第八話 『初めての魔法』
ーーこれから俺と話をしてくれるやつは苦労するだろうな。
これからの生活に期待したものの、リュウキは自身の自己紹介と性格を比較して苦笑する。それから、会話をしていくだろう全員に心の中で謝罪しておいた。もちろん、誰にも気づかれることがないので、ただの自己満足の過ぎないが。
「それでは、席についてもらうとしましょう。お二人とも、窓際の奥の席とその横が空席ですので、そこに座っていただいてもよろしいですか?」
フォルクは二人に窓際最後尾とその横という、学生なら誰もが欲するポジションを指定してきた。
「「わかりました」」
声を揃えて二人は了承。が、一人の声は弾んでいた。
窓側最後尾ーーそれは暖かな日光に包まれる場所。席替え戦争が起こればたちまち全員がここを目指して神に祈るものだ。
こんな良席に新しく入ってきた生徒が座る。こんなこと普通に考えれば批判されるだろうに、他の生徒は誰も何も言わなかった。
感性が違うのかどうかは知らないが、兎にも角にもそのことにリュウキは小さくガッツポーズをした。勉強を暖かな環境で出来る。これほどいいものは無い。
「リュウキはどっちに座る?」
ソフィアが視線に入り込みながらリュウキに問いかける。
「え? それなら……いや、ここはソ……リアラが決めていいよ」
思わず窓側最後尾を選びかけたが口を噤んで耐える。男というのはこういう時に女に選ばせてやるものだ、とリュウキは謎の考えを持っていた。
さらに自然な会話によって思わず「ソフィア」と呼んでしまいそうになる。ソフィアの目に怒りが宿ったので、愛想笑いで返事。
どうやら本当に名前で呼んで欲しくないらしい。決める時には宿っていなかったはずが、名前の時には宿る。疑問に思うが詮索して傷つけたくもないので余計なことは言わないでおこう。
「うん……ならこっち」
ソフィアが指さしたのは窓際最後尾の隣だ。てっきり逆だと思ってたリュウキは小さく眉を上げた。
「どうしたの?」
リュウキに目を合わせ、ソフィアは首を傾げる。
「いや、何でもねぇよ。それより早く座らねぇと」
「はい、皆さんが席に着いたようなので授業を始めます」
フォルクの視線に耐えきれず、リュウキは急いで窓際最後尾に座る。あぁ、暖かい。机も椅子も木で出来ているようで、本当に学校に似ている。
「では、授業を始めます。お二人は机の中にノートとペンがあるはずです。また後で使う機会があるので覚えておいてください」
フォルクに言われた通り、リュウキは机の中を探る。硬いものが二つあり、それがノートとペンだとわかって取り出した。
「一限目は実際に魔法を使って訓練です。いきなり移動しますが、ついてきてください」
「えぇー」とか「マジかよ」というブーイングも受けつつもフォルクは姿勢を崩さない。
生徒達自身、大して嫌な気でもなかったみたいで、ブーイングはすぐに収まった。
全員が静かになったところで、フォルクは席を立つことを促す。
まさか初日の最初の授業で魔法が使える。リュウキだけは異様に興奮し、ニヤニヤと笑っていた。
「みなさん、こちらに」
フォルクは廊下へ出て、階段を降りていく。全員がぞろぞろとついて行き、リュウキとソフィアはその最後尾にいた。
一階まで移動し、そのままさらに地下へと降りていく。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
地下は訓練場のようだった。天井は教室よりも高く、今までの部屋の中で一番広かった。地面にはいくつかの魔法陣?が描かれており、それが円のように並んでいた。ここにも本はあるが、量は少ない。杖と一緒に隅っこに置かれているだけだった。
「皆さん集まりましたね。では杖を持って順番に魔法陣の前に立ってください。魔導書は必要ない魔法……そうですね、簡単な風魔法の『ウインド』を唱えてください」
『グリモワール』という新単語にリュウキは反応した。多分、魔法について書かれた本であろう。つまり、その本を扱うから、この場にはあまり本が置かれてないのだ、とリュウキは一人で納得した。
一人一人が杖を取り出していく。細長いこの杖は、驚くほど軽かった。中が空洞なのだろうかと錯覚するほどだ。
リュウキやソフィア、その他の生徒達も全員が円を描くように並ぶ。
「では、順番にどうぞ」
フォルクの指示の後、一人が、また一人が、と詠唱を唱える。杖の先から小さな風が生まれ、徐々に大きくなっていき、それが魔法陣の中心へと移動し、大空へと吹き荒れる。
おお、とリュウキは感嘆する。今まで見た魔法はフォルクの錬金魔法だけであり、正直地味な印象しかなかった。吹き荒れる風に魅了され、リュウキは自分の番はまだかとうずうずする。
リュウキの隣の少年の風の威力が消え、次はリュウキの番だ。
「いくぜ……ウインド!」
杖の先から魔法が放たれ、魔法陣の中心でとどまり、空へ飛び立つのだが、
「よ、よっわ!?」
風はとても弱く、すぐに消え去ってしまった。
「これは……」
フォルクは神妙そうな顔つきでリュウキを見ている。ほかの面々もだ。
ーーもしかして才能全くなし!?終わった……俺の異世界魔法ライフ……
リュウキが肩を落としていると、フォルクがリュウキの隣まで来た。
「『アンラヴァー』」
「うおお? なんか急に体が楽になったな」
リュウキに向けられ唱えられた詠唱。直後リュウキの全身が熱を帯び、肩の力が抜ける。熱は熱いというよりも暖かい。じんわりと全身に染み渡っていき、リュウキは深呼吸をした。
「もう一度、ウインドを唱えてください」
「あ、は、はい」
フォルクにそう言われ、リュウキは戸惑いつつも了解した。同じ恥をかきたくはないが、そんなことは無いのだろう。フォルクがそんな意地の悪いことをしないとリュウキは考えていたからだ。だからこそ、もう一度深く深呼吸をし、杖を握りしめる。
「ウインド!」
全身に流れているマルグが指先へ集中ーー杖に伝わる。そこから小さな風が現れそして、
「……失敗ですね」
「あれ? 風がーー」
リュウキが疑問を発する時間は与えられなかった。
小さく優しい風。一瞬で消えてしまいそうだったそれは急速に爆発的に吹き荒れ、魔法陣を無視して訓練場全体に広がる。
風は弱まる気配がなく、その場にいる全員を襲い始めた。
本が飛び、杖も飛び、帽子さえも飛んでいく。
嵐とも見れる風が訓練場を掻き回していく。
「はぁぁぁぁ!?」
目の前に起こる異常事態に声を荒らげるが、風が入り込んでしまい、リュウキは涙目になって咳き込む。
その場にいたものも異常事態に困惑し、吹き飛ばされないようにと懸命に戦っている。が、ただ一人だけは違った。
「リュウキ、失礼」
後ろで凛とした声が紡がれる。リュウキの背に何かが触れられる。途端、背中から全身へと快楽が流れ込んでくる。
急な快楽に脳がついていけなくなり、そのまま快楽の海へと沈んで、リュウキはうつ伏せに倒れて瞼を閉じた。
授業が一時中断となったのは、言うまでもない。