第六話 『魔法についてのいろは』
「内装は堪能されましたか?」
紡がれた声の主は椅子に腰掛けこちらに問いかける。
二十畳ほどある部屋だ。豪邸でもそうはお目にかかれない。左右の壁際には本ーー魔法に関する内容だろう。それらが大量に棚に詰められている。木の椅子は五つあり、一つを女性が二つは女性の正面に置かれており、残りは隅に寄せて置かれている。窓から差し込む陽射しが、女性の後ろの魔法道具?が置かれているところを照らしていた。
「それはもう! めっちゃキレーですし想像以上でしたよ」
「それは良かったです。それでは、お二人共そちらに腰をお掛けください」
手で示された場所には椅子が置いてある。二人は言われた通りに腰を掛けた。
「では、まず名前を聞かせてもらうのですが……あぁ、そうでした、まだ名乗っていませんでした」
手を叩き、女性はモノクルの位置を直す。二人に視線を合わせ、
「私の名前はフォルク・ミストレア。これからあなた方の教師を務めさせていただきます」
「「よ、よろしくおねがいします」」
モノクルをかけた女性ーーフォルクの丁寧な対応に二人は緊張で呂律が回りにくくなる。
「そう緊張なさらなくても大丈夫ですよ。では、あなた方の名前を聞かせてもらいましょう。では君から」
そう言ってフォルクはリュウキ一人に目線を合わせる。リュウキは一つ咳払いをする。ここでインパクトをだして印象を強くしてやろうと。
「俺の名前はカリヤ・リュウキ!! リュウキが名前っす! 無知無能で無一文。自分のいる場所もわかんないという絶賛絶望状態のヤバイやつなんでよろしくお願いしまーす!!」
「名前だけと言ったのに随分と長々しかったですね。それにあなたの言うことが本当なら本当に絶望状態のようです」
フォルクはリュウキのテンションと立場に苦笑する。同情的な目も向けられた。学校での苦い思い出が浮かび上がり、リュウキも苦笑してしまう。
苦笑でも美人が崩れないあたり、この異世界の人間は顔面偏差値高いんだな、という明後日の方向に頭が働いたので大して問題はないが。
「では、次はあなたです。彼に合わせようとしなくてもいいですよ」
「言われなくてもしませんよ。それで私の名前はーー」
ソフィアは一度口を閉じる。目線を一瞬だけ逸らし、意を決したように
「リアラ。家名はありません」
「ーーえ?」
「どうかされましたか?」
ソフィアの言葉にリュウキは表情が変わり、そんなリュウキにフォルクは首を傾げる。
一方ソフィアはというと、横目でリュウキを見ていた。それを見てリュウキは目だけで了解の意を表し、
「いや、何でもないです。強いて言うなら家名がないってとこくらいですかね」
リュウキは片手をあげてなるべく違和感がないように専念した。
「そういった方はおられますよ。まぁ、家名がない例は少ないですが、珍しいという訳でもありません」
「そ、そうなんすか」
フォルクに疑惑の目はない。リュウキの物言いを信じてくれたということだろう。ソフィアの表情は見えないが、少なからず感謝はされている事を感じた。
「ごめんね」
小さく紡がれた声は、フォルクは当然、リュウキの耳にも届けられなかった。
「では、お二人の名前を登録して」
フォルクは小さく何かを唱える。そうしてフォルクの手に収められたのは小さなカードだ。
「うえええええ!? なんすか今の!?」
「なに、と言われても『錬金魔法』の一種としか言えませんね。」
フォルクはモノクルの位置を正す。リュウキは先程から声を荒らげてばかりだ。そろそろ喉が痛い。
「さらっと言われたけど錬金魔法も何かわかんねぇ……」
「リュウキって本当に何も知らないのね……こんなことは世界一般の常識よ? 錬金魔法はものを作ったりすることに長けた魔法なの。鉱石で作られた剣を更に強固にしたり、今みたいに身分証を作れたり出来るのよ」
ーーこの世界の常識なんて異世界から来た俺にはわかりません。
リュウキはそう言いたいのを必死に我慢した。これ以上頭のおかしい人間と思われたくないからだ。まぁ、もう手遅れだろうが。
「これも分からないのですか……では、無知なあなたのために魔法についての基本的な講座をしてあげましょう。リアラ、あなたもいいですね?」
「あ、いいですよ」
ソフィアの頷きにフォルクも頷いて一つ咳払いをする。
「まずは『マルグ』について、でしょうか。リュウキはこれを?」
「存じ上げてませんね、はい」
「これも知らないの!?」
驚きの声を上げたのはソフィアだ。今の彼女の認識的にリュウキは相当無知らしい。
ソフィアの驚き様に、リュウキは胸を叩いた手を力なく下ろした。
しかし、フォルクはリュウキの言葉に対して驚いた様子もない。
「だと思いました。では、もうすべて教えますね。マルグは魔法を形成するための原型です。誰にでもありますよ」
「ってことは俺にもあったりしちゃいます?」
誰にでもある、という言葉にリュウキの目がキラキラと輝く。もしかしたら自分にも魔法が使えるのかもしれないのだ。興奮せずには言われない。
「もちろん、あるでしょう。それとも何ですか? あなたは人間じゃないと?」
「正真正銘、ただの真人間っすよ。めっちゃ普通の人間ですよ」
「マルグも知らないのに普通って言っちゃうんだ……」
ソフィアの意外と辛辣な言葉にリュウキは何度目になるかわからない苦笑をする。
「でもこれで俺にも魔法の素質が!! 先生! 次です次!」
うずうずと体を動かすリュウキにフォルクはニコリと笑う。美人だ。
「そこまで喜んでもらえると私も講義をする甲斐があります。では、次は『属性』について」
「あ、なんとなくわかるかも」
「おや、本当ですか? では、属性についての説明をしてみてください」
出鼻を挫くようなリュウキの言葉に、フォルクは嫌な顔一つせず驚く。フォルクに驚かせた内容が呆れの意味ではないので、リュウキはニヤリと笑う。
「多分属性ってのは魔法の属性のことで、それぞれ火・風・水・土ですよね?」
リュウキの出した答えはいつかネットで見た四大元素だ。確か空気が風と表記されるのだったか。リュウキの回答にフォルクとソフィアがほう、と感嘆する。
「リュウキってすごいのね。聞いてた限りだとマルグについても知らなかったみたいなのに」
素直な褒め言葉にリュウキは照れ笑いをする。
「無知なはずのあなたのようですが正解です。すごいですね」
「褒められたんでしょうけど前の言葉いりますかね?」
リュウキがげんなりとした表情をするのでフォルクは「失礼しました」と苦笑。ソフィアは「本当にすごいよ」とリュウキを気遣う。
「主な属性はその四つです。そこに光と闇属性があり、基本の属性はこの六つです。そこに応用として氷魔法や雷魔法。他には先ほどのような錬金魔法があります」
「普通は属性も分かるんだろうけど……もしかしてリュウキって魔法を使ったことない?」
ソフィアはリュウキに信じられないという言葉を表すような顔を向ける。
「全然これっぽっちも。もし使ったことあるなら連発しまくってるだろうね」
自信満々に言い張るリュウキにソフィアは驚き半分呆れ半分だ。
「魔法を連続で使うと死に至りますがね」
「なにそれめっちゃ怖ぁぁぁ!?」
ガタッと乱雑に椅子を倒して、リュウキはこの講義一番の叫び声を上げた。