一人旅したい
続きです。ペース遅すぎですねはい。
「あれ、葉波くんじゃない」
ふと、声をかけられた。
そちらを見ると、僕と同年代くらいの女の子が立っていた。
目鼻のキリッとした顔立ちで、長い黒髪をたなびかせている。
服装は…白い英字TシャツとGパン、としか言いようがない。というか僕は服の種類をほとんど知らない。小説で服の描写を読んでも全くそのイメージがわかないレベル。挿絵は偉大だとひしひしと感じるね。
まあいいか。
小銭で重くなりつつも軽くなった財布をポケットにしまい、時間を潰すためにスマホを取り出した。
「完全にスルー!?」
彼女は目を見開き驚愕の声をあげた。
まったく。
「突然話しかけてきて、あなたはだれですか。こういうときは先に名乗るのが礼儀ですよ」
「私、なんで警戒されてるのかしら!?」
「いや、不審者かと思って」
「こんなに可愛い不審者がいますか。いや、いないわ」
胸をはって言ってるけど、美男美女の不審者もいると思うのだが。あと自分で可愛いといっちゃうのか。
「僕はやはりあなたを知らないんですが」
「去年一緒のクラスだったんだけれども」
嘘だろ。
よくよくみてみればどこかで見覚えがあるような気がする。
脳内名簿にアクセス。この顔と声に当てはまるのは… うん。こいつだ。
「すまん、思い出した。涼宮だな」
「そんな世界を改変しそうな苗字じゃないんだけど」
「え、ほんと?」
「ほんと」
僕は間違いだらけの脳内名簿を怒りに任せて引き裂いた。
僕の記憶使えないなあ!
と、彼女は僕の脳天に手刀を叩き込んだ。
割と痛い… はげませんように。
「私は野々崎よ!ほら、思い出したかしら」
「なんか思い出した気がします」
頭に刺激が加わったせいか、ちゃんと思い出した(はず)。高校に入学したとき隣の席だったのだ。仲良く話してた覚えはないし、あまりクラスでの印象もない。
つまりどうでもいいやつの一人だったってことだ。
「で、何の用だ」
「知り合いだとわかった途端にあなた丁寧語やめるのね…」
ほっとけ。
「えっとね、平日のこんな早朝から駅にいるってことは家出するんだろうなと思って。実は私も家出するの。だけれど一人じゃ心細いし一緒に行こうと思ったのよ」
「断る」
「辛辣ねえ」
一人旅の邪魔をされるわけにはいかないからね。
「お願い」
上目遣いでこちらをみてくる。心なしか目がうるうるしているように感じる。
ぼくにうわめづかいはつーよーしないからな。
「ちょ、ちょうど電車も来た。それじゃ、元気でやれよ」
そうして揺れる心を誤魔化して、ここから数両先の車両に逃げるように乗り込んだ。
やはりこの時間は人が少ない。ポツポツといるだけだ。
駅を通過していくごとに通勤客は増えていくだろうけれど。
シートに身を委ねる。これだけ空いているのだから寝転がりたい気持ちもあるけれど、さすがにそのくらいの常識はわきまえている。
さて、これからどこへ行こうか。
「山か海だったら私は山がいいわ」
…隣に野々崎が座っていた。いつの間に。忍者かこいつは。
無言で席を立ち、向かい側の座席に座った。
野々崎も僕についてくるように隣に座った。
「…」
少し考えて一つ前の車両に移動して座ってみる。野々崎も同じように車両を移動して隣に座った。
ちらりと顔をうかがうと、こちらを見てニヤニヤしていた。
「葉波くんはどこへ行きたいのかしら」
僕は頭を抱えた。
皮肉にも、ちょうど夜が明け、朝日が窓から差し込んでくるのであった。
がんばれ。葉波。未来は明るい!