狩人の倅、のんびりする。
今回はマキリ視点です。
オレはマキリ。狩人クーの息子だ。
狩人の家に生まれたオレは、小さい頃から森に入っては獲物を狩ってきた。……まあ、ちっちゃいヤツがほとんどだけどな。
いつもはオヤジと一緒に、何日もかけて森の中を狩りに行っていたんだけど、魔物騒動以来、村の近くでしか狩りができない。と言うか、魔物に襲われたのはオレだしな。
あれから、一ヶ月以上経つのに未だに思い出しただけで震えが来るし、狩りに行かなくて良いならそれに越したことはない。
オレとしては、魔物が怖いってことを言い訳にしてしばらく家でのんびりしていたかったんだけど、オヤジに追い立てられてしまった。
森で怖い目にあったときほど、間隔を空けずに森に入らないといけないらしい。
隣村から取ってきた芋のおかげで、村の食べ物問題もずいぶんと楽になったと言うのに、面倒な話だ。
そんな訳で、今日も寒い中を狩りに出る。
ただ、今日は7日ぶりくらいに、ムゥと一緒だ。
ムゥはここ最近、村と、森の中にあると言う狼の巣とを行ったり来たりしている。7日くらい森で過ごした後は、7日程度くらい村で過ごす、ということを繰り返している。
最初の頃は、ムゥがいなくなる度に、ノンノが落ち込んでたけど、流石に慣れてきたみたいだな。ムゥも村に落ち着けば良いのに。森の中で生活するより、村にいた方がずっと良いと思うんだけどな……
ムゥは、どうやって獲ったのか、立派な毛皮のマントを着ている。初めて村に来たときに着てたやつを引っ張り出してきたらしい。
さらに、アンシャおばさんとノンノが作ったマフラーや手袋まで付けてる。とても暖かそうで羨ましい。
さらにさらに、モフモフで暖かそうな毛皮の上に座っている。ただ、これはあまり羨ましくはないかな。
ムゥはいつも、ミミとか言う狼に跨っている。ムゥと、それからオヤジまでもが、犬だと言い張っているけど、どう見ても狼だ。うちの猟犬のコロとは全然違う。
でも、びびってるのはオレだけのようで、コロでさえミミと仲良くやっている。オレもしっかりしないといけないな。
ちなみに、今日の狩りにノンノは不参加だ。
雪も積もってるこの時期に、木の実や薪拾いなんてもうできないし、まともに狩りのできないノンノは邪魔なだけだ。
それに、ノンノにだってやるべき仕事がある。今日もアンシャさんの機織を手伝っているはずだ。
正直、家の中での仕事は羨ましい。こんな寒い日に狩りなんてやってられない。サッサと帰りたい。
「なあ、ムゥ。今日はこいつで終わりにしようぜ?これ以上獲ったら、森から獲物がいなくなる」
「うん。かえる」
「ムゥは、もう弓矢も完璧だな」
「うん。マキリのおかげ」
ムゥは、最初の狩りではスリングを使っていたけれど、それ以降はずっと俺が貸してやった弓矢を使って狩りをしている。
ムゥに弓矢の使い方を教えたのはオレってことになってるけど、ムゥは最初からけっこう上手かった。
弓矢を使ったのは初めてではないのではないかとオレは思っている。森の中でどうやって弓矢を手に入れたのかは知らないけれど。
そして、一ヶ月近く毎日実戦で鍛えたおかげで、今ではかなり上手に使いこなせている。これじゃあ、オレの唯一の得意分野でムゥに追い抜かれてしまう。ムゥは少し器用すぎるんじゃないだろうか。
まあ、いいや。
まだ日は高いけど、今日の狩りはこれで仕舞いだ。
ムゥと森に入ると、大抵は大猟だ。今日は鹿まで獲れた。
ただ、毎日のようにこれだと、近いうちに獲り尽くしてしまいそうで怖い。
今日は、ウサギ2、鳥4、鹿1……
と、数えていると、ムゥは籠から獲物を取り出して、ミミに食べさせ始める。まあ、いつもの光景だ。
うちの村は、狩りで獲ったものは基本的に全て、村の皆で分け合うんだけど、それだと当然、自分たちの取り分が減ってしまう。
ムゥが言うには、努力してもしなくても、同じだけ食べ物が貰える村の仕組みは良くないらしい。つまり、狩りを頑張ったヤツがお腹いっぱい食べないと駄目ってことだ。
まあ、気持ちは分からないでもないし、オレは特に何も言わないけどさ。
そうは言っても、ミミには食わせてもムゥは食べないんだよな。早い話が、家族をお腹いっぱいにしてやりたいってだけのことだ。
まあ、鹿が取れたんなら、ちっちゃいヤツは食わせても大丈夫だろ。
しかし、これは村まで持って帰るのが大変だ。
ムゥは狩りは上手いけど、力は強いわけじゃないし。
仕方ないので、ムゥと二人で引きずるようにして鹿を持って帰った。
「しかし……ホントにすげぇな。前にも言ってたけど、音とか臭いでわかるのか?」
「ううん。まえとちがう。ほかのでわかる。ミミでべんきょうしたの」
「他の?耳とか鼻以外のどっかで探してるって事か?どうやって?」
「………わからない」
そうだよな。今までも獲物を探すのがコロ並みに上手かったけど、少し前から急にすごくなった。
コロでも分からないくらいにかなり遠くにいる獲物にまで気が付くし、もはや耳と鼻で探してるってレベルじゃない。
でも、ムゥ本人でもどうやってるのか分からないってことか……こう言うのを天才って言うのかね。
村に着いたら、先生に鹿を引き渡す。
もうオレたちが鹿を引きずって現れても、村の皆も先生も一々驚いたりはしない。慣れたもんだな。
オレとムゥは多めに肉を貰って、ついでにムゥはおばさん集団に頭も撫でられまくっていた。
ムゥは頭を撫でられるのが好きだ、とノンノが皆に言って回ってたせいだ。ムゥの外見がかわいいからってのもあるか。
ムゥはまだ村のみんなに慣れていないせいか、ちょっと険があるからこの程度で済んでいるけど、ムゥの周りに人だかりができるのは時間の問題だと思う。
ただ、ムゥ自身は撫でられても嬉しくないって言っていたし、オレの目にも、ムゥは少しだけ迷惑そうにしているように見える。他の大人にはムゥは照れているだけに見えるんだろうな。
このまま放っておくと、何時間かかるか分からない。
オレは、ムゥの手を掴んで、おばさんの群れから引っ張り出すと、サッサとムゥの家に向かう。
過保護なノンノに、ムゥの送迎を頼まれているからな。
「ありがとう。マキリ」
「ああ。しかし、ムゥも大変だな」
「うん。なでなでしないでっていってるのに」
ただ、撫でられても嬉しくない、というムゥの言葉が全部本当だとは限らない。
少なくとも、アンシャおばさんとノンノに撫でられているときのムゥは、オレの目から見ても嬉しそうに見える。
ほら。今だって、肉を持って帰ったことをノンノに褒められているけど、ムゥは幸せそうじゃないか。
相手によるんだろうな。ムゥ自身がそれに気づいてるのかは知らないけど。
「マキリも、ムゥの面倒見てくれて、ありがとうね」
「いや。ムゥは面倒なんてかかんないし。それどころか、オレとしては大助かりだよ。明日の朝もまた、迎えに来るからさ」
「あ、待って!ついでにさ、ムゥを先生のところまで送っていってくれないかな?」
「……これから勉強するのか?帰ってきたばっかなのに?……まあ、良いよ。どうせ帰り道が一緒だし」
「ありがとうね。ムゥ、いってらっしゃい」
「うん。いってきます。おねえちゃ」
村の中心から見ると、オレの家とノンノの家は正反対の位置にある。
つまり、ムゥを家まで送り届けた後は、どっちにしろ、先生の家の近くをまた通ることになるわけだ。
それなら、ついでにムゥを先生の家まで連れて行くのは何の問題もない。
しかし、ムゥも頑張るな。狩りから帰ってすぐに勉強とは……
「ムゥもずいぶんと言葉が喋れるようになったな」
「うん。べんきょうがんばったの」
「でも、未だにノンノのこと、おねえちゃ、って呼んでるんだな」
「うん?なにかへん?」
「あれ?気づいてなかったのか?おねえちゃ、じゃなくて、お姉ちゃん、だからな?」
「そうなんだ」
ノンノのことだし、かわいいから、って理由で放置してたのかもな。
一人称が未だに「ムゥ」なのも、ノンノのせいなんだろ、きっと。
先生の家に向かうまでの道中、ムゥとあれやこれやと話していると、一人の男が立ちふさがった。
「よう。帰ってたのか?魔物にでも食われてりゃ良かったのにさ」
……まーたコイツか。クンネだ。ムゥに付いて来て正解だったな。
コイツは、他の大人がいる間は、仕掛けてこない。ああ、それと、ノンノがいる間もだな。
ムゥが危険な狼の子だから追い出したいってのが建前だけど、魔物に襲われたときに自分だけムゥに助けてもらえなかったっていうことで逆恨みしてるだけだ。
まあ、それ以上に理由があるんだけども。そっちの理由だって、言いがかりみたいなもんだ。
「おい、マキリ。いつまでその狼の子と一緒にいるつもりだ?」
「別に、オレが誰と一緒にいようが関係ないだろ?」
「皆、そいつのことを怖がってる!迷惑してるんだよ、そいつにさ!」
「皆って誰だよ?ムゥの悪口言ってるのなんてお前ぐらいしか知らないぞ」
「そいつのせいで村の食料事情は逼迫してるんだぞ!?」
「いつの話してるんだよ……むしろ、ムゥのおかげで、ずいぶん楽になってるんだが?」
「っ!……この……そいつは、できそこないの糞畜生だろうが!」
クンネはムゥに向かって石を投げつける。
「なっ!」
オレはムゥを庇うために前に出る………のだけれども、ムゥがオレを庇うように更に前に出てしまった。
そして、ムゥは着ていた毛皮のマントで難なく石を防いでみせた。
「ちっ!この!………ひっ!」
クンネは更に石を投げようとするが、グルグルと唸りだしたミミにびびったようだ。
そして、そのまま逃げてしまった。負け惜しみを吐き捨てながら。
まあ、相手が狼だしな。あれが、普通の反応なんだよな。
クンネが逃げる間、ムゥはミミに向かって何かを呟いていた。
たぶん、興奮したミミを落ち着かせるために何か言っていたのだろう。
ムゥはたまに、オレの知らない言葉でミミに話しかけている。狼語なんてものがあるのかね。
「ムゥ、大丈夫だったか?」
「うん、へいき。でも、クンネなんていってたの?」
「聞くに堪えない悪口だよ。ムゥにはまだ早いかな」
クンネの言葉でムゥが傷ついたりしてないか心配だったけど、何を言われてのか分かってなかったようだ。ノンノに、アンシャおばさんに、カントおじさんも、はああ言う汚い言葉は意図して教えてなんだろうな。オレがオヤジから受けた教育とは正反対だ。
ムゥを先生の家まで送り届ければ、オレの仕事はお仕舞いだ。
家に戻って、後はのんびりしよう……
「…………」
「ん?マキリ、まっててくれたの?」
「……まあ、ちょっと用事があったんだ。ついでだから、ムゥのことを家まで送ってやろうと思ってさ」
「そっか。ありがとう。マキリ」
一度家には戻ったんだけど、また先生の家まで来てしまった。
ミミがいるから大丈夫だとは思うけど、さっきのこともあるし、つい……な。
さっきも通った道をまたムゥと歩く。オレはこの道を何往復するのだろうか。
「ねえ、マキリ。あのじゅうじか、どうなってるの?」
「は?どうなってるって……なにが?」
「どうしてまものこないの?」
ムゥは唐突に十字架について質問してきた。
十字架がどのようにして魔物を遠ざけているのか知りたいそうだ。
先生からヤシャナ様が……という話は聞いたそうだけど、ムゥは納得してないらしい。
作り方とか、構造とかを聞いてくるけれど、そんなのオレだって知らない。
地面の下の部分はどうなっているのか聞いてきたから、少し変わった形をしているのを見たことがある、という話だけしたら、ムゥは目を輝かせていた。
ムゥは、ものを作るのが好きで、しょっちゅう何かを作ってるみたいだし、こういうのが気になるんだろう。
「……なあ、ムゥ。止めておけよ」
ムゥは十字架を掘り返し始めていた。
なんでも、十字架の仕組みが分かれば、自作できるかもしれないから、だそうだ。
しかし、ムゥも無駄なことをする。十字架が魔物を遠ざけるなんて、子供を安心させるための大人たちの方便なんだから。オレも、一々指摘するようなことはしないけど。
まあ、引っこ抜いても、また植えなおせばいいだけだし、大した問題じゃない。ただ、オレはあんまり信心深い方じゃないから大丈夫だけど、他の村人に見つかったら大目玉を食らうだろうな。
それでも、オレがムゥを止めないのは、ムゥが言ったら聞かないことを知っているからだ。やるって言った以上は、オレがいなくなった後にでも、ムゥはやるだろう。
なら、俺にできることは、誰かが来たら教えてやることくらい……
って、ノンノが来た!
「ムゥ!掘るの止めろ!ノンノが来た!」
「!」
オレは、ノンノから隠すように、ムゥの前に移動してやる。
「よう、ノンノ。どうしたんだ?」
「うん。そろそろ、先生との勉強が終わる時間かなって。ムゥを迎えに行くところだったの」
「おねえちゃん。ムゥ、ここにいる」
「ああ、ムゥ。そっか、マキリが送ってくれたんだね。ありがとう、マキリ。でも、ムゥ……今、おねえちゃんって」
「うん。マキリに教えてもらったの」
「ふぅん……そうなんだ……」
ノンノの視線が痛い。
「それじゃあ、帰ろっか、ムゥ。………あれ?ムゥ、手が汚れてるよ?どうしたの?」
「……なんでもない。ちょっとあそんでただけ」
ムゥは誤魔化したけど、ノンノは何かに気づいたようだ。
ノンノは勘が鋭い。昔から、どういう訳か、嘘を見破るのが得意だった。
ノンノは、振り返ると、十字架の所まで歩いて行き……そして戻ってきた。
ニコニコ顔だけど、底冷えするような感覚に陥る、そんな顔だ。
つまり、非常にまずい状況だ。
「ねえ、ムゥ。お姉ちゃん、言ったよね?十字架は村にとって大事な物だって……ねえ?何度も、何度も、言ったよね?」
「どうしたの?おねえちゃん。ムゥ、なにもしてない……」
「ふぅん。お姉ちゃんに嘘つくんだ……お姉ちゃん、ムゥの嘘なんてすぐに分かっちゃうんだよ?」
「……ごめんなさい……」
「どうして謝るの?」
「……ムゥ、じゅうじか、ほった」
「うん。正直に言えてえらいね、ムゥ。でも、これで3回目だよね?この前は、ムゥが泣いちゃったから許してあげたけど……お尻ぺんぺん、全然足りてなかったみたいだね?」
「……ご……ごめ……」
「それじゃあ、ムゥ。お尻出して?そしたら、お姉ちゃんのお膝の上に来なさい?」
さてと。これは、もう、オレにはどうにもならないな。
ミミも、なんか怯えて固まってるみたいだし。
まあ、ノンノのところまでは送り届けたんだ。
今度こそ、家に帰ってのんびりしよう。
たまに視点を変えて書くと、楽しいです。
と言う訳で、次回もマキリ視点です。




