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龍の魔道士  作者: 蓮ノ葉
第二章 魔道士と魔導書
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第十話 『独り言と立ち話』

「さて……次はどーすっかな」


 店をあとにしたリュウキは、しばらく休めるところで四肢を下ろしていた。

 ちょっとしたハプニングや出会いはあったが、おおよそ想定内の時間帯だ。特に差し支えなければ、このまま他の店にあたるのもいい。


 まだまだ思い当たるものは沢山ある。金貨も、店主やカインが目を丸くするくらいにはある。丸くしすぎなので、かなりの量が入っているのだろうが。


「つって……本とかならほぼ揃っててそうなんだよなぁ……あの城。」


 元々は魔法に精通する教本などを買うつもりだったが、あそこまで広い城の中には、リュウキが必要とする本などいくらでもあるのではないだろうかと思う。


 言語が理解出来なかったり、文字が読めなければ学習するのも手のひとつだっただろう。だが、幸いなことにこの世界ではそれがない。今回は少しばかり不幸だと思ってしまう結果になってしまったのだが。


 今考えればだいぶこの世界は異世界転移者に易しい。読み書きも言語も通じるとか、神様がちょちょいとやってくれたなんてレベルの話ではない。


 そう考えれば、ないないづくしというのは語弊があったかもしれない。マイナスばかりを荒さがしするのは、人の中の本能なのかもしれないなとも思う。


「まぁ、それはありがたく頂いといて……戻る……か。そうだな。ソフィアも勉強とかしてるんだろうし。ここで俺が遊び呆けてるのもなんだよな」


 尻を払い、リュウキは元来た道を戻る。

 通りは昼間に近づくということもあり、昼食を買いに来たのか主婦が集まっているようだ。

 この世界でも割引やらセールやらがあるのか、野菜のようなものを求めて主婦同士の地獄の戦いが起きている。


 入り乱れた建物のように、雑踏と呼ぶにふさわしい光景を見て、あまり元の世界もこの世界も変わらないんじゃないか、とリュウキはおかしな感傷に浸る。


 いつの間にか、こんなに外を歩けるようになったりしているものだ。


 決して外に出なかった訳では無い。学校の生徒がいないであろう昼間の時間、あたりをフラフラ巡ったりはしたし、コンビニに行く回数はよくあった。


 何方かと言えば引きこもりというより不登校気味だったのだ。そう考えれば外を歩くことはまずまずの進歩だが、リュウキが着眼したのは対人スキルの向上だ。


 先程もカインのような、初対面での会話もなかなかスムーズになっている。

 それが、異世界モノお約束の独特な空気感による影響だからなのかは定かではないのだが。


 城のメイドには緊張することもあったり、もちろん今歩いているこの道でも、なるべく人にぶつからないよう隅っこを歩くような小心はあるのだが。


「っと、なーんか感傷的になってるな。こんなとこ通ってるからか?」


 頭の中のらしくない感情を声によって無理やりリセット。リュウキは前を見て立ち止まる。


 騒々しい街の中とは対象的な閑静な、いや、薄暗くジメジメした裏路地を見て、リュウキは吐息を漏らす。


 地図上を見て先程知った事だが、この道は城のところまでショートカットできるようだった。


 細い、薄暗い路地はそれこそネズミとエンカウントしそうなほど気味が悪い。

 明かりも付いていない路地は奥まで続いており、壁によって光は遮られて先が見えないままだ。


「けど意外と気になってしまうのも人間というものですな……」


 ちょっと、冒険気分でリュウキは裏路地を進む。

 わかりやすくゴミ箱やら崩れた段差やらがあり、進むたびに興奮してくる。

 が、その反面異臭がひどい。これまた進むたびに、と言った具合だ。


 道が右に続いているようなので右に曲がる。


「敵とエンカウント……とまでは行かないのか。裏路地はあっても、物盗りなんかはいないみたいだし」


 路地を歩いている途中で思ったのが、物盗りの存在だ。異世界ファンタジー。それも中世であり、まだ発展途上なこの世界では、それこそ命すらも取ってくる物盗りがいてもおかしくはない。


 次は左か。意外と進んだのではないだろうか。


 しかし、整備されていない裏路地があるのに対し、言ってしまえば薄汚い身なりをしているであろう悪人がいる気配は感じられなかった。


「そこすらも管轄内だとしたらおっそろしいな……」


 浮かんできた男の信用出来ない笑顔を無理やりかき消す。

 店主のあの楽観さも、店員を置いておくだけなどというのも、心配するだけ杞憂だという、国への信頼性があるからなのかもしれない。


 今度はまた左に続いているようだ。左に曲がろう。


「意外とマジな気がしてくるからな……っと」


 ぼんやり、独り言と考え事をしているうちに、裏路地の出口に着いたようだ。目の前の光の転換にリュウキは手をかざす。


「うっし、ここまで着けばもうすぐだな」


 見覚えある道路に出たことで、リュウキの足はさらに動き出す。

 その名の通り時間的にはもうすぐ。ゆっくりでも充分間に合うが、ここは少し早歩きで行こう。


 ———————


「お帰りなさいませ、リュウキ様。お早いお帰りのようですね」


「早いって思うならなーんでここにいるんすかねぇ……」


 ここは城の玄関。城には魔法学院と同様に庭、というより庭園がある。ちなみにアニメなんかでよく見る立食パーティーが開けそうなほど、それはそれは大層バカでかかった。それを間として奥にはさらに門があり、そこにいる護衛ともう一度出会ったにしても、ここで彼と出会うのは想定外だ。


「執事の知恵、というものですよ。そろそろ頃合かと思われましてね」


「知恵って問題じゃないですし、マジバケモン並の能力持ちなんすかね?」


 ピッチリと正された背筋と柔和な笑顔。

 リッケルがそこには立っていた。ご丁寧にタオルまで用意しており、後をつけてきたのだろうかと思うほどアフターケアが万全だ。


「化け物扱いされるのは困りますね。私は化け物でも、ましてや亜人族でもありません、普通の人間ですよ」


 微笑を浮かべるリッケルさんにリュウキもぎこちなく笑みで返し、タオルを受け取る。

 汗はあまりかいていないが、好意を蔑ろにするわけには行かない。


「ご購入されたのは……杖のようですね。それもディグドラ。良い物を購入されたようですね」


「あ、これそんなにいいものなんすか? 店主さんからオススメされたやつなんすけど」


「魔石にはそれと相性のいい素材がありましてね。その杖に使われてる素材。目測ですがディグドラとかなり相性のいい品です。店主さんは見る目がある方のようですね」


 よく分からない納得の表情に、リュウキは首を傾げるしかない。そんなにいいものだったのだろうか。店主は大衆的なものだのと言っていたし、そこまで凄いものとは思えなかったのだが。


「まぁ、あのお人好し店主さんならやるかもか」


 手に少し力を込めて、リュウキは腕を目の前まであげる。杖を使った魔法はウインドだけ。しかも大失敗のお墨付き。


 アンラヴァーによって多少魔法の出力は上がったにせよ。まだまだ未熟なのは自分が一番わかっている。だからこそ練習をするのだ。危険がつきまとっていそうだけれども。


「どうでしたか? 城下町はお楽しみいただけましたか?」


「そりゃもう当然。回ったのは一店舗だけっすけど、道についてはもういろんな所をぶらんぶらん。なんつーか、どこも変わんないんだなって」


 笑い合う人達の顔を何度も見た。それはリュウキの元いた世界でも同様だ。

 もちろん、リュウキの世界でも戦争はあり、リュウキがこうしてこの世界で話しているあいだにも、悲しみの暴力に殴られる人々がいるのかもしれない。


 それでも、同様に平和はあった。少なくとも、この国でリュウキが見た中では平和すぎたのだ。


「変わんない、とは?」


「俺の元いたところと同じで、平和なんだなって」


「平和……ですか」


 リュウキが答えた感想に、リッケルが苦虫を噛み潰したように表情を曇らせる。打って変わった彼の反応に、リュウキは首を傾げるばかりだ。


「リッケルさん?」


「……リュウキ様」


 普段と同じ声、なのだろうが威圧感の違う声音にリュウキは表情を消す。黙りこくるリュウキの対応を見て、リッケルは視線をもう一度正した。


「十三年前のことを、ご存知でしょうか?」


「……?」


「ご存知ない、ようですか」


 呆れた、というわけでも、肩を落とした、という訳でもない。だが、何かリッケルからの信頼を失ったような気がして、リュウキは自身に落ち度がないか探す。


「ああいえ。むしろ良かった方ですので、あまり気にされないでください」


「そう言われると余計気になっちまうもんですねぇ」


 そのリュウキの表情を察し、リッケルが素早いフォロー。そのつもりのようだが、ここではぐらかされては逆効果だ。リュウキは頭をかいて答える。


 別に追求するつもりもないが、黙って見過ごす訳にも行かない。もしもこれが今後に関わる重要なことなのだとしたら、その事に無関心なのは危険だと判断したのだ。


「そう、ですか。では別のことで気分転換でも……立ち話もなんですね。それに、これならリュウキ様のお役にも立つ」


「どうしたんですか?」


 リッケルは黒の上着を脱いで丁寧に折りたたむ。別のこととは一体なんだろうか。はぐらかしている、にしては少々表情が違うように読み取れる。


「では外で、少し手合わせいたしましょうか」


「え」


 唐突な言葉。その言葉に並べるようにリッケルは、


「おや? 買ってすぐに使ってみたい、という気持ちがあるように見えましたが?」


 リュウキの奥底にしまっていた気持ちを見透かしたように、それにしては大胆かつ嫌に斜め上からそう提案するのだった。

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