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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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熱帯夜の観覧車は、

作者: 井濾鳥ユキ
掲載日:2017/07/06

 


 私には、わからないことがある。彼女が、私と付き合っている理由(わけ)だ。


 あの夏の日。私は大好きだった彼女に、勇気を出して告白をした。

 ダメ元だったけれど、なんと、オーケーを貰えてしまった。

 みんなが帰ったあとの、静まり返った校舎の隣。なにかの花が植えられた、花壇の近くだった。

 震えながら頭を下げた私に、彼女は少し戸惑ったあと、優しく、こちらこそよろしくね、と言ってくれた。




「あれからもう一か月……」

「もしもし? どうしたの?」


 告白した時のことを思い出していると、自分から繋げたスマホに気づかず、独り言を聞かれてしまった。


「あ、ごめん。……もうすぐ、付き合って一か月なんだなぁって」

「……そうだねぇ。もう来週かー」

「なんだか、あっという間だね」


 肌にまとわりつく暑さを、少しだけ鬱陶しく思いながら、電話ごしの声に耳を澄ませる。


「……どうする? どっか行く?」

「……うん。実は、遊園地のペアチケット、アニキからもらってさ」

「遊園地? あの有名な?」

「ううん。そんなに大きくないとこなんだけど……」


 チケットの裏に載っている住所を読み上げる。何駅か先の、比較的近い場所だ。彼女の家からも、同じくらいの距離。


「あそこねー! 小さい頃、何回か行ったことある!」

「うん、私も。たしか、観覧車が有名だったよね」

「そうそう! 昔は、飽きずに乗りまくってさぁ!」

「あはは! 私は、ジェットコースターが好きだったな」

「絶叫系、好きだもんねー」


 昔話を交えながら、当日の話を進めていく。




 私達は、付き合っている。

 彼女は、うん、と返事をした。二人でデートもした。でもそれは、二人で楽しんで、遊んで笑顔になる、付き合う前の関係――友人のころ――と、何も変わらなかった。

 告白したときは、彼女の返事が、ただただ嬉しかった。このまま死んでしまいたいと思うくらいに。本気で、今が人生の絶頂なんだと思えた。

 それから一か月。彼女の真意を聞くに聞けず、なあなあで過ごしてきてしまった。なぜだか、無性に怖かった。彼女の本意を聞くことが。




「おまたせー」


 休日の遊園地には、暑さに負けず、沢山の人が押しかけていた。その入口前で彼女を待っていると、薄着の彼女が、白い肌を覗かせてやって来た。

 自然とドキドキしてしまう心を誤魔化すように、私は、なんてことない話を始めた。


「昨日ちゃんと眠れた?」

「そんなー! 小学生じゃないんだから!」

「あはは! それもそっか」


 彼女が、その綺麗な白い手を、すっ、と差し出してきた。目で追うと、彼女と目が合う。


「行こ!」


 柔らかな笑顔に、私も笑顔で返し、彼女の手を取った。


 この手は、友達? それとも、恋人?




 遊園地の中も、人が溢れていた。


「どれから乗る?」

「えっとねー……やっぱり最初は、ジェットコースターでしょ!」

「オッケー。移動しよ」

「はーい」


 ジェットコースターの前も、やっぱり混んでいた。少しうんざりしながら、列へ並ぶ。

 前のほうが、なにやら騒がしい。カップルがケンカしているようだ。聞こえてくる単語から推測できるのは、恋人同士のよくあるすれ違い。


「……大人がなにやってるんだか」

「そうだねー。私たちを見習えー! ってね」


 その言葉に、なぜだか胸が、ずきりと痛む。

 私たちは、あんな風に恋人らしいこと、したことあった?

 友達のころは、なんでもないことで言い争っていたけれど……。

 むしろ昔より、よそよそしくなった気もする。


「そういえば、課題は終わったのー?」

「いや……別の意味で終わりそう」

「今度、私と一緒にやる?」

「……そうだね。図書館ででも涼みながら……」


 二人で話に熱中していると、いつの間にかコースターの近くにいた。

 コースターに乗り込むと、間もなく動き出し、レールを登っていく。

 悲鳴をまばらに上げながら、加速して、浮遊感が体を襲う。隣からも、楽しそうな声が聞こえてくる。


 ジェットコースターは、好きだ。別にジェットコースターだけじゃなくて、浮遊感を味わえるのが好きだ。

 あの独特な、どこかへ行ってしまうような、浮遊感。それが、私は好きだ。




「あー楽しかった!」

「もう一回乗る?」

「いや、さすがに遠慮しとくー。違うの乗ろう!」


 ジェットコースターから降り、ぶらぶらとアトラクションを回る。

 彼女と遊園地に来たのは、これで二度目。

 隣で楽しそうに笑う彼女を見ていると、私も嬉しくなってしまう。


「……どうしたの? そんなニヤニヤして」


 自分がにやけていると知り、慌てて顔を戻す。


「ううん。なんでもないよ」

「そっか。……次、何乗る?」

「……何か少し、食べない?」

「いいよー。そこの屋台でいい?」


 屋台で軽食と飲み物を買い、並んでベンチに座る。


「これ、美味しー! 一口あげるよ!」

「……ありがと。……ほんとだ、美味しい!」

「でしょでしょ。そっちのは? もらっていい?」

「うん。どうぞ」


 食事をゆったり楽しみながら、往来する人々を眺める。


 ここにいる、どのくらいの人たちが、私たちをカップルだと思う?

 きっと、ほとんどの人は、友だちどうしだと思っているのだろう。

 そう思うと、なんだか少し寂しい気持ちになった。




 それから私たちは、数々のアトラクションを回った。楽しい時間はあっという間に過ぎていき、あたりは暗くなり始める。


「もうこんな時間かー。夏だと、なんだか時間が分からなくなっちゃうよね」

「ね。こんなに明るいのに、すぐ暗くなるんだよね」


 たっぷりと遊園地を満喫した私たちは、最後に観覧車に乗ることにした。


「相変わらず、すごい人ー! さすが有名なだけはあるね!」


 観覧車も、すごい行列だった。


「……それにしても、暑いねぇ……」

「……この分だと、観覧車の中も……?」

「いやいや! 冷暖房完備だから!」

「あはは! どっちにしろ、今夜は寝苦しくなりそうだよね」


 他愛ない話で笑い合いながら、列が動くのを待つ。

 やっと私たちの番になったときは、すっかり暗くなっていた。


「やっときたー! 早く乗ろう!」


 はしゃぐ彼女に手を引かれ、私は観覧車に乗った。

 並んで座ると、扉が閉められて、ゆっくりと登っていく。


「私も、観覧車、好きだよ」

「おぉ! やっと分かってくれた?」

「いや、ずっと思ってたけど……」


 彼女は、急に私たちの関係について話し出した。


「……今日で一か月。楽しかったねー」

「……うん。これからも、よろしく」


 ゴンドラは、静かな時間を乗せて、のんびりと昇る。

 彼女が振ってきたこの機会を、逃すわけにはいかない。私は意を決して、彼女の真意を訊いてみることにした。


「……なんで……」

「……ん? どうしたの?」

「……なんで、私と付き合おうって思ったの?」


 彼女は、少し驚いたような顔をした。沈黙が二人の間に流れ、私の鼓動が響き渡る。

 彼女は、窓の外へ視線を移した。私もつられて外を見る。ゴンドラは高度を増して、灯りの点いた園内が見え始めていた。


「……なんで、そんなこと言うの?」


 ガラスに映る彼女の顔は、不鮮明で、上手く表情が読めない。


「私、ずっと不安だった……本当に、付き合ってるのかなって……」

「…………」

「分からなかった……気持ちが……どう、想われているのかが……」


 彼女は、外を向いたまま答えた。


「好きだよ。だから……告白されたとき、すごく嬉しかった」

「…………」

「……好きだから、付き合ってるの。付き合おうって、思ったの」

「本当? 私のこと、好きなの?」


 彼女が振り返る。その顔は、いつもの笑顔だった。


「うん。初めて会ったときから、ずっと」

「……私も、ずっと好きだったよ。……でも私たち、全然恋人らしいこと、してないなって……」

「…………」

「二人きりで出かけるのも、手をつなぐのも……友達のころから、変わらない……」

「……怖かったの」


 目を伏せて震える彼女を、なぜだかとても、愛おしく感じた。


「……手をつなぐのも、二人で出かけるのも、平気だった。でも……その先に進むのが、なんだかとても……。恋人なんて初めてできたから……傷つけてしまいそうで、怖かった……」

「私も……! 私も、怖かった。もしかしたら、本当は嫌われているんじゃないかって……。気持ちが、全然分からなくなっちゃって……」

「……ううん、好きだよ。とっても好き!」

「……うん。私も、好き。……大好き」


 こんなにも簡単だった。私は、ただ訊けばよかった。うじうじ悩んでいないで、もっと早く、行動すればよかった。


 彼女と見つめ合い、改めて(てのひら)を重ねる。

 体温が、伝わってくる。とても熱い。彼女も、そう思っているのかもしれない。


「ねえ……」


 ゴンドラに溢れる二人の気持ちに背中を押された私は、ありったけの、最後の勇気を出して、彼女に(ささや)いた。


「……キス、しても……いい……?」


 彼女は、少しビックリしたような顔をして……。それから、暗いゴンドラ内でも分かるくらいに頬を赤く染めた。

 しばらく見つめ合う間、彼女の瞳は、ほのかな照明を反射してキラキラと輝いている。それから、彼女は目を逸らし、(うる)んだ目を睫毛で隠した。


 私の心臓は、どこまでも跳ね上がり続ける。


「……いいよ……」


 彼女は長い沈黙の後に、私の目を見ながら、消え入りそうな声でそう言った。それでも私は、眼下に広がる景色を横目に、しばらく動けずにいた。

 彼女が目を瞑り、薄い唇を艶やかせている。汗ばんだ首筋も、とても扇情的(せんじょうてき)で。

 私の手と彼女の手を、強く握り指を絡ませる。ゆっくりと彼女に顔を近付けて――。


 彼女と触れ合った。


 柔らかな唇からは、彼女からの想いが伝わるようで……。

 私も嬉しくて、自然と想いが溢れ出す。


 彼女はこんなにも私を想ってくれていて。

 私はこんなにも彼女を想っている。


 ふわり、と、とても大きな幸せが、私を包み込んだ。このまま二人で、どこまでも昇って行っていまいそう――。

 そんな幸せな浮遊感。


 初めて彼女と、一つになった。

 そんな気がした。


 熱帯夜の観覧車は、とても蒸し暑く。冷房が効いているはずなのに、温度は上がっていく一方だった。

 私たちは、観覧車の中。

 吹き出す汗も、息苦しい空気も気にせずに、ずっとずっと、永遠に、互いの想いを確かめ合った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] “しばらく見つめ合う間、彼女の瞳は、ほのかな照明を反射してキラキラと輝いている。” この表現がすごく好き。
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