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龍の魔道士  作者: 蓮ノ葉
第二章 魔道士と魔導書
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第十二話 『備えあればなんとやら』

 日が沈み、人工的な明かりが灯るのは夜だけの特権だ。

 裏路地が格段に怪しくなったりはするが、光源以外のものも明るみを帯びているからか、全体的に雰囲気は良好だ。


 それは、ある種国王の手柄なのだろうな、とリュウキは自室の窓越しに景色を見回しながら感じていた。


「もう明日で三日目……感覚麻痺ってレベルだろこれ……」


 すっかりと、慣れてしまっていた。


 頭に手をやり、リュウキは己の薄情さを悔いる。

 元の世界に戻る方法を考えているつもりが、当たり前のように訓練に勤しんでいた。しかもそれがとても楽しくて、時間が過ぎるのがあっという間だとも思ってしまっている。


 この世界と元の世界の時間軸の違いすらわからない。

 こちらでは二日間だが、向こうではもう何日も経っているかもしれないのだ。


「――出来る限りを、続けるしかないか」


 もしかしたら、二度と戻れないかもしれない。そんな可能性が、リュウキの希望に靄をかけている。


 あの日の光の暖かさと、踏みしめた大地の感覚と、頬を撫でる風が、認めたくない虚構と認めるしかない現実をごちゃ混ぜにしていた。


 どうにも、リュウキの腹の中は悲観的観測の節が多いらしい。


「これも、ネガティヴ思考系日本人の果てってことかな」


 腕を組み、己に呆れてベッドに座り込んでいた体を、仰向けに倒れさせる。

 温泉並みの大浴場に浸かり、バイキング並みの夕食に舌づつみを打ち、今に至る。


 夕食時の軽口の応酬や、浴場でおっさんのように湯船に浸かっていたのは、自分でも驚くべき慣れ方だと思う。


「引きこもり期間は短い、昔はお喋りだった、異世界に浮かれてるの三連符は伊達じゃないってことだな」


 幸いなことにも視野を広げておいて、リュウキは頷く。

 言いながら、我なりに引きこもった理由を思い出して自戒。あまり昔のことを口にするものではない。忘れてはならないが、おもむろにするのもどうかという話だ。


 そうリュウキが誰に知られるでもなく戒めているところで、


「ちょっといいかな?」


 ノック音と、どこか気抜けした声。聞いたことのある声に、リュウキは立ち上がり、どうぞと部屋に入ることを促す。


「いやぁごめん。明日の事で君に色々話しておきたくてね」


 そう言って入ってきたのは紫紺の髪を纏う男だ。以前のギラついた目とはうって変わり、温和な瞳になっているのが、一瞬別人と疑わされるのだが。


 王としての執務を終えたということだろうか。未だ国王としての正装のままだ。


「こんな時間に、わざわざ時間まで作って出向いてくださるなんて感謝感謝です」


「うんうん。君の経過を見守るのも、仕事の一端だからねぇ」


 わかりやすく謙るリュウキに、国王は驕るともせず答える。が、その対応が逆にわかりやすくて、


「安心してほしいんですけど、そんな後ろめたいことなんて考えてませんよ」


 言葉だけでは噛み合わない会話を返す。が、その意味は、リュウキにも国王にも伝わる意味だ。

 リュウキの回答に一瞬国王はきょとんとした顔をして、それから

 笑いを耐えきれずに噴き出す。


「おや? そんなことは一言も言ってなかったのに、分かりやすかったかな。顔には出さないことで定評があるのに」


「顔が言ってなくても言葉が胡散臭すぎですよ。ポーカーフェイスに自信があるのかは知らないけど、むしろここで裏がなかったら俺も国王様もバカ丸出し」


 軽いジョークに肩をすくめる動作まで合わせるリュウキに国王はまた笑う。リュウキの対応がわかってきたのか、話を冗談半分のつもりで聞いているようだ。

 不本意だが、日頃の行いのせいだろう。ソフィアやフォルクにも、たった一日で扱い方を察されてしまった。


「バカ丸出しとは……これでも国王様だよ? 一国を担う大事な称号を持った男だよ? 君死刑ね、って言ったらもれなく死刑になっちゃうんだからね?」


 あながち嘘ではなさそうな脅し。だが、冗談半分に聞いている国王と同じように、リュウキも国王の脅しを冗談半分に聞いている。

 ここまで会話がおかしな方向に進むくらいだ。案外、似たもの同士なのかもしれない。


「そうならないし、そうはできないでしょうしねぇ」


「おや? また胡散臭かった?」


 リュウキの曖昧な言葉に、国王は察しよく問いかける。

 そうはできない。それはすなわち、リュウキの処遇についてと関連付けることが出来る。


 リュウキという存在自体が未知数であり、方針も、思惑も分からない。

 そんな未知の領域とも言える存在を存外に扱うことは出来ないはず、と言うリュウキの考察はどうやら当たったようだ。


 冗談半分とは言っているが、半分は本気だ。言葉に隠される真意を読み取る行為は忘れない。


「まぁ、君も安心してくれたまえ。君の態度はわかりにくくもあり、わかりやすくもある。君の行動の真意を探ろうという訳では無いが、こちらに害をなそうとしてるつもりじゃないことはわかっているよ」


「もしかしたら今のうちに魔法を完璧に使いこなせるようにして、国王暗殺とかあるかも?」


「その時はそうなる前に消し炭にするね」


「消し炭って言葉がおっかなすぎる!」


 もれなく国王の指先から小さな火が生まれているのを見てリュウキは壁際に退避。

 ベッドの存在を忘れてずっこけるというおまけ付きだが。


「いやぁ、君と話していると飽きないねぇ」


「そいつはどーも」


 頭からいったリュウキだが、ふかふかベッドで威力は軽減。こんなところで人生を終了しないで済んだことに安堵しつつ、国王の笑いに不機嫌な口調で答える。


「ごめんごめん。この身分になってから、旧友とも改まった関係になっちゃってて」


 少しだけ、寂寥に翳る眼差しを見て、リュウキは一瞬で胸を掻き毟られるような感覚に陥る。

 珍しい弱気な瞳になんとか言葉をみつけようとするが、しかし慰めるのはご法度だろうという思考がリュウキの行動を抑制している。

 だから、結局リュウキはいつも通り減らず口で接するしかない。


「生憎、俺はそういう事情に疎すぎるもので、失礼すぎるレベルですからねぇ」


「失礼だという自覚はあったんだね」


 と、揚げ足を取られバツ悪そうにするリュウキに国王は苦笑。どうやら、この対応が正解だったようだ。


「おっと。話が逸れすぎちゃったね。明日のことだけど、君やソフィアには今まで通り通ってもらう。その時、ソフィアのことはリアラと呼ぶようにしてほしい」


「ってのは、どういった理由で?」


「穏やかじゃない話だが、それでも?」


 質問に質問で返される。しかも、脅しに近いそれを、リュウキは声に出すことなく頷きで肯定する。


「君たちが交戦している時、監視員が二人いたろう?」


「はい、いました」


 ウィルに魔力を分け与え、助力に尽くしたあの二人の監視員。彼らにも、リュウキはまだ礼を言っていないのだ。明日にでも、ちゃんと伝えなければならない。


「彼らの記憶を消去したんだ」


「……それはあんま印象のいい言葉じゃないっすね」


 言葉を噛み締め、しかし思考放棄することも、目の前の人物に質問や怒り任せの罵声を浴びせはしない。それをするのは、理知的ではないのだ。

 追求はしないが、それでも疑惑と蔑視がリュウキの瞳に宿り始める。


「勘違いしないでほしい。別に、軽蔑して欲しくて言ってるわけじゃないんだよ。ちゃんと、話すから」


 目を伏せ、懇願するように追求を拒む。

 それをされ、なおかつ自分から話すと言われてしまえば、リュウキは何も言えずに諦める他ない。大人しく、黙って続きを待つだけだ。


「彼らは……まだこの国に来て日も浅く、何よりボロボロにされた精神的苦痛に際悩まされている」


「仕事に恐怖感を覚えてるかもしれないってことか」


 リュウキの言葉に、国王は頷く。

 当然の事だと思う。この国に来て浅い、というのは他国、あるいは近くの村から、働き口を探してやってきたということだろう。

 せっかくありつけた職場で、あのような体験をしてしまえば、トラウマになることは必至だ。


 それでも勇敢に立ち向かった姿をリュウキは見た。あれは、賞賛されるべき行いだった。

 記憶を消される彼らの代わりに、リュウキの記憶には鮮明に残しておこうと心に誓う。


「そう。しかし、その事実を誰も知らないという訳には行かない。今後についても、それは得策ではないからだ。だから、このことを知っているのはごく数名。あの場にいた君たちと、私やアルタナス学院学長と、騎士団長、そしてリッケルくらいだ」


 知らない誰かの存在。しかし、言葉からこの国の重鎮とも言える人材たちなのだろうと考察。

 それほど、強大な敵が今回の対龍戦では暗躍していたのだろう。あの時聞いた声も、それに直結していたのかもしれない。


「だいぶ、察してくれたようだ。話が早くて助かるよ。君たちは編入生という扱いをされている。しかし、君は編入だということを事前に伝えたりは?」


「いえ、初耳です」


「だろうね。それも首謀者の策略だろう。かなりわかりやすいし、よっぽどバレても跡がつかないようにしているんだねゲートの封鎖も、されていた」


 そこから掘り下げることは叶わないと判断したのか、国王はため息混じりにそう言う。

 それほど大胆に動いておいて足が掴めないとは、よほどの自信家なのだろうか。

 まだ日が浅いということも要因だろう。これから少しでも手がかりがつかめればいいが。


 リュウキの足りない脳では何も思いつくことは無い。瞑目し、熟考はしてみるものの、声に覚えはないし、あれほど不鮮明な声から判別するのは至難の業だ。


「そういうわけだ。どうやら首謀者が現れなかったから、早いうちにあの場を退散していたのだろう。そうなると考えつくのは」


「俺かソフィアが関連する……」


「そうだ。身に覚えのない話だとは思うが、その線でしか考えられない。君たちという存在を囮に使って、本当の目的は学院自体だという線もあるが、龍属性の魔法を使う少年に、一国の姫を使った囮なんて考えられないだろう」


 一気に、自分の立場の重要さを思い知らされて瞑目。鼻から息を吸いこみ、口からゆっくりと吐き出す。

 しかし、リュウキは異世界転移一日目だ。それなのに編入の手続きを済まされているというのは、召喚者が関連している事じゃないだろうか。


 これはリュウキしか知らない重要な手がかりになるだろう。召喚者の存在は、かなり重要になってくるのかもしれない。


 そう考え、ソフィアについて考察するところで、


「ソフィアについて、怒ったりしましたか?」


「うん?」


「多分、勝手に抜け出したんですよね?」


 国王は編入生という扱いをされていると言った。されているという受動の言葉は、国王がやったことではないという裏付けになる。

 それはつまり、ソフィアは国王の手を借りて編入をしていないという事になる。


 抜け出したのだろう。誰にも内緒で。


「ソフィアが勝手なことをしたから怒っているかもってことか。ソフィアを心配するなんて、優しいんだね」


「そんな事は……」


「安心してほしい。可愛い娘が自分から進んで行動したんだ。それは、賞賛に値する行為だろう?」


 そう言って、国王は満足げに頷いている。その行為に嘘がないことが直感的にわかり、リュウキは少し驚く。

 国王の溺愛ぶりは分からずとも、言葉に愛があることは明らかだった。

 だからこそ、


「だからこそ、可愛い子には旅させよ、か。確かにそうっすね」


「だろう?」


 元の世界のことわざを呟き、リュウキは勝手に自己解決。国王は嬉しかったのだろう。自分の娘の成長ぶりを見て。

 ソフィアはそんなこと知る由もないが。後でこっそり大丈夫だと伝えておこうか。


 そう思って、リュウキは別のことにも気づく。


「そういや、存在を霞ませる? あの花のブローチは大丈夫なんすか?」


 以前の戦いで、ソフィアの花のブローチは真っ二つになったのを思い出す。

 その後、ソフィアの存在がバレてしまったことから、あのブローチが無いことには学院への登校すら難しいだろう。


「ああ、それなら抜かりない。あれは量産型魔道具の一種だ。人工的でもあるし、いくらでも手に入るよ」


「ならいいんすけど……ソフィアが他の人にばれる可能性もありますよね? てか、人工的で量産可能なら尚更あのブローチ知ってる人と出会えば怪しまれますし」


「ああ、あるね。でも大丈夫。あれは私の特別製さ。わざわざ極秘で頼んだわけだし、あの形の魔道具を知ってるのは極僅かさ。それも努努忘れぬように。それに、たった一日だけだが編入してきた少女が突然学校を辞めてしまうのも、おかしな話だろう?」


 リュウキの考えはもう出し尽くされた話のようで、次々と否定案が出されてしまう。

 確かに言う通りだ。リュウキはこれ以上の粗捜しは無意味と判断し、押し黙る。


「ありがとう。これで大体は話したよ。学院の正装は学院の方にあるし、杖の持ち込みは禁止だから、持っていくものは何も無いね」


「了解です」


 こちらも、追求することは無い。あとは自力で詮索をしていくだけだ。幸い、判断材料自体はある。日に日に、分かっていくこともあるのではないだろうかと淡い期待に身を寄せる。


「それじゃ、おやすみ」


「ええ、おやすみなさい」


 手を振り、ドアを閉めて国王はこの場を退室する。

 一気になだれ込んだ情報を整理し、明日に備えてゆっくり寝よう。

 そんなシリアスさんに身を置いていたリュウキだったが、


「あ、君もしかして朝苦手かな。メイドさんに起こしに行ってもらおうか?」


「必要ないですから!」


 どうやらそのシリアスさんはリュウキより早く眠ってしまっていたらしい。

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