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狼少年、母に貢ぐ。

 周囲は既に暗くなってきていた。森の中は、日が傾くとすぐに真っ暗になってしまう。俺は、シローと違って夜目が効かないので、急いで帰らなければいけない。シローと並んで、巣穴へ向かって全力で走る。


 シローは、灰色の毛並みが綺麗なオスの狼だ。年齢は俺とほぼ同じはずなので、たぶん5歳だ。とは言え、シローは俺よりもずっと体が大きい。中型バイクくらいのサイズはある。普通の狼と比べてもかなり大きいシローであるけれども、これでもまだ子狼だ。シローの両親、つまり俺の養父母は、体調が3mはあるのだから。

 そんなシローと並走するのは、人間の、それも5歳児の俺では、普通に考えれば不可能だ。しかし、それを可能とする特殊な走法が今の俺にはあるのだ。


 体の中で「熱」を生み出して全身へ、特に足へ伝えるようにイメージする。すると、脚力が強化され、シローと並走できるくらいのスピードが出せるようになる。右足へ熱を込めて地面を蹴る、次に左足へ熱を込めて地面を蹴る、これを交互に繰り返す。最近では、ほとんど意識しなくてもできるようになり、すっ転ぶことも滅多にない。

 このよく分からない世界に生を受けてから、5年。俺は、この魔法のような不思議な力に目覚め、そしてある程度まで制御できるようになっていた。


 この力の存在に気が付いたのは、数年前、2歳くらいの頃だったか。あの頃の俺は、とにかく焦っていたのだ。体が成長して少しは動けるようになったのだけれど、あまりの体の鈍さに四苦八苦していた。生前の大人であった頃の記憶があるだけに、子供の体はとにかく動きが鈍すぎた。

 もし、転生先が人間の生活圏であったならば何の問題もなかっただろうけど、俺が今いるのは狼の群れだ。狼の狩りがどのようなものかは詳しく知らなかったけれど、足で稼ぐものであることは容易に想像がつく。となれば、足の遅い者は、狩りの役に立たない、お荷物以外の何者でもない。

 このままでは、将来性なしと見做されて、群れから追い出されるかもしれない。もう少し体が大きくなれば、一人でも生きていけるかもしれないけど、今この状態で森の中へ追い出されるのは非常に辛い。群れから追い出されないように、追い出されても大丈夫なように、歩行の練習をしているその最中のことだった。

 生前の体と今の体との感覚のギャップから来た偶然か、とにかくもっと速くという焦りからか、何がきっかけになったかは分からないけれど、その瞬間、俺の足は子供のものとは思えない程の脚力を発揮して……そのまま思い切り壁に激突したのだった。


 この不思議な力の正体が何であるかは知る由もない。しかし、そんなことはどうでも良い、些細事だ。生きるために使えるものがあるのであれば、何だって使うのだ。

 欠点としては、あまり長い距離走れないことだったけれど、日頃の訓練のせいか、速さも距離も向上しつつある。シローに追いつける日も遠くないかもしれない。


 巣穴までもうすぐ、というところで、前方から何かが物凄い勢いで近づいてきた。しかし、いつものことなので、俺もシローも慌てることもなく、走るペースを落とす。

と、前方の茂みの中から真っ白な狼が飛び出し、そのまま俺に飛び掛ってくる。


『ぐふっ!』


 俺の一つ下の妹のミミだ。まだ三歳の子狼だが、大型犬の成獣くらいの大きさがある。つまり、俺よりも体が大きい。そんなミミの体重を支えきれずに、そのまま押しつぶされると、身動きができなくなった俺の口を舐め回してくる。


『んがんが』


 獲ってきた鳥を取られないように守りながら、暫くされるがままに嘗められていると、後ろから現れたもう一匹の狼がそんなミミを諌めてくれる。


『むぐぅ………ただいま。フタミ姉さん』


 しぶしぶどいてくれたミミから逃げながら、挨拶する。

 俺の一つ上の姉のフタミ姉さんだ。今日も、ずっとミミの面倒を見ていてくれたのだろう。守りきった鳥を背負いなおしながら、振り返ると、今度はシローがミミにべろべろされていた。


 今回の収穫はウサギ1匹に、鳥が4羽だ。鳥と言っても、小鳥ではない。なかなかの大きさの鳥だ。鳥は俺たちで美味しくいただくとして、ウサギは母さんへのお土産だ。


 ウサギを銜えたシローが母さんのいる巣穴の方へと向かう。別にシローだけを行かせてもでも良いのだけど、俺も一緒に付いて行く。ちゃんと狩りができてますよ、役に立ってますよ、ということをアピールしておきたいし……俺も母さんに褒めてもらいたい。


 シローと一緒に巣穴のへと向かう。

 俺たち家族が巣穴にしているそこは、かなり立派な洞窟だ。山にぱっくりと大きな口を開けており、奥行きもかなりある。何たってあの母さんが通れるくらいの大きさなのだから。

 だけど、今日は巣穴の奥まで行く必要もなかった。入り口から見えるところで母さんはくつろいでいた。


 母さんは、白い毛並みがとても美しい狼だ。日陰にいるというのに、その真っ白な毛並みキラキラと輝いている。俺を拾ってくれた日もそうだった。月光の下で神秘的に光り輝く母さんは、まさに天使だった。そして容姿以上に、その心根も美しい。人間の赤子、つまり異種族の子供を拾って育てようなんて自愛に満ちた生物が他に居るだろうか。まさに天使である。

 このお方こそが、転生後の俺の母である。いや、生前でも母と過ごした記憶なんてほとんど無いし、俺にとって母とはこの方以外に存在しないのだ。


 思わず、シローからウサギを奪い取って母さんに向けて差し出していた。すると、母さんはこちらに顔を寄せて、そして、ぺろり一瞬でウサギを平らげてしまった。

 まあ、仕方が無いだろう。何たって、母さんの体は軽自動車くらいの大きさがあるのだから。小さなウサギなど、本当に一口サイズしかない。俺たちが獲ってくる獲物は、父さんたちが狩りから帰ってくるまでのつなぎでしかない。


 それでも、母さんは、優しい赤い瞳をこちらにむけると、俺のことをぺロリとひとつ嘗めてくれた。

 褒めてもらえたのだ。

 これだけでも、頑張った甲斐があったというものだ。母に褒めてもらったというだけで、年甲斐も無くウキウキとした気分で巣穴を後にする。妊娠中の母さんは、跳んだり走ったりはできない。俺たちが頑張って母さんを食わせないといけないのだ。


『むぅ……悪かったよ。シロー』


 シローは目に見えて不機嫌になっていた。先ほどのことを謝るけれど、全く反応してくれない。

 むぅ。しまった。またやってしまったか。母さんを前にしたら自分を抑えられことができなかった。つい、シローから獲物を奪って、母さんに自慢してしまった。


 今日の収穫はウサギを除くと、鳥が4羽。俺とシローとフタミ姉さんとミミで1羽ずつ食べようと思ってたけれど、仕方が無い。俺の分はシローにあげることにしよう。もし、このまま機嫌がなおらなかったら、明日の狩りにも影響が出るかもしれないし。


 なに、問題はない。今の俺にはアレがある。

 ちらりと巣穴のすぐ横に目をやる。そこには青々と茂った葉を持つ植物が植えられている。その根元には、なんと芋がなっているのだ。

 そう、転生してから5年目にして、俺はついに食糧生産に成功したのだ。まあ、森で見つけてきた芋をただ植えただけなのだけれど。

 とにかくこれは、大きな一歩だ。こちらに来てからは飢えてばかりであったが、食糧生産に成功した今年は昨年までとは違う。

 これで心置きなく母さんに貢げるというものだ。


 さて、獲ってきた鳥だけれど、まだ皆に食べさせるわけにはいかない。隣にいるミミの口の端からは涎がたれ続けているけど、別に意地悪をしているわけではない。鳥の羽は俺が使うので、回収しておきたいのだ。このまま皆に渡してしまうと、羽も残さずに全て食べてしまう。

 ミミたちに渡すのは、俺が羽をむしり終わってからだ。


 ちなみに、この羽は矢を作るときに使う。

 今はスリングを使って狩りをしているけれど、狩りと言ったらやっぱり弓矢だろう。矢尻に角度を付けて羽を付けると、矢が放った際に回転するから、弾道が安定して命中率が上がる……と聞いたことがある。

 後で、芋を調理するために火を起こすつもりだから、そのときに矢も一緒に作ってしまおう。矢の先端や、羽を加工するには火の熱を使うつもりだから。しかし、火を起こすのは手間がかかるし、何よりも家族が嫌がるから、火を起こすのであれば用事はまとめて終わらせてしまいたい。


 そんなことを考えながら、羽をむしむししていると、背中をつつかれた。振り返るとシローとフタミ姉さんがいる。二匹とも、もう我慢ができないということらしい。

 仕方が無いか、獣だもの。


『……まあ、これだけあれば十分かな。ミミも、もう良いよ』


 3匹とも、待ってました、とばかりに、齧り付く。ミミはまだ小さいのに、食べる勢い凄い。たまにグルグル唸りながら食べるので、少し怖い。


『シロー、これも食べていいよ。さっきのお詫びだ』


 一瞬きょとんとした顔のシローだったが、こちらの意思は伝わったようだ。俺の手から鳥を口で受け取ると、自身の分と一緒に食べ始めた。ミミはもう食べ終わってしまったのか、そんなシローを羨ましそうに見ていた。

 そんな物欲しそうな顔でこちらを見ても、何もあげられないぞ。干し肉を作るために干してたの、全部食べたのミミじゃないか。芋ならあるけど、ミミは食べないだろ。


 芋を掘り返して、ミミに見せてやると、嫌そうな顔をして、向こうに行ってしまった。狼も犬と同じで雑食のようだから、食べられないことは無いのだろうけれど、好んで食べたりはしないのだろう。仮に、好んで食べていたとしたら、この自作の芋畑も今頃はミミに荒らされて全滅していたはずだ。

 

 芋をあと3つほど掘り出すと、いつもの場所へ向かう。巣穴から歩いて5分位の場所に、少し開けた場所がある。俺の工房兼調理場だ。巣穴の近くで火を起すと家族が嫌な顔をするので、火を使うときは、いつもこの場所を利用している。水場も近いので、とても便利な立地だ。

 今は、土器を焼き上げるために粘土と土でペタペタと作り上げた小さな窯がある他には、土器やら籠やら縄やらが散乱しているだけで屋根すらない場所だ。他の家族は寄り付きもしないので、ここは俺だけの場所だ。いや、たまにミミが来てたか。


 濡れないように木の陰に置いておいた、手製の火おこし器と土器を取り出す。火おこし器は、舞ギリ式の火おこし器で、土器は縄で模様も付けていないシンプルなものだ。どちらも、生前、小学生の頃に社会科見学で行った縄文村で見たものを見よう見まねで再現したものだ。


 貴重な芋は、火の中に芋を放り込んで焼き芋にするなんてことはしない。焼くと大抵、外側が焦げるせいで食べられるところが減るから困る。しかし、この土器さえあれば、茹でるという調理方法が可能だ。

この数年で、原始人生活も板に付いたというものだ。


 ……そうだ!もう少し余裕ができたら、鞴を作ろう。石ナイフは切れ味が悪すぎるし、そろそろ鉄を作れるようになりたい。俺もいよいよ、鉄器時代に突入だ。


 芋の栽培よって直近の食料問題に光明が差したので、できることの幅が広がりつつある。食の悩みからの解放は、技術の発展を促すのだ。火をおこす準備をしながら、これからのことに思いをはせる。


 しかし、今の俺には、それ以上にやるべきことがある。これまでも全くやってこなかったわけではないけれど、芋の栽培にも成功したし、これからは今の生活圏から足を伸ばして探索しよう。見つけることさえできれば、製鉄で試行錯誤する必要なんてなくなるはずだ。


 ……早く、人間を見つけなければ。

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