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狼少年、芋を食べる。

『ごちそうさまでした』


 調味料が何もないので、芋をただ茹でただけの芋汁だったけど、生肉に比べればずいぶんとマシだ。せめて塩でもあれば、良かったのだけれど。


 晩飯を食べ終わる頃には、もう完全に日が沈んでしまっていた。月は出ているけど、森の中までは光がほとんど入ってこないので真っ暗だ。目の前にある火が唯一の光源だ。電気の光に慣れてしまうと、非常に頼りない光源である。


 満腹なった状態でゆらめく火をぼうっと眺めていると、自然と眠くなってくる。しかし、まだ寝るわけにはいかない。今日はまだやることが残っている。火が消えないうちに、矢の製作しなければいけないのだ。


 明るいうちに拾い集めておいた枝の皮を手に取り、皮を剥いていく。そして、先ほど手に入れた鳥の羽を矢羽として取り付けていく。鏃には特に何も付けない。鉄も青銅もまだ精製できていないのだから、付けるとしたら尖らせた石か骨になるけど、今回は単に枝の先端を火で炙って炭化させ、石で磨いて尖らせるだけだ。どうせ、今の俺の腕力ではそれほど威力は出せない。あまり大きな動物はそもそも標的にしないし、俺の仕事は獲物を弱らせるだけ。仕留めるのはシローの役割だ。


 こういう単純作業中は頭がよく回る。考えるのは今後のことだ。と言っても、やるべきことは決まっているのだ。サッサと人間を見つける、これに尽きる。


 別に、今更、人間と一緒に暮らしたいとか、そう言う訳ではない。俺は家族と一緒にいたい。ここで言う家族とは、この巣穴に住む狼たちのことだ。家族であることに血のつながりは必要ない。種族が違うなんてのは些細ごとだ。そう言うわけで、俺は森から活動の拠点を移すつもりはない。


 人を探しているのは、単純に鉄が欲しいから。そして、知りたいことがあるからだ。


 まずは、ここが何処かを知りたいものだ。

 少なくとも現代の地球ではないと思うのだ。動物に詳しいわけじゃないけれど、母さんのように自動車サイズの狼なんて現代の地球にいるはずがない。過去には大型の動物や爬虫類が地上を闊歩していたのだから、過去の地球に転生したということはあるかもしれない。開けた場所で星空を見上げれば見覚えのある星座があったしな。だとしたら、じゃがいもに似た芋もあることだし、南米あたりだろうか。


 ついでに、この「熱」の正体も知りたい。

 どう考えても、魔法とか気功とかの類の力だけど、使いこなせれば森での生活が便利になるはずだ。超人的な筋力を持った人間、魔法のような力を使った人間は昔話に登場する。とは言え、いっそのこと、魔法の存在する異世界にでも転生してしまったと考えたほうがしっくりとくる。


 ここが、別の時代の地球なのか、別の惑星なのか、別の世界なのかは、いくら考えたところで答えが出るわけもない。ここに住む人間に接触しないことには何もはじまらないのだ。できるのであれば、明日にでもシローに頼んで探索範囲を広げたいところだ。

 そう、できるのであれば。


『はぁ……』


 いかん。暇になるとため息が出る。サッサと日課に取り組むことにしよう。


 体内で生み出した「熱」を目に集中させるようにイメージする。すると、視力が強化されて、手元にある作りかけの矢が普段よりもはっきりと見えるようになる。ただし、そこから顔を上げて遠くを見渡しても、火の明かりが届く範囲の外はいまいちよく見えない。けれど、一瞬だけ夜の森の中が急に明るくなったように遠くまで見えることがあるのだ。たまに成功するから、あともう少し、コツさえ掴めれば使いこなせるようになるはずだ。


 今の直近の課題はこれ、夜目を身に着けることだ。

 シローをはじめとして、うちの家族は基本的に夜行性だ。シローと共に人間を捜索をしようにも、俺とシローとは活動時間が大きくずれているのだ。最近のシローは俺に合わせて明るいうちに行動してくれるけれど、それでも午前中は基本的に寝ているので、午後の日が出ている間しか共に行動できない。日が暮れてしまうと俺の目では狩りも人間捜索も不可能だ。


 何とか、シローを昼行性に矯正できないかと、朝に何度も起してみたけれど、機嫌を悪くさせただけで効果はなかった。しかも、シローは巣穴の外で寝泊りすることを嫌がるから、外出は日帰りでなければならない。あと数年すれば、シローも外泊が可能になるだろうけれど、それでは時間がかかりすぎる。シローをこちらに合わせるよりも、こちらがシローに合わせた方が早い。


 だからこそ、夜目を身に着ける必要がある。

 夜も活動できるようになれば、人間探索にしろ、狩りにしろ、活動範囲が倍に広がるはずだ。ちなみに、俺一人で探索に行くのは無理だ。森には「変なヤツ」がいるし、何より俺の足では大して遠くまで行けない。


 俺はひたすらに、手では矢を作り、目は夜目の訓練をする……はずなのだけれど、気がつくと手が止まり、船を漕いでいた。慌てて頭を振って火に薪をくべると、手元を動かし、訓練を再開する。しかし、気がつくとまた、手が止まり、瞼が落ちてきていた。


 思ったよりも限界が来るのが早かった。この体になってから、睡魔への耐性が非常に弱くなっている気がする。やはり子供の体では夜更かしは無理そうだ。


 もう少し作っておきたかったけど、仕方がない。これだけあれば十分だろう。今日はこれくらいにして寝てしまおう。ただでさえ、栄養失調気味で体の成長が遅れているのだから、睡眠時間を削って更に成長を遅らせるようなことはしたくない。子供の体はいろいろと不便なので、早く大きくなって欲しい。


 眠い目をこすって、立ち上がる。火には砂をかけて消しておく。早く巣穴に戻って休みたいところだけど、その前に水浴びをしなければいけない。火を使った後、煙の臭いを付けたまま戻ると、皆に嫌な顔をされる。正直、水浴び程度では完全には臭いが消えないのだけど、やらないよりもはマシだ。明日、明るくなったら狩りに行く前に前にもう一度水浴びをしよう。二度も洗えば、シローも大丈夫だろう。


『そうだ、石鹸も作ってみようかな』


 獲った動物から油をとって、あとは……灰でも混ぜておけば作れるだろうか。塩がないので塩析はできないけれど、使うのは俺だけだし、多少は質が悪くても液状石鹸でも何の問題ない。


 しかし、ここ数日で夜になると冷えるようになった。つい先日まで暖かかったと思っていたのに、もう秋だ。池で水浴びをしていると、冷たい水に体温をガンガン奪われていき、少し後悔していた。

 秋なんて直ぐに終わって、冬が来る。冬は厳しい季節だ。ちゃんと準備しないと死んでしまう。特に、昨年は酷かった。夏からして寒かったけれど、冬は本当に死ぬところだった。

 今年は芋があるから、昨年よりもは余裕があるとは言え、油断はできない。冬支度は万全を期す必要があるのだ。今年も大量にドングリを集めて備蓄しておくのがいいだろう。

 ふと、背後で水がはねるような音がした。暗いので良く見えないが、魚でも跳ねたのであろう。


『そうだ、魚用の罠も作っておくか』


 茎で作った籠にかえしになる部分を設けたような罠を作って、池に沈めておけば魚か何かが捕れるかもしれない。釣りは狩りに比べると効率が悪かったので、止めてしまったけど、朝のうちに罠を仕掛けておけば、狩りに行っている間に魚が捕れるかもしれない。

 作りたいものが次から次へと浮かんでくる。これも全部、お芋さまのおかげだ。本当に、食の悩みからの解放は、技術の発展を促してくれる。ありがとう、お芋さま。

 でも、今本当に作りたいのは米なんだ。


 巣穴に戻ってくると、ミミとフタミ姉さんしかいなかった。シローはこの時間帯はいつも、一匹で狩りに出ている。母さんがいないのは、散歩にでも出ているのだろう。いくら妊婦と言えども、ずっと篭りっきりでは体に悪いから、少し体を動かさなければいけない。俺はもう寝るけれど、うちの家族にとっては、夜こそが本来の活動時間だ。

 とは言え、ミミについては凄く眠そうだ。考えてみると、うちの家族の中で一番、俺の活動時間に合わせてくれているはミミはではないだろうか。ミミが食べるものは、ほとんど俺が捕ってくるからかもしれない。眠そうなのに、まだ寝ていなかったのは、俺が戻るのを待っていてくれたのだろうか。

 ちょうど良い、今夜は少し寒いから、ミミを布団代わりにして寝よう。


『ミミ。おいで』


 ミミの名を呼ぶと、素直に寄ってきて、飛びついてくる。流石に上では重いので、隣に下ろす。ミミの背中に手を回して抱き寄せると、とても暖かい。もふもふして気持ちが良い。今夜は良く眠れそうだ。

 フタミ姉さんは、ニヤニヤしている俺の背中を鼻で俺を小突くと、どこかへ行ってしまった。ミミの面倒を頼む、と言いたいのだろう。それは問題ない。後はもう寝るだけだ。フタミ姉さんは狩りでも楽しんでくるといい。


 ミミは凄く上機嫌に見えた。もしかしたらミミの方も、俺と一緒に寝たかったのかもしれない。思い返せば、春くらいまでは毎日一緒に寝ていた。夏の間は暑かったので、天然の暖房みたいなミミには離れていて欲しいと思っていたのだけど、それを察してずっと我慢していたのかもしれない。


 ふむ、なるほど、愛い奴だ。これからは毎日一緒に寝てやろう。

 ……夏になるまでは。

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