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龍の魔道士  作者: 蓮ノ葉
第二章 魔道士と魔導書
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第八話 『約束の時間』

 今さらではあるが、城の敷地内というのは恐ろしいほど広い。検問の護衛たちがそれぞれの門で何人も勇立っており、どうやら国王が事前に話をしておいたのか、その護衛達に出会うたびにリュウキは完璧な礼を食らっていた。

 引きこもりから一気にここまでの飛躍。当分は慣れそうにない。


「ガッチガチの装備品携えてやがる……室内以上だろ。ロールプレイング感が五割増に見えてきたぜ」


 美しい景観と、それとは対照の厳つい護衛を見比べ、リュウキはしみじみと語る。

 国王の趣味で、中にそんなガチガチの護衛を入れたくないのだそうだ。護衛たちはストライキを起こしてもいいと思う。


「そんでもって、やっとこさお城を抜けたということで。資金はたんまりだし、ギリギリまで粘るか」


 欲しいものはたんまりある。魔法に関する本でも、この世界に関する歴史でも。好奇心は収まらない。

 が、まず第一に行くべきところがあるのだ。一方的な約束であり、相手は忘れていても仕方がないのだが、それはリュウキが作った約束だ。たとえ忘れられていても、やらなければならない使命感がある。


 正直、方向感覚に自信があったとしても、城付近に近づいたことは一度もないし、更には目的地に行ったのも一回きりだ。もっともっと言えば、たった一日ですべての地形を把握できるほどリュウキの脳みそはうまく出来ていない。


 それでも、地図を回したり、目立つ場所を探したりして何とか順調に進んでいる。


「確かこれがこうなら……左か」


 変わらぬ人垣を眺め、邪魔にならない程度に端によりながら進んでいく。正直、似た光景が延々と続くばかりだ。確証なんてない。見慣れた、という店もないし、まずここでの移動販売は畳み、別の場所で販売しているところがあるかもしれないので、完全に運と地形把握能力に頼るだけだ。

 だが、露天が立ち並ぶ付近は昨日と変わらない大盛況ぶりで、多種多様の人種の行き交うことも、ファンタジーだと思えた昨日と遜色ない。


 そこで一旦立ち止まり、指で道を辿りながら一旦中継地点を探す。地図でもわかりやすく描かれた地点。埋没しそうな店とは違い、この国の立派な建築物。


 通りの太さを考慮し、この道が今自分の通っている道なのだと判断する。確かこの近くだったはず、とリュウキは地図から目を離した。


 立ち並ぶ商店を囲んだ中心点とも言えるこの場所に置かれたのは、大きく、それでいて細部まで手の込んでいる龍が刻まれた噴水だ。


 リュウキは休みがてらその噴水にどっかりと座る。目の先では小さな子供たちが追いかけ合い、それを近くで楽しそうに談笑しながら眺めている主婦というホッコリした出来事が起きている。

 とても明るく優しい光景と、今の心境がマッチする。


「そう、俺はここで転移してきたわけだ。たった一日前なのにすげぇ懐かしく感じまうな」


 まさに右も左も分からない状態だった。それでも能天気を気取ってはなんとか食らいつき、救われ、救われ、救われてきた。

 子供たちから視界を外し、雲隠れしない青い空と太陽を見上げる。


 「だから今度は俺が救って、そんでいつかは戻るんだよな」


 そう呟き、膝を叱咤して記憶の道筋を辿りながら進みだした。移動したせいか、店自体は変化があっても、その周辺の家は変化しない。似通った光景ではあるが、魔法学院との距離的にこの付近だとも確信し、見たことのある家が数件見られたところで、リュウキの中の不鮮明だった記憶が明快になっていく。


 年季の入ったであろう、少し褪せた白塗りのシンプルな木造建築は、他の建築物と同化して目立った印象はない。元の世界のリュウキよろしく、目的がなければ一瞬で全体から埋まってしまうように見える。が、中は何やら騒々しく、それだけでこの店はほかの店と比べて人気があるということが分かった。


 「よし、着いた」


 リュウキは店の前でそう頷き、臆することなく扉を開いた。


 「いらっしゃいませー!」


 店の中は前とは比べ物にならないほど混雑していた。それぞれが自分の獲物を見つけてはカウンターまで向かっている。カウンターでは店の服?とは思えないほどバラついた服装を着込んだ男女が次々と客の対応に明け暮れていた。以前に盗難防止で客人に紛れ込ませているという話もあったし、それなりに客っぽく見せるためなのだろうか。将又、そういった概念がないのだろうか。

 とにかく、昨日はあれほど少なかった客人も、今日はバーゲンでもやっているのであろうか、活気な声が飛び交い続けていた。


 「えっと……あれ、いねぇ」


 軽く背伸びをし、カウンター周りを確認。平均より少し高い身長のリュウキは、それだけで周りよりも高い位置に目を置くことが出来る。そうして辺りを見回したが、いるのは若い男女が数名。所謂バイトだろうか。そのほかの場所にも目を凝らすが、どうやらこの階にはいない。ということは、


 「おっとっと、失礼しますね」


 間をすり抜けすり抜け、時々剣を振るう客人に恐怖を抱きながらカウンター奥まで歩く。昨日彼が言っていた言葉を思い出し、リュウキは鐘を鳴らした。


 鐘の音が鳴ると、ドタドタとあわただしく階段を降りてくる音が聞こえ、扉が開かれた。


 「はいはい、らっしゃいらっしゃい……おおお?」


 威勢の良い声が飛び出したと思ったら、その動作の直後にリュウキは目の前の男にマジマジと顔面をのぞき込まれた。


 一言で言えばとても商人とは思えない顔つき。三白眼に刈り上げツーブロックヘアー。正直間近で見るほど怖いものは無い。ヤクザとかそっち方面に精通してそうな顔の男だが、リュウキはこの男の優しさを知っているため、別段強い恐怖はない。


 「なーんかどっかであった気が……」


 そんな男――店主の言葉にリュウキは笑いながら答えた。


 「あははは、俺です。昨日色々いただいた俺ですよ」


 そこまで言って、店主はああと声を上げ手を叩く。どうやら理解してもらえたらしく、愉快そうにリュウキの両肩を掴んだ。


 「おお! 昨日の坊主。お前か!」


 どうやら本当に覚えていてくれたようだ。リュウキはこの王都での経営を営んでいる店主が、たった一日、それも数分だけの付き合いの自分を覚えてくれている望みをほんの少ししか持っていなかったが、どうやら杞憂だったようだ。


 いきなりぶっ倒れていたところを目撃されたり、二階に上がらせてもらったり、果物と水を頂いたり、地図までいただいたにも関わらずお礼を端的に述べてはすぐに別れてしまったり……。


 「あれ、俺だいぶクソ野郎じゃね?」


 冷静な分析力がこの二日で順調に磨かれてるような気がする。そんなレベルが上がった分析力の結果、リュウキの行動っぷりは奇怪そのものだった。


 「物思いにふけるのもいいが、こっちを無視しすぎんなよ?」


 頭を乱暴に掴まれ、リュウキは我に返る。我に返ったところで頭を叩かれ、それに驚いたリュウキに堪らず店主は笑い出した。


 「んで、どうしたんだ? まぁ、変な事言ったのは謝るが、その服装やら顔つきやら見るになんとか乗り切ったみたいだしな」


 なんとか、というのはきっと昨日と今日のリュウキの顔色を見ての判断だ。確かに昨日は空腹の絶頂であり、死人と遜色ない顔つきだったが、今は貴族の食事を堪能したことにより、顔は人間らしい赤みがある。

 服装についても、あのあとは執事達が手当や洗濯などをしてくれたようで、実際転移直後よりも身だしなみが整っている。


 「えぇ、おかげさまで。言われたとおりに行ったら色々ありまして」


 「そうかそうか。いやぁ、あの後は客に足止めされてよぉ。お前も早足で行っちまうもんだからな。悪かった悪かった」


 「あぁ……あーっと、うん?」


 何故だろうか。絶妙になにか話が噛み合ってないように感じる。というか確信してなにか会話がおかしい。


 さっきから変なことだの悪かっただの、リュウキの身に覚えのない発言ばかりが投げられている。そんなことを思ったことは一度もないし、むしろあの場で魔法学院という道を示してくれたのはリュウキにとって何より大きな道しるべだった。

 そのおかげで今の心構えを持つことが出来たし、生命活動の延長も出来た。はっきり言って、彼がいなければ今ここにリュウキはいない。


 「いやいやいや? 店主さんのおかげで助かったわけですし、こうして魔法学院に入学できたんですし……」


 そこまで言って、リュウキは店主の表情が変わったことに気づいた。

 驚きに目を見開く姿は、リュウキに困惑しか与えない。


 「……どうしたんですか」


 「い、いやいやいや。あー、その、なんだ。ちゃんと入学出来たんだなって思ってな」


 「それどういう意味ですか!?」


 小馬鹿にされたように感じ、堪らずリュウキは憤慨する。再開したというのに扱いが全く変わらない。というか、前よりもひどくなっている。腕を組んでへそを曲げてしまったリュウキに、店主は柄にもなく素直に謝った。


 「お、おお。悪い悪い。ちっとばかし勘違いしてたんだよ」


 「確かに金もなかったし居場所もなかったし、てかもはやあるものの方が少ない状態でしたけど、方向感覚くらいはありますから!」


 この店に来る前に、城の中で迷ったことを店主が知らないため、リュウキは存分に攻めていく。調子半分本気半分のリュウキの態度にも、店主は表情を変えずに考えているようだ。


 「あー、もう分かりました。ここで買わせてもらうんで、ちょっとどれがいいのか教えてくださいね」


 「お、おお。すまんな」


 少し居心地が悪くなり、リュウキは自分から会話を断念。回れ右して一階へ降りることにした。

 そんな配慮に店主は気づいたのか。やはり柄にもない対応をするばかりで、リュウキにとってそれは不思議で仕方がなかった。


 「そうなのか……」


 その翳りに憂う表情を、階段を降りていったリュウキはおろか、本人ですら気づくことは無かった。


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