第七話 『二人の生徒』
フォルクからの講義を受けて十五分。フォルクは二人に講座の終わりを告げ、次なる部屋に二人を連れてきたわけだが……
「制服まであるってすげぇなここ……」
正確には制服と言えるのかわからないが、学校をなのでこの服も制服ということにしておこう。今リュウキはフォルクに言われた通りに着替え中だ。当然、ソフィアとは別の部屋だ。
「い、いや別に見たいとかそんなんじゃねぇし……」
リュウキは自身の邪な考えを声を出して弁明する。周りに誰もいないのに。
「それにしてもカッケェなこの服。ザ・魔法使いって感じー?」
リュウキが袖を通している服は、濃紺のマントに黒い服と黒いトンガリ帽という組み合わせだ。右胸あたりに付けられた金の装飾とそこに組み込まれた紅の宝石がかっこいい。至ってシンプルではあるが、この格好は誰が見ても魔法使いだろう。
「やべぇ! 今の俺超かっこよく見える!」
鏡に映る自分の姿にうっとりとする、周りから見たらさぞかし気持ち悪い行動をとってリュウキは部屋を出た。
「着替え終わりましたか」
扉を開けると、斜め前にはフォルクが立っていた。
「あれ? フォルク先生服が……」
リュウキはフォルクに対して疑問を発す。フォルクの服装は変わっていた。いつの間に着替えたのだろうか。いや、そんなことよりもその服はまるで、
「俺のこの服と似てる……?」
「ええ、そうですよ。この学校の生徒も先生もこれらの服を着るのです」
フォルクは自分の服とリュウキの服を指さした。『これら』というのは二人の服に似たところはあっても全く同じではないからだろう。
黒いトンガリ帽は共通だ。しかし、濃紺だったマントは蒼のマントに。服も黒から白に変わっており、ロングスカートだ。多分、男女で区別をしているのだろうーーと?
「あれ? 先生のその宝石……色が違う?」
リュウキの視線の先はフォルクの胸元、金の装飾に組み込まれた宝石に向けられている。
「おや、なかなかいいところを突きますね。おっしゃる通り、色が違います」
フォルクは自身の胸元の装飾に触れる。組み込まれた宝石の色は黒になっている。
「これは先生と生徒の区別を表しています。先生方はみんな黒の宝石を。生徒には紅の宝石が付けられています」
ほう、と感心しているリュウキ。なるほど、そういった理由があるのか。
「す、すみません。着替えるのに手間取っちゃって」
リュウキの右側の扉が勢いよく開かれる。そこから出てきたのはソフィアだ。ソフィアもフォルクと同じ格好をしているのだが、やはり胸元の宝石は紅色だ。
「いえ、大丈夫ですよ。ではお二人共に教えましょうかね。リアラ、私達はあなたが部屋から出る前に宝石の色ついてのお話をしました。胸元についてるこの宝石の事です。私とあなた達とは色が違うのですよ。ほら、あなたの胸元の宝石は…… おや?」
フォルクはソフィアの胸元の違和感があるようだ。フォルクの視線の先を辿ると、そこには先ほども付けていた花の飾り物があった。
「リアラ、それは一体どうしたのですか?」
『それ』という言葉と共に指さされたのは花の飾り物だ。ソフィアは花の飾り物に目線を向ける。
「えっと……これはどうしても付けていたくて。駄目ですか?」
ソフィアは力なく、まるで否定されると思いながら問いかけるようだった。
「駄目、とは言いませんよ。どうしても、と言われるのでしたら仕方の無いでしょう。人には事情があるものですからね。ただ、純粋に疑問に思っただけです」
フォルクの言葉にソフィアはホッと安堵の息をつく。多少の驚きもあったらしく、目を丸くしている時もあったが。その時、二人の話し合いを見ていたリュウキは、フォルクに対するイメージを変えていた。
彼女はそんなに自分の苦手なタイプでないと。強めの言葉もただ単に自身の疑問を口にしただけなのだ、と。知識欲を持ち、自分の知りたいと思ったことがそのまま口に出ているのだ、と。
勝手な考えでフォルクに壁を作ろうとしていたことを、リュウキは心の中で謝罪。
「ん? リュウキ、どうかされましたか?」
リュウキの思案げな顔にフォルクは首を傾げる。
「いや、何でもないです」
リュウキは右手をひらひらと振ってアピール。フォルクは特に気にした様子もない。
「では、リアラがその装飾具をつけることは許可しましょう。授業まであと五分ほどしかありません。二階に上がるのでついてきてください」
フォルクは奥にある階段を指さし、二人を先導する。
どうやら、一階には教室が無いようだ。当てを外したリュウキは頭をかいてごまかす。といっても、彼は言葉にしてないので誰もそのことは知らないが。
「着きました。ここです」
『ここ』とさされた場所は階段を上がってすぐの場所だった。一階と比べて明らかに扉の間隔が違う。扉の奥からはザワザワと話し声やら笑い声が聞こえてくるので、教室だということなのだろうが……
「ひ、広すぎじゃね……?」
扉の間隔はリュウキの通っていた学校の教室の二倍はある。
扉の間隔でこれだと中の広さは一体どんなものなのだろうか。リュウキはこのことに少しの恐怖と大きな期待があった。
「そうなの? そんなに広いとは思わないんだけど……」
「うえぇ……マジかよ。この世界ではみんな豪邸持ちなのかよ……」
きょとん顔のソフィアにリュウキはため息をつく。
この世界の住民の感性はよく分からない。もしかしたらこのレベルが普通なのか。どちらが真実かは定かではない。
「無駄話もそこまでです。私が呼んだらお二人とも入ってください」
話が脱線しすぎていたのを、フォルクの一喝で修正。
フォルクの指示に二人は頷いて了解の意を示す。
「はい、みなさん静かにしてください! 時間ですよ」
芯の通る凛とした声が聞こえた後に聞こえたのは、人の声ではなく椅子の動く音だ。
男の『起立、気をつけ、礼』という言葉の後に『おはようございます』という挨拶が聞こえてくる。
これはどの世界でも共通だな。と、大きいものや小さいものの混じった挨拶を聞きしみじみ思う。
「着席」
ガタガタと乱雑な音がする。タイミングはバラバラで、静かになってからやっとフォルクが口を開く。
「さて、今日も天気がいいですね。朝というものは君たちにとっても私にとっても辛いものですから、一緒に我慢しましょうね」
軽いジョークで、朝特有の倦怠感のある空気が緩和される。フォルク先生……ジョークも言えんのか、とリュウキは軽く驚く。
「皆さんにお知らせをしましょう。今日から皆さんと一緒に学ぶ生徒を二人紹介します」
おおお、という歓声が上がる。やはりこういったイベントは異世界でも共有で盛り上がるようだ。
「では、お二人共どうぞ」
凛とした声が紡がれ、二人は教室に足を踏み入れた。教室が惜しみのない拍手によって包まれる。
大きな黒板を前に、後ろには大量の本棚窓には開放感があり、日差しに照らされた机はとても暖かそうだ。
天井は紋様で描かれており、床はカーペットが敷かれていた。
「自己紹介を。えっと……あなたから」
多少の間があってから促されたのはソフィアだ。多分、受付でのことが原因だろう。そのことを胸に刻み込み、ここでの自己紹介はちゃんとしようとリュウキは心に決めた。
「えっと……リアラです。家名はないです。今日から皆さんと一緒に学んでいくので、よろしくお願いします」
ソフィアはぺこりという効果音が出てきそうなお辞儀をして、言葉を締めくくった。
もう一度、先程より大きな拍手が鳴り、ソフィアも上手くいったと安堵している。
「では、次はあなたです」
目線で「真面目にしてください」と言われてリュウキは愛想笑い。
「えー、カリヤ・リュウキって言います。珍しいかもだけどリュウキが名前なんで、覚えてくれるとありがたいっす。これからよろしくお願いしまーす」
リュウキもソフィアと同じくお辞儀。リュウキにも拍手が送られ、フォルクはリュウキの行いに安心したようで、ホッと胸をなでおろしていた。
これから始まる新しい学校生活に胸を弾ませ、リュウキは顔を上げた。