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狼少年、森を生きる。

眠い。

とにかく、眠い。

頭がぼうっとして思考が形にならない。


遠くで誰かの声が聞こえた気がした。

少し目を開けてみたけれど、視界がぼやけてよく見えない。

すぐに目を閉じ、また眠りにつく。

今日は平日だったか。それとも、休日だっただろうか。

どちらにしても、まだ目覚ましは鳴っていない。

まだ眠っていられる。もう少し眠っていたい。


まぶたの向こう側が明るくなったり、暗くなったりを繰り返すのをしばらく感じていた。そんな時間をどれだけ過ごしただろうか。


また遠くで人の声のようなものが聞こえた気がした。

今度の声は、頭にガンガンと響き、嫌に不安を駆り立てた。

うるさい……静かにして欲しい。

余りの不快感にうめき声を上げるも、その声は暫く止むことはなった。


寒い。

やっと静かになったと思ったのに、こうも寒くては、寝てなんていられない。

毛布を引き寄せようと思ったけれど、手は空を切る。

どこかに毛布を蹴飛ばしてしまっただろうか。

たまらずに目を開けてみたけれど、やはり視界がぼやける。

その上、体の方は感覚がおかしい。

昨日はそんなに疲れる程に仕事をしていただろうか。

と言うか、布団に入って寝た記憶がない。

先ほどまで自分が何をしていたのかが全く思い出せない。


寝起きでぼうっとした頭が、寒さに刺激されて回転を始める。

ぼやけていた視界も少しずつピントが合ってきた。


目の前には闇が広がっていた。

背中が冷たい。そして、痛い。

眠気は完全に吹き飛んでいた。


俺は、布団の上ではなく硬い地面の上に横たわっていた。でも、何故?

体調不良で倒れたのだろうか?それとも事故にでも巻き込まれた?

どう考えても良い状況ではない。


頭が回ってきたところで、全身から血の気が引いたような脱力感に襲われる。

体を動かそうにも上手く力が入らない。

手足は動くけれど、立ち上がることはおろか、寝返りを打つことすらできない。

目だけをなんとか動かして、周囲の状況を確認してみる。

視界はまだ少しぼやけたままだが、周囲にたくさんの木があるのは分かった。

公園だろうか。もしかしたら山の中かもしれない。

どちらにしても、そんなところまで自分の足で来た覚えはない。

通勤ルート上にこんな場所があっただろうか。

もう少し確認しないと、どこにいるのかも分からない。

耳をすませて、周囲の音を聞く。


「………」


人の声も、自動車の音も何も聞こえない。

たまに、風に揺れる木の葉の音が聞こえるくらいだ。

なるほど、さっぱり分からん。もう、これは、自力ではどうしようもない。


「あぁ……ぁ」


助けを呼ぼうと声を上げてみると、弱々しい音が出ただけだった。

それも、自分の声とは思えない、変に高い音だ。

喉まで潰れてしまったのかもしれない。

それでも、自力で動けない以上は助けを呼ばないと、どうにもならない。


「あぁ……あー……ああー」

とにかく、声を出して誰かに気づいてもらわなければ。


「……ぁ」


ずっと、声を出し続けていたが、助けは一向に来こない。

どれだけ時間が経っただろうか。

もう声もほとんど出ない。

少しは動いていた手足も、もうほとんど動かせなくなっていた。


「………」


……もういいかな。努力はしたし。

28年か。短くはないけど、長くもない人生だった。

意外と呆気ないものだな。

でも、何としても生きていたいなんて感情は沸いてこない。

ただ、死ぬのであれば、もう少し暖かいところで死にたかった。


寒いのは嫌だな。寂しい気持ちになってくるから。

何年も一人暮らしをしているから、孤独感にはもう慣れたのかと思ったけど……

やっぱり、駄目だったようだ。


兄貴たち、元気にしてるかな。子供の頃なら、こんなときはいつも兄貴が不意に現れて助けてくれたものだったけれど……あの頃は楽し……くはなかったな。

思い出しただけでどす黒い感情に心が支配されてしまうような、書き換えてしまいたい記憶ばかりだ。これが走馬灯というものだろうか。過去の記憶がふつふつと蘇ってくる。しかし、思い出すのはどこもこれも、子供の頃の記憶ばかりだ。それも、後悔ばっかりだ。


ため息しか出ない。

社会人になって何年も経つのに、今わの際に思い出すのが子供の頃の記憶ばかりだとは。嫌な記憶ばかりだけど、子供時代は思い出がたくさんある。

けれど、社会人になってからは、良くも悪くも何もない。本当に何もなかった。俺にとって、大人としての時間は、子供時代のことを後悔することにだけ費やされたような、どうしようもない時間だったようだ。

俺の人生は子供の頃でほとんど終わっていたのだろう。まったく情けない話だ。


もし、子供の頃、もっと上手く立ち回ることが出来ていたのなら、もう少しましな人生を送れただろうか。記憶を引き継いだままで人生をやり直せるのであれば、やり直したいものだ。

できるものなら、あの頃から、子供の頃から全てをやり直してしまいたい……


意識が遠のいていく。

寒さも感じなくなって、むしろ暖かくなってきた。


これは、死んだな。

そう確信したのに、瞼を動かすことができた。

あれ?まだ死んでない?


いつの間にか、空は明るんでいた。

視界は、まだぼやけていたと思う。

けれど、その光景ははっきりと目に焼きついた。

日の光に照らされ眩い光を放つ白。息を呑むほどに美しい白。

視界は全て白に覆われ、温もりが全身を包み込んでいた。

それは、まさに天使だった。


森の中で死に掛けていた俺は、天使によって……

いや、天使のような狼によって命を救われた。







記憶を引き継いだままで人生をやり直せるのであれば、やり直したい。

確かに、そう思った。


子供の頃も、社会人になってからも、死の間際でさえ、そんな馬鹿げた妄想ばかりしてきた。本当に馬鹿げた妄想だ。

そのはずだった。

それなのに……


妄想は現実になった。俺は赤子として再び生を受けた。記憶を持ったままで。

ただし、思っていたものとは、ずいぶんと違う。

俺は、あの場所、あのときをやり直したかったのだ。

それなのに、全く別の場所からのスタートだ。

これでは全く意味がない。


しかも、スタート地点が森の中?

この体の親は何処に行った?

自分の子供を捨てたのか?

それ以前に俺の元の体はどうなった?

死んだ記憶なんてないぞ?

……全く意味が分からない。


「はぁ……」


シローの背中にもたれかかりながら、息を吐く。

いかん。暇になると、どうしも昔のことを思い出してしまう。


シローも、そんな俺にはもう慣れたのか、これ見よがしに溜息をついても反応してくれない。気を引こうと背中の毛をツンツンと引っ張ってやっても反応はない。

俺を背中に乗せたままシローは森の中を歩き続ける。


………過去をやり直すことはできないにしても、生前の記憶を持つ俺は、同年代の子供と比較すれば大きなアドバンテージを持っていると言えなくもない。周囲からは神童として崇められるかもしれない。

もっとも、それは親の下で、安全な保護が得られることが前提だ。森の中に捨てられた状態でスタートなら、生前の記憶なんて活用する機会すらなく、スタート即死亡でもおかしくない。実際、そうなるところだったし、今も危険な状況を脱した訳ではない。


シローから背中越しに緊張が伝わってきたため、考え事を中断する。

お仕事の時間だ。


シローは足を止めて、ある方向を睨みつけた。

俺は音を立てないようにシローの背から降りて、腰から投石紐……スリングを引っ張り出す。先行するシローの後に続いて、ゆっくりと進む。音を一切立てないように、慎重にだ。ここで、枝を踏んだり、葉を揺らしたりしようものなら、シローに凄い勢いで睨まれることになる。

数年前ならまだしも、今の俺はそんなヘマはしない。


立ち止まったシローに追いつき、その横に並んで目を凝らすと、俺の目にも獲物を確認することができた。

おお、ウサギだ。

うん、うん。程よい大きさの良い獲物だ。

あまり大きい動物だと俺とシローじゃ狩れないからな。


標的までの距離は30m程あるけど、これくらいならスリングの射程距離内だ。

ただ、仕留めきることはできそうにないので、シローにアイコンタクトを送る。

それを受けて、シローもいつでも飛び出せるように準備する。

この辺は最早、阿吽の呼吸である。

スリングの受けに石をセットして、振り回す。

風切り音に気づいたのか、ウサギが頭を上げた。

しかし、もう遅い。

思い切りスリングを振り抜きつつ紐の片側を離せば、石が風を切り飛んでいく。

避ける間もなく、放たれた石がウサギの体を撃つ。

ゴッという鈍い音が響き、ウサギの体がゆれたのが見えた。

標的がよろめいている間に、シローが一気に間合いを詰めて喉下に食らい着く。

ウサギも必死に抵抗したが、体格差がありすぎる。直ぐに動かなくなった。

シローは難なくウサギに止めを刺し、口に銜えてドヤ顔で戻ってきた。


『ふぅっ…』


母さんに良い土産ができた。

もうすぐ、新しい家族が増えるのだ。

母さんにはもっと栄養を取ってもらわなければいけない。

ミミには、先ほど捕まえた鳥数匹で我慢してもらおう。


『それじゃ、戻ろうか。シロー』


いつも、行きはシローに乗っていくが、帰りは自分の足で帰る。

こちらに転生してから、特殊な走法を身に着けたのだ。

もっと速く走れるように訓練しなければいけない。

俺とシローは、母さんたちの待つ巣穴へと駆け出す。


このよく分からない世界に生を受けてから、もう5年くらい経つだろうか。

目を覚ましたあの日からずっと、俺は森の奥深くで暮らしている。

狼の群れの一員として。

いつもお世話になっております。

はい、はじめてしまいました。

よろしくお願いします。

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