第十一話 『まだ見ぬ戦道』
前置きとして、リュウキの戦闘能力について語るとしよう。
戦闘能力は元の世界でも真ん中くらいだったリュウキ。そこら辺の同い年との勝負なら負け知らず、だが喧嘩腰なヤンキーに会おうものなら元陸上部自慢の脚で音速を駆け抜ける。
リュウキにも当然、イキっていた、所謂お年頃という時期はあった。
巷で噂のヤンキー……は怖いので関わらなかったが、他校に足を運び、メンチ切りなどをして逃げる。そうしてバテたヤンキーを笑うという、今考えれば赤面待ったナシの行動は起こしていた。
復讐が怖いのでもちろんマスクなどで顔バレは防いでいる。服も同様だ。
この通り、自分より強い輩には真っ向から勝負はしない、自慢にならない自慢になりそうな小物臭の凄まじい戦闘経験を得てきた。
そんな男がこの世界に来たのならば、戦闘能力が下の下の下として扱われるのは明白だ。
それでも今度は真っ向から努力をする姿は、生きるための必然的な決定事項でもある。
曖昧ではあるが、努力をするなら効率よく、さらに伸びやすい方法をとるほうがいいことも考えていた。
そのことは当然、頭ではわかっていた。
別段リュウキは努力が嫌いな訳では無い。むしろ、小さな積み重ねがやがて大きな翼に変貌することは、いつだったかの大会優勝を経験してから分かっていたことだ。
効率よく能力を伸ばすには強い相手が必要。ではあるのだが、
「では、どこからでもかかってきなさい」
「どっからでもって……おかしいですよねこれ!?」
何故こんなことになってしまったのだろうか。
雲一つない晴天が二人を照らす。正午近くになる太陽の照り具合は、日本のそれと同等だ。
正面――対峙する若い男は、柔和は顔をしつつも、全身から迸る闘気を抑えるつもりは無い。
それがこの戦いに緊張感を持たせるためか、将また彼なりの理念に反してしまうからか、いや、両方を取り込んだ理由からか、どれだかは定かではないが、ツッコミを入れつつもリュウキは戦いの構えをとっていた。
「ちなみにその杖を試したことは?」
「暴走する気がするので一度も」
「なるほど」
間を開けるでもなく即答したリュウキにリッケルは苦笑。だが、大方予想通りの答えだったらしいようで、特に追求はされない。
燦燦と晴れ渡る青空の下、リッケルがゆらりと手に持っていた木刀を前に向ける。
リュウキに突きつける、と言うよりはそのための意思表示のようなものだ。
「でしたら、全体的なご指南を、勝手ながら。元魔法騎士団所属からの指導、如何ですかな?」
「わーお、まさに天国と地獄を体験できるユートピアなお誘い。もちろん受けますよ。みんなの憧れ魔法騎士団様々からのご指導とあらば」
調子のいいことを言うリュウキに、また苦笑されるかと思ったが、リッケルは意外にも好印象な頷きを見せる。
「その心意気、良しとします。ではまずはダメなところを洗いざらい見ていきましょうか」
「あ、でも魔法打てないしどうやって?」
唐突ではあるが、この稽古において最も重要な部分への追求。開幕魔法大放出によって撃沈など笑えない。
はっきりいってナイーブな魔力操作力のリュウキが魔法を使うのは危険すぎる。
それが出来ないのであれば一歩目すら歩むことすら出来ない。
そんなリュウキの胸中を察してか、リッケルは握っていた力を緩め、木刀を下げて解説モードに入る。
思考の海に沈もうとしていたリュウキも、その動きと、目に見えない闘気の緩みに反応する。
「それは違いますね。体術の基礎は基本中の基本です」
「と言うと?」
確かにその言葉の言っていることは分かる、が、魔導師としては魔法について伸ばしていく方が先ではないのだろうか。
その疑問の顔を見て、穏やかな笑みのまま、促しに応じリッケルは言葉を続ける。
「魔法だけの魔道士はせいぜい二流止まり。傲慢にも杖にすがるだけではいけません。それは軟弱者のそれと変わりない。己の手足を信じて初めて、真の魔道士という舞台に立てるというものです」
まるで実体験のような、それか誰かの経験を目にしたかのような、どこか遠い目をしたリッケルは、それを吐露するように声に乗せる。
それは納得する言葉の数々であり、何より話している最中の翳りの見えた瞳に、リュウキは頷くばかりであった。
「さて、耳を傾けてもらったところで、よろしいですかな?」
言葉を終え、もう一度木刀を向けられる。今度は真の形で。真っ直ぐに突きつけられた。
「ええ、もちろん。貴重なお言葉でした」
言葉通り、考え方を改めさせられる発言だった。確かに魔法ばかりに過信しすぎるのは傲慢だ。伸ばす部分なんて、数えたらキリがない。貪欲に食らいついてこそ、本当の意味で彼らと同じステージに上がれるのだ。
それを理解し、リュウキはもう一度杖を握る。それを心地よさそうに受け取り、リッケルは再び気を纏った。
「ではまずは全力で、なんでもいいので私を攻撃してみてください。杖が一度でも私に当たれば、次の段階に進みましょう。差を縮めるために、片腕は使わないでおきましょうか」
「いやいや、流石に俺を舐めすぎてはいませんかね? そんなハンデを与えられぇっとぁ!?」
頬付近に走る大気の感触。それが薙ぎによって行き場を失くした風圧だということに遅れて反応。
咄嗟の判断で上体を逸らした。そちらに反応したのはいいが、受け身の反応は取れず一気に背から倒れ込む。
「おぶっ!?」
肺の中の空気が一気に抜ける感覚に、息ができず混乱する。芯に響く痛みに、脳が追いつかない。まさに反射というべき反応だ。赤くなる視界を元に戻そうと躍起になり、攻撃へ思考を巡らせる。
「言っておきますが」
目の前、いつの間にか急接近していたリッケルが目の高さをこちらに合わせていた。
なんという速さだろうか。五メートルはあった差を一気に縮めてきたのだ。
「私が攻撃しないとは一言も言ってませんし、多少の痛みは覚悟してくださいね?」
「そ……そういうのは先に……いや、勝負に合図も何も無し……かなっ!」
言いながら力を込め、リュウキは横に円を描くように打ち込む。スピード上々。先端が空気を纏って目の前のリッケルに襲いかかる。
だが、
「正解です。勝負に合図や卑怯なんてものは無い。手加減すら必要ない。ですが、わかりやすい行動ほど対処に困るものはありません」
打ち込みの角度と垂直に、木刀が立ち塞がる。ビクともしない木刀は、彼の能力値の高さを物語っているようでリュウキは生唾を飲んだ。
円運動の滑らかな動きと力はそのまま跳ね返り、杖を介入してリュウキの腕に到達。衝撃による腕の痺れに、杖を落としかける。
「そして、リュウキ様は尻餅をついた状態です。次の私の一手は?」
「……なるべく痛みを感じない攻撃でお願いします」
「真剣勝負に?」
立ち上がり、リッケルは温和な表情のまま問いかける。その言葉に、リュウキは諦めて苦笑いで答えるしかない。
「……手加減すら必要ない」
「よろしい。受け身や防御を取るのは認めましょう」
「がふっ!?」
言い切りと同時に、剣による鮮やかな横の一撃がリュウキの腹部を穿つ。脇腹と人体急所の鳩尾を狙われ、衝撃にリュウキの体は数メートル吹っ飛び、二、三度地面に叩きつけられた。
リッケルの言葉に、諦めず杖を防御に使ったので実際の威力は軽減。
しかし、それでも急所を抉られる感覚には変わりない。一瞬息が止まり、痛覚が再度騒ぎを起こす。
「がふ……いてぇ……マジでパネェ……」
大の字になっていた体を無理やり動かし、胎児体型でうずくまる。生い茂る草原の香りも、青空の温かさも、痛みのせいで感じることは出来ない。
「咄嗟の行動に関しては、合格点と言えますね」
そう言って、リッケルはリュウキに手をかざす。
体に巡る暖かな感覚と、痛みの薄れに、これが回復魔法の一種であることをリュウキは察する。
ここはその魔法の恩恵を充分受けるために、動かないまま終わるのを待つ。
「さて、どうでしたか? 真剣勝負とは言いましたが、本気でやれば今頃真っ二つでしたでしょう」
「サラッとおっかない事言わないでくださいよ……あれで本気じゃないとか……世界って広いなぁ……」
「これでも魔法騎士団の端くれですから。ですが、伸ばせるところを伸ばせば、それなりにはなります。しかも、リュウキ様には圧倒的魔力がある。差をつけるなら今から稽古あるのみですね」
アンニュイなリュウキの呟きに、誇るとも皮肉るともない応答。
こちらの心中へのアフターケアは万全。それをされてはリュウキは乗っかるしかない。
「そうっすね。それしかない。もっかい手合わせお願いできますか?」
「リュウキ様が仰るなら何度でも。次の段階に進む訳では無いですが、趣向を変えてみましょうか」
「趣向?」
ゆっくりと、片手と両足の力で立ち上がり、尻を払って続きを促す。
痛みは皆無。回復能力も高いとは、恐れ入る。
「それは、戦いの最中に分かることでしょう」
「なるほど……わかりました」
素振りで剣にかかっていた砂埃を払い、リッケルはその先端をリュウキに向ける。それに応えるように、リュウキも真似て杖の先端をリッケルに向けた。
「はぁっ!!」
踏み込みの爆発力により真っ直ぐ直進、その勢いに乗せたまま今度は両手を使って斜めの方向に薙ぎを放つ。
片手しか使えないリッケル。それならば、左側の防御は手薄なはずだ。防がれたとしても、その防御力は先程と比べたら劣っているはず。
それを見越しての攻撃だが。
「では、一」
短く呟き、またも同様に垂直方向。だが、衝撃と同時にリッケルは木刀を突き出したことで、リュウキは反動で弾かれる。
「まだまだぁ!」
「二」
落としかける杖を左手も使ってガッチリホールド。
次は大振りの横薙ぎ。防がれる。
腰を下げ、地を這う位置から、脇下をすくい上げるような払い上げ。防がれる。
一回転し、遠心力を使った裏拳じみた兜割り。防がれる。
その他諸々。防がれる。
次の一手を様々な方向から攻めるが、どれもこれも涼しい顔で防がれてしまう。
そして、その度に威力を軽減、反発され、リュウキとリッケルとの間には均等に距離を作られていた。
剣を離しそうにはなるが、決して離すことはない絶妙な力加減。それを相手にやっているのだから、末恐ろしい。
防がれたのはこれで九回。次は二桁の十回目だ。
集中。一歩、下がる。それを見て、真正面の男も応じるように一歩下がった。
もはや剣道のそれと言われてもしょうがないが、リュウキは見よう見まねで構える。
「……いつでも」
「それ……じゃ!!」
宣言に従い、杖を握りしめて、土を蹴飛ばす。
達人技も、小細工も、今のリュウキがやるのはあまりに役不足。だからこそ、渾身の一発を振り下ろす。
距離詰めは一歩。腕の振りは真っ直ぐリッケルの頭部へ吸い込まれる。空気を縦割りにする杖は、どこから現れた木刀と交錯し、
「最初にしては上出来……ですが、足、肩、首に脇、そして目線に表情。どれもこれも落第点です」
無数の剣撃と共に、そんな評価を食らっていた。
―――――――
王都の最上位にあたるこの城。だが、本来使われるべき王城かと言われると、その答えはノーにあたる。まず、上位民の行き交うであろう城にここまで人がいないのはおかしいし、そんな場所に居候がいるなど頭がおかしいにも程がある。
はっきり言えば、ここはリーゲル家の邸宅だ。王都にある、政治諸々を行う場所ではない。
だが、王座やら門番やら、どう考えても身構えてしまう造りをしてしまっているのだ。それに騙されるのは仕方が無いだろう。
確かに客室があったり、人を招く部屋があるのは、気配りにしては疑問は残っていたのだが。追求をするも、ノリで作ったと言われては呆れて声も出ない。
というわけで、今のリュウキは安心してこの庭園を歩くことが出来ているのだ。
庭は庭師の丁寧な整え方で、草原が広がっている。草花を可憐に取り付けた庭はここにはない。
なぜなら、ここは戦闘を主とした用途である庭であり、花園はまた別の場所にあるのだから。
「どうでしたか? まさか杖で殴るなんて思わなかったでしょう」
座り込み、辺りを見回して思考の海に沈んでいたリュウキの頭上から、そんな声がかかる。
見上げれば、そこには汗ひとつかかないで涼しい顔をしたリッケルが、こちらに手を伸ばしていた。
「そうですね。予想以上に予想外れでした」
そう言って、リュウキはリッケルの手を借りて立ち上がる。
ついた草土を払い、体を伸ばして体に痛みがないことを確認。ついでに杖を回してキャッチ。特に意味は無い。
「マジで回復魔法って便利だよなぁ……。今日はありがとうございました」
痛みを伴わないことにしみじみと感想を送り、そしてリッケルに一礼する。
「いえいえ。こちらこそ手合わせありがとうございました。よろしければ明日や明後日も、どうでしょうか?」
「あ、えと……。そりゃ願ったり叶ったりです。またよろしくお願いします」
「――ありがとうございます。さて、もうすぐ昼食の時間ですね。私はこの後用がありまして。案内した方がよろしいでしょうか?」
リッケルの提案にリュウキは薄く首を降る。そこまでしてもらうには過保護すぎるし、食堂までの道は把握済みだ。
リュウキのこの反応見て、リッケルは安堵の息を漏らす。
「それは良かった。この屋敷はとても広いですから。私も雇われた当時はよく迷っていたもので」
昔を懐かしみ、リッケルは羞恥に頬をかく。こうして見ると本当に若い青年のようで、手合わせの時のあの異様な威圧感は欠片も見られない。
これが強者の面構え、とか言うやつかと心の中で納得し、リュウキもその談笑に乗っかる。
「無駄にどでかいのは王様の趣味かなんかなんですか?」
「あまり誇ることではないのでしょうが……仰る通りです」
彼も呆れているのか、苦笑気味だ。しかし、国王という立場上、単なる成金趣味と言うよりは、誇張表現の一種としているのだろうと思う。
シンプルな作りもそれはそれでいいが、高級住宅の立ち並ぶ貴族の屋敷に見劣りするようでは、王という立場としては悪いのだろう。
「まぁ、そのうち慣れるんだろうけども」
「そう言っていただけると私としても助かります。ではリュウキ様。また後ほど」
そう言って、リッケルはリュウキに背を向ける。清々と、その場を立ち去ろうとするリッケルだが、その行動は一時中断される。
「待ってください!」
「……何でしょうか?」
振り返り、リッケルはリュウキの言葉を待つ。
「――あの、なんでこんなにしてくれるんですか? 俺はあくまでその場にちょうど居合わせていただけですし……時間を取らせてまで手合わせとか、居候させてもらったりとか」
これまで思っていたことを、否定するまでもない事実を、不安とともに紡ぐ。
悲観的な感想だが、事実だ。
たまたま居合わせていたリュウキだが、活躍したのはほんの少し。しかもその場でぶっ倒れまでもした。
そんな功績のリュウキと比べれば、フォルク達の方がよっぽどソフィアの手助けになっていたのだから。
そんな心中のリュウキに、リッケルは黙って言葉を待つ。こんな時にまで優しいリッケルにリュウキは甘え、ゆっくりと、本心を言葉にした。
「なんで、こんなにしてくれるんですか。俺には、わからない」
ボソリと、語尾を弱くして、しかし確かにそう呟く。
風のない午後は、音も立てずにその場を見守る。その時間が異様に長く感じ、リュウキは下を向くばかりだ。
「――皆、期待しているんです」
沈黙を破って、リッケルがそう答える。期待などという言葉が、全く予想外の方向で、リュウキは声を詰まらせて顔を上げた。
「大丈夫です。リュウキ様はリュウキ様が思っている以上に、皆から期待されています。それだけは、お忘れなきよう」
リッケルは、リュウキに次を言わせないように、背を向ける。伸びた背筋と、あの目にリュウキは何も言えず、ただただ見送るだけだった。
「期待……か」
だが、リッケルの放った一言は、確かにリュウキの心に届いていた。
―――――――
舞台は正門前。律儀に門番に挨拶を交わし、背を向けていたリッケルはふと立ち止まった。
そうして後ろを振り返る。見るのは、先程までいた庭園だ。正門からは、その前にある無数の花々で見ることは叶わないのだが。
きっと、リュウキはもういないだろう。そんな彼のことを考え、リッケルは誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
「後は、私とリュウキ様が似ているからでしょうね」
微かな呟きと共に、リッケルは前を向いて歩き出した。
その時の表情は、彼を見下ろしていた太陽すら見ることは叶わなかった。




