第五話 『学院の前で』
「そんな訳でやってきましたアルタナス学院。ここまで来て流石に名前忘れたりしないぜ」
「ブツブツ何か言ってるみたいだけどどうしたの? もう、入るわよ」
と、リュウキを横目にソフィアはため息をつく。二人の目の前には三メートル近くある大きな扉。中世のお城をイメージするとわかりやすいだろうか。
「おっと、そうだった、そうだった……って、ああ!」
「ど、どうかしたの?」
ソフィアは急に大声を出すリュウキにびくりと肩を揺らす。
「そういや授業料とかいんのか……? それに今日から入学って出来んのかよ……時間もわかんねぇし……」
その場のノリで来てしまったが、現実では授業料がいるはずだ。入学にも日時はあるはずだ。それを知らないで来た自分は大馬鹿者か!とリュウキは頭を抱える。
「あなた本当に何も知らないのね……それで今日まで生きてこれたのは素直に驚きよ」
と、ソフィアは驚き半分、呆れ半分で呟く。
「あなたの言葉に答えるとすると、授業料はないわ。今日は……って日にちもわかんないの!?」
「今ぁ!?」
彼女の驚くタイミングにリュウキは突っ込まずにはいられない。
「今日はソムズの十三日。入学は今ならまだ間に合ってます。これでどうでしょう」
「ふむふむ、ソムズってのがイマイチ分かんねぇな……まぁいっか……ってよくねぇよ!? あんた誰だよ!」
納得してうんうんと頷いていたリュウキは自分にノリツッコミをし、横からかけられた声の主に目を向ける。
「あんた、とは失礼ですね。これでもあなた方の先生になるはずですよ」
スラッとした長身の女性が律儀に答える。深緑の髪を一つにまとめた彼女は、付けられたモノクルもあって凛とした印象が強い。声にも覇気が込められており、リュウキの苦手そうなタイプだ。
「す、すみませんこの子が! せ、先生はどういったご用件があるんでしょう?」
リュウキが言葉に詰まっているのを見て、すかさずソフィアが弁明を入れた。この子、と子供扱いされたことに抗議したいリュウキだったが、空気的に追求しないでおく。
「もちろん、戻ってきたからですが? 教師として学校に戻ることは当然でしょう。あなた方こそ扉の前で騒いでいるように見えましたが?」
モノクルの位置を直して、女性は答える。言葉的にはかなりお堅いイメージがあるが、悪意はなさそうだ。純粋に疑問として二人に投げかけている。
「あー、俺達は今日から入学させてもらおうと来てたんですが……彼女がいきなり大声出したので驚いてしまって……」
「ちょっと、先に大声出したのはそっちでしょう。ちゃんと言い直して」
リュウキがさらっと嘘をついたのでソフィアは頬を膨らませる。
「……大方予想はつきました。それで? 入学希望者でよろしいのですね」
二人の茶番(一人は聞いたら抗議しそうだが)を見て女性はため息をつく。
「は、はい。そうです」
「なるほど。分かりました。ではお二人とも、こちらへ」
女性は二人の間を横切り、扉を押した。見た目とは裏腹に軽々と扉は動く。暖かな空気が外に放出される。
「おおおおおおお!!」
広がっていたのは暖色系の塗装が施された廊下だった。左右に長々と続いており、前後のスペースも十分にある。所々に扉があり、扉の間隔的に教室なのだろうな、とリュウキは推測する。
「リュウキ、驚いてるのはわかるけど大声出しすぎよ」
ソフィアはリュウキに指先でバツを作る。
「元気なのでしょうね。まぁ、これから受ける内容でその元気もなくなるでしょうが」
「今さらっと怖いこと言いませんでした!?」
女性の呟きにリュウキは声を荒らげる。
「さぁ、どうでしょうね。私は先にこちら、正面の部屋に入らせていただきます。あなた方は内装をお好きなようにご覧になさってください。ただし、ほかの部屋に入ることは禁止です」
女性はそのまま真っ直ぐと正面の部屋に入っていった。正面の扉は他の扉と比べて間隔が広い。というのも、廊下のスペースがここの扉だけを付け、更に広くなっているかんじだ。きっとこの部屋で受付的なことをするのだろう、とリュウキはまたも推測。推測もなにも、女性の話から簡単に考えられることだが。
「リュウキ、ちょっと聞いてくれる?」
ソフィアは小声ーーリュウキの耳元にしか届かないくらいに声をひそめて問いかける。
「お、おう。どうした。てか、なんで小声?」
「念のためよ。あの、これから私達は名前とか、年齢とか、そういうことを色々聞かれると思うの」
「ああ、多分そうだろうな。それがどうかしたのか?」
リュウキは真剣な目をしているソフィアの言葉の意図を掴めない。そんなリュウキにソフィアは一段と声をひそめて、
「私が何か言っても、追求しないで」
「そ、それって俺がうるさいってこと? それとも面倒くさいから?」
ソフィアの物言いにリュウキはショックを受ける。コミュ障の男から軽口を叩く男としてジョブチェンジした事が仇となったか……とリュウキは軽く後悔する。
「い、いや、そうじゃなくて。まぁ、それもあるけど理由はそこじゃないわ」
「やっぱうるさいのは含まれてるんすね……」
フォローしてるつもりがフォロー出来ていない。この文句にあわあわと焦ったソフィア。その態度にリュウキは声を抑えながら笑う。
「ちょ、ちょっと何笑ってるのよ!」
頬を膨らませたソフィアに今度は声を抑えきれずに笑う。
「あぁ、悪い悪い。ちょっとな。それでソフィアが言ってたことは……あぁ、そうそう口出しするな、だったか。わかった。約束するよ」
「な、なんなのもう……それならいいんだけど」
ソフィアは納得いかない様子で睨みつけてきたが、一応許諾してくれたようだ。
「んじゃ、先生様を待たせるわけにも行かないしとっとと行きますか」
「引き止めたのは私だけどリュウキに言われるのって嫌な感じね……」
後ろから聞こえる辛辣な言葉に苦笑しながらリュウキは扉に向かった。