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狼少年、化け物に立ち向かう。

 何故、俺はこんな行動に出てしまっているのか、自分でも分からない。


 アイツに襲われている女の子の姿を視認した瞬間に、体が勝手に動いていた。

 シローなしでは勝ち目は薄いと分かっているはずなのに。


 あの子供の顔を見た瞬間に、何故か胸がギシギシと締め付けられているようで、痛くて堪らない。この感情は、罪悪感だろうか。

 確かに、俺も子供の頃は困っている人間を見れば、助けずにはいられなかった。目の前の人間を見殺しにしたとなれば、罪悪感に押し潰されてしまっていただろう。

 だけど、少なくとも大人になってからは、そんなことでは罪悪感など全く感じなくなっていたはずだ。実際、先ほどまでは何も感じていなかった。

 まさか、体が子供に戻ってしまったことが影響しているのだろうか。自覚が無いだけで、人格まで子供の頃のものに戻ってしまっているのだろうか。


 とにかく、ここまで来たのであれば、もはや進むしかない。

 しかし、考えようによっては、これはチャンスだ。

 言葉も通じない、身元不明の男なんて、例え子供であっても歓迎されるわけがない。しかし、命の恩人となれば、話は別だ。少なくとも、あの子供たちと、その家族は俺のこと邪険には扱えなくなるはずだ。

 そうだ。恩を売って、最大限に活用させてもらおう。


 体内の「熱」を両足に込めて、走る。

 途中、後ろを振り返ってみたけれど、やはりシローは追って来ない。

 あれだけ怯えていたのだから、当然か。


 距離はそれほどなかった。もう少しで、先ほどアイツを確認した位置に到着する。

 まだアイツを視界に捕らえてはいないけど、悲鳴が聞こえてきていた。かなり近くだ。

 あの二人に気を引かれている間に、一気に間合いを詰めて、コイツをぶち込んでやる。

 腰紐にくくり付けていた筒を手に取る。

 この日のために用意しておいた、唐辛子爆弾だ。

 スリングで石を当てたってノーダメージだろうから、目鼻を潰させてもらう。

 全部で3つ。確実にぶち当ててやる。


 黒い靄を視界に捕らえた。その中に、四足歩行の……ではない、今は二足歩行で、前足を上げているシルエットが見えた。

 正直、到着するまでにどちらかは死んでるだろうと思っていたけど、子供は二人とも走って逃げている。

 女の子の方は、ほとんど足が動かせていないようだけど。


 ………やはり、おかしい。


 ここまで来れば、流石に分かる。

 先ほどから、もしかしたらとは思っていたけど、アイツは獲物で遊んでいたのだ。

 動物の中にも、獲物をいたぶって遊ぶものはいる。だけど、コイツは動物とは別物、化け物や魔物の類だと勝手に考えていた。まさか、こんな動物的な嗜好を持っているとは思わなかった。それならば、力が弱いとか、足が遅いというのも、俺の勘違いだろう。遊ぶために、人間の走る速さに合わせ走り、殺さない程度の力で嬲っていただけだ。


 薄かった勝算が更に薄くなったことを確信しつつも、今更引き返すこともできない。

 足に更に力と「熱」を込めて、全力で加速する。

 後ろから一気に接近して、追い抜きざまに顔面めがけて唐辛子爆弾を投擲する。


 一瞬、体が硬直し、息が止まった。

 やはり、コイツ、化け物だった。

 大きさで言うと体長4,5mくらいある。それだけでも脅威だけど、それよりもこの禍々しさよ。

 体長の半分くらいはある大きい口からは、でたらめに大きく鋭い牙が無数に飛び出していた。そして、これまたやたらと大きな目は血走り、微かに光を放っているようにも見えた。後姿はやたらでかい熊に見えたけれど、前から見ると例える動物が思いつかない。完全に化け物だ。

 目が合っただけで身がすくんでしまった。

 その前に投げていて良かった。


 唐辛子爆弾は、化け物の顔面に叩きつけられと、容器が破裂し、中身が目鼻に降りかかる。

 次の瞬間、爆音のような絶叫が森にこだまする。

 あまりの音量に、吹き飛ばされそうな錯覚に陥る。


『ぐっ……』


 森から音が消える。鼓膜がいかれたのか。音が遠く聞こえるようだ。

 化け物の方を見やる、足を止め、前足で必死に目をこすっている。

 効果はばつぐんだ。その不必要に大きな顔面が仇になったな。


 万が一、唐辛子爆弾がはずれるか効果が無かった場合は、そのまま走り抜けて逃げるつもりだったけど、杞憂だったようだ。

 俺は、急いでUターンする。


 その馬鹿みたいに鋭い爪では、目をこするのも大変だろう。

 ほうれ、効果延長だ。


 唐辛子爆弾をもう一つ顔面に向けて投擲し、追い討ちをかける。

 こういうとき、出し惜しみはなしだ。

 さてと、やりたいだけのことをやったら、サッサと撤収だ。


 振り返ると、二人の子供は、呆気にとられたような顔をしている。

 男の子の方は何かを言っているように見えたけれど、さっきの咆哮で俺は耳がよく聞こえない。

 無視して、身体能力を強化することで二人を抱え上げ、走る。


 先ほど男が逃げた方向と同じ方向に逃げる。

 途中、何かが聞こえたような気がしたけれど、気にせずに逃げる。

 

 耳が聞こえなくなっているはずなのに、後ろから化け物が追ってくる足音が聞こえてくる気がした。

 振り返らずにとにかく、逃げる。

 逃げて、逃げて、逃げた。

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