、「ちょっwあのプレイヤー、装備凄いのに最初の町で死んでんですけどプププーw」と初心者に煽られた事件もあるくらいである。周りから見れば、特に初心者からすればこの近辺で死んだと錯覚する為こういう悲劇が起こったりするのだが。


 湖底は意外にも明るい。そもそも地上から見た時でさえ、魚影が簡単に確認出来る程度には澄んだ水である。だが上で見た時よりも魚が居らず、代わりに大量の水草で覆われている。しかも手近なものに触れ引き抜くとアイテム化された。名前は【コンプ】。


【コンプ】

 昆布の親戚。世界の水草ガチャにハマり課金欲に溺れた。湖を出て海で一旗あげるのが夢。


 ユイは特に何も思わずアイテム欄に収納されていくのを見つめる。その間もどうすれば上に上がれるかを考えていた。

 ここで普通の人間ならば泳げばいいと結論付けるだろう。ユイも同じくそう思い、必死に腕を動かした。だが期待とは裏腹に浮き上がる事は無く、地上でジャンプする時のようにただ少し浮いては沈むを繰り返す。予想では泳ぐ的なスキルが出るのかと期待していただけに落胆も大きかった。

 この読みは外れでは無いものの、実は取得までに結構時間が掛かる。スキル名は【泳法】。【アクティブスキル】の為制限時間付きではあるが浮上する事が出来る。だがこれは浅瀬などで取得するのが一般的である為、こういう湖底には大体がマヌケな初心者が沈んでくるといった寸法だ。


 必死に考えている中で何か無いかと辺りを見回すと、町の下にも町があるのが確認出来る。どうやら上に見えている町は湖底から建造されたもののようだ。しかも下の建物の上に増設している、というのでは無く、完全に一つの建物が湖底から生えていた。この光景は流石に現実ではなかなか見れるものでは無いだろう。


「ってそうじゃない。どうやって戻ろう……」


 そう思っていた時、ふと後ろから肩に何かが触れる感触が伝わってきた。辺りは魚と水草ぐらいなのにまるで手のように、がっしりと掴まれる。私は水中で動きが遅くなっているにも関わらず、まるで幽霊でも見たかのように恐怖し、一目散に逃げる。それでも肩に置かれた手のようなものは離れる事は無く、とうとう泣き出してしまいそうな時、ふいに頭に声が響いた。


『待って待って、大丈夫だから』


 それは青年のような優しい声で、けれど少しくぐもっている。勇気を振り絞って後ろを振り返ると、良く分からない骨の被り物をした男が私の肩をがっしりと掴んでいた。ただ、その掴んでいた腕は白骨化していたのだが。


『わわっ、待って待って! 本当に大丈夫だから! 僕もプレイヤーだから!』


 そう言って声を掛けて来た男は、両手を挙げて『僕は悪い骨じゃないよー』と言っている。その光景がなんだかあまりにも間が抜けていて、けれども腰も抜けてしまってその場に座り込んでしまう。


『うう……やっぱりこの見た目が悪いのかな。僕も最初はこんなはずじゃなかったんだけどなあ』


 そう言って男は、白骨化した指で湖底の白い砂をぐるぐると円を描いている。なんだか凄く申し訳ない気持ちになった私は、落ち着いてきたのもあって彼に話かける。


「あ、あの……」

『……ん? 僕は悪い骨じゃ──』

「い、いえ、さっきはその、ごめんなさい」

『いや、いいんだ。そもそもこんなところでこんな見た目をしている奴がウロウロしている事自体が悪いんだ。君が謝る事じゃない。先程は怖がらせてしまったよね、本当にごめんよ』


 そう言って砂を弄りながらも謝罪する男。それ以上掛ける言葉が見つからない私に、男は質問を投げてきた。


『君はどうしてここに居るんだい?』

「えっと、実はマップを見てたら湖に落ちてしまって」


 そう言うと凄く悲しそうな目で明後日の方を見る男。被り物のせいで顔は見えないものの、奥に見える目が全てを物語っている。


『ああ、やっぱりそうなんだ。初心者ほど陥りやすい罠みたいなものさ。僕も昔ハマったものさ』

「そうなんですか」

『そう言えば名前を聞いて無かったね。僕の名前は白亜、君は……ユイさんだね』

「えっ、どうして知って」


 と言ったところで、男は口に握り拳を当てるとクスッと笑った。


『いや、自分の頭上に表示されているだろう。まあ社交辞令で僕は名乗るようにしているけどね』

「そう言えばそうだった」

『ふふ、君は面白い人だね。僕もユーモアがあれば皆をもっと』


 言いかけて頭を振る白亜さん。私が首を傾げていると両手を振り話を続けた。


『いや何でも無い、こちらの話さ。ところで君はここから出たいんだよね?』

「えっ、出られるんですか?!」

『勿論。むしろ本来なら地下迷宮を通ってくる場所なんだけど』

「地下迷宮?」

『あの町の下には迷宮があってね。あの場所のボスを倒すと【(エラ)呼吸】っていう【呼吸法】の上位互換が入手出来てね。まあそのついでにゆっくり散歩しているって感じさ』

「そうなんですか」

『君がそうやって居られるって事は【呼吸法Ⅰ】辺りを取っているんだろうけれど、MP量的にそろそろヤバイんじゃないかな?』


 そう言われて私はステータスを確認する。見るとMPは一桁まで落ちており、このままでは海の藻屑ならぬ湖の藻屑となってしまう。今頃慌てだす私を見て、白亜は画面を操作している。そして私の目の前にスクリーンが表示される。


『白亜から【旅の回想】を【譲渡】されています。受け取りますか?』


 聞いた事の無いアイテムと、まだ知り合って十数分の私に【譲渡】を持ちかけてきた事に驚きつつ、真意を探る為に私は問いかける。


「これって?」

『知らないのか。本当に?』

「えっ? うん」

『……お目付け役でも回されたかと警戒したけれど、やっぱりただの初心者かな』


 再び首を傾げる私に白亜さんは首を横に振る。


『いや、本当にごめん。こっちの事情で今はあんまり知り合いに見つかりたくなくてね』

「はぁ」

『それよりもこの【旅の回想】ってアイテム。これは最後に訪れた町にワープ出来るものなんだ』

「じゃあここから出られるんですか?」

『勿論。受け取ってくれるかい?』

「是非!」


 こうして私は帰れる手段を貰い意気揚々と飛び跳ねていると、白亜さんがまたクスッと笑う。それに気付いた私は少し恥ずかしくなって俯く。


『ごめんごめん。本当に君は面白い人だなと思ってね』

「うう……」

『あ、そうだ。せっかくだからフレンドにならない? これも何かの縁だしね』

「いいんですか?」

『君みたいな面白い人は大歓迎さ』


『白亜がフレンド申請しています。フレンドになりますか?』


 スクリーンが表示され、私は躊躇わず『はい』の方を押す。そう言えばフレンドになった相手の名前は、他の者がただ真っ黒なだけなのに対し、黒字に黄色の(ふち)が付いている。ユイは特に気にしていなかったが、水中が青いせいかよく見える。


『ふふ、じゃあMPもそろそろ危ないだろうし、帰った方が身の為だよ』

「本当にありがとうございます。助かりました」

『僕も面白い人と出会えて良かったよ。また何処かであったら一緒に狩りでもやろうね』

「はい!」


 そう言って【旅の回想】を使うと、まるで本のページを捲った時のように、私は【湖都:アクゼリシア】の【教会】の前に立っていた。 


【攻略メモ】

パッシブスキル【呼吸法】

レベル:Ⅰ-Ⅹ

MPを消費する事で呼吸が可能になるスキル。レベルを上げる事で消費MPが少なくなっていく。5分でMP10ほど消費するが、発動させる瞬間だけ20ほど持っていかれる事が検証で明らかとなっている。

水中では【泳法】などと組み合わせないと動きに制限が付いてしまう。これ単体ではあまり意味の無いスキルだが、帰る手段がある場合には探索などに活用出来る。

【泳法】とは違い、水上と水中を何度か往復するだけで入手出来る上、スキルレベルを上げるのも攻略サイトで全て解明されている為、割と簡単に取れる部類のスキル。意外と知られていないが、プレイヤーやモンスターのスキルによる水の中でも呼吸出来る。ダメージ判定がある水の中に飛び込んだ検証班には、頭が上がらない思いである。

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