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龍の魔道士  作者: 蓮ノ葉
第二章 魔道士と魔導書
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第六話 『知識欲』

 ――それから。


 この場にいるのは二人だけしかいない。太陽が南の空へ上がっていき、室内が照らされる頃、その密かな話し合いは、似つかわしくないほど暗く落ちていた。


 ここは執務室。長椅子とテーブル、執務用の机に椅子。そして数冊の文献と、なんとも質素な造りをしている。


「……君が見た感じ、どうかな?」


 そう言うのは、椅子にも座らず、立ったままでいる国王だ。机の上の文献に軽く手を触れさせ、神妙な顔つきで目の前の人物に目を向ける。


「そう……ですね。彼は、良くも悪くもとても素直です。嘘をつこうとしていますが、大抵は正直者のままです……ですから、本当に彼が今後……」


「うん。だからだよ。今の彼の処遇はとても不安定だ。言い方は悪いけど、今のうちに鎖に繋ぎとめておかないと、彼がどうなるかは分からない」


 言葉尻に詰まったリッケルの言葉をすくい上げるように、国王は辛辣な言葉を放つ。そのまま国王は遠く、窓の向こうに目を向けた。朝方の空は、夕暮れの太陽に引けを取らないほど美しく、今のような澱んだ話しかできない彼らとは大違いだ。


「――場合によっては、彼と敵対して殺すことになるかもしれないから」


 声色の調子は、変わらない。それが逆に彼の人となりを表しているようで、リッケルは表情を固くした。


「そうならないために、今のうちに保険を掛けておく……と」


「うん。疑っているようだけど、幸いなことに敵対関係になるつもりもなさそうだからね。今は情報集めにお熱と言ったところかな。できるだけ助力してあげよう」


「分かりました……それで、国王様。内通者の方は……?」


 リッケルは己を恥じるように、そう言う。彼は立派な執事長であるが、あまり政治云々や、敵国との関係性については勉強の身だ。それを、国王に聞いてしまう自分の教養の無さが歯がゆい。


「うん。内通者はいる。リュウキ君が生きていることが、その理由だろう。しかし、誰かはわからないね。全くどうして、なかなか慎重なお方のようだ」


「そうです……か」


 内通者の存在はだんだんと浮き彫りになってきているが、それを知っているのは、その対処を行う人物達だけだ。

 民に不安が広がる前に、早いうちに摘んでおかなければならない。


「……嫌な大人になったものだよね。昔はあんなに、周りにも目をくれず走り続けていられたのに。大人になれば、それは間違いだって気づいてしまった」


「……」


 何も、答えることは出来ない。何故なら、リッケルはそれを二番目によく知っているからだ。


「だから、戦争なんて起こさせないし、彼らには、明るい未来に目を向けてもらうさ。ついてきて、くれるよね?」


「――ええ。あなたに仕えた日から、私の身はあなたに捧げると誓いましたから」


 微かな笑みと共に、彼らの密会は終わった。

 しかし、その目に映る翳りが、消えることは決してなかった。


 ―――――――


 その後、国王は内政でのことで部下達と共に自室にこもることとなり、ソフィアも勉強ということでこもってしまった。


 一人大量の食材を消費していたリュウキ。胃に収まりきらないくらいに詰め込み、時々吐きそうになっては自室に戻っていた。

 広い室内。その中で誰とも合わず一人。ゲームもない。つまりは、


「……暇だ!」


 大の字になってベッドに飛び込む。予想以上のやわらかさで全身が吸い込まれ、リュウキはおおっ、と驚きながらもその柔らかさを堪能する。


 リュウキの家のベッドもそれなりの柔らかさを誇るが、さすが王族貴族のベッド。柔らかさが段違いだ。南向きの部屋という功労あってか、お日様の香りがベッドから漂う。


 しばらくそこで顔を埋めてリュウキは顔を上げる。足に力を入れてベッドから飛び降り、体を伸ばして腰に手を当てた。


「このまんま学校に通いつつグータラ生活ってのもありだけど、やっぱ俺は会いてぇからなぁ……」


 異世界で新たに生活をリセットし、一から歩み出すのも一つの手であろう。むしろ、そちらの方が明るい未来かもしれない。


「泊まりなんかじゃねぇんだ。一人暮らしでもねぇんだ。二度と……会えないかもしれないんだ」


 大切な家族の存在が頭の中でうねり、リュウキは目を伏せる。

 まだ一日しか経っていないため、しっかりとした実感はないが、それでもここは元の世界の別の世界なのだ。


「あのまんま終われるわけ……ねぇよな」


 なんにも知らないリュウキ。しかし、それは裏を取ればこれからなんにでも知ることが出来るということだ。

 これから先の行動しだいでは、いくらでも可能性は広がる。


「そうとなったら行動あるのみ! とりあえず……まずは城の大きさとか場所を知らねぇとな」


 今度は送られていた靴をしっかりと履き、リュウキはドアに手をかける。道は右にも左にも先が見えないほど広がっており、二度目でもこの景色は慣れそうにない。とりあえず壁伝いに歩けば迷路は攻略できるという情報の元、右から進むこととした。


 そんな所で、


「あ……ど、ども」


「おや、リュウキ様。どちらまで?」


 曲がって少し歩いた先、出会ったのは栗色の髪を肩先で整えたメイドさんだ。

 その場のノリで何とかやっていけていたリュウキでも、年上のお姉さん、となるといまだに緊張はする。


「えと、ま、まだ場所とかわかんないからそこら辺をトコトコ……」


「なるほど。よかったらご案内いたしましょうか? とても広いので、迷ってしまうかも知れませんから」


 営業スマイルか、本心からのスマイルか、多分後者であろう。しっかりと上がった口角にくしゃっとした笑顔がとても可愛らしく、リュウキの緊張はピークに達する。

 リュウキの女性との会話はこちらの世界ではソフィアとフォルクが主だ。ソフィアにはすでに慣れ始め、フォルクは教師ということで別枠のように話せる。

 しかし、こう言った人との会話は初だ。故に、


「いやいやいやいや! 初日から迷惑なんてかけられませんし。あ、ちょっと色々あるんで先行きますね!」


「え、あのリュウキ様!?」


 後ろ向きにゆっくりと、しかし徐々に秒間の歩数を増やし、半回転して走り出した。後ろからかけられる驚きの声には、応じない。


 ーーうおおおおおおおやばいやばいやばいやばい!


 これまでも幾度となく奇っ怪な行動を引き起こしていたリュウキだが、今回もまた一段と奇っ怪な行動をとってしまった。


 同じ屋根の下で暮らす、かは定かではないにせよ、これから幾度となく会うであろう美少女に頭のイカれた人間認定されたと考えれば、いくら変人なリュウキでも心にくる。


 ーーやばいやばいマジでやばい!


 それでもリュウキの足を動かすこの動力源はなんだ。次々と顔を変える絵画など眼中にもせず、リュウキは階段のところまで走る。

 下は玉座の一室。そこには多くの人たちがいると考えリュウキは上へ走る。


 量のある階段を登り上がり、息が上がった状態でリュウキは目の当たりにする。


「なんっ……だこれ……」


 先程の廊下も充分広かったがこれは規模が違う。部屋部屋の面積をぶち抜いて、一つの部屋となったのがこの場所だ。床と天井に直結した白と黒の石柱が幾重にも等間隔で並び、この部屋の中心奥には扉が、そしてそれにくっつくかのように二つの大きな階段がある。


 足元に広がっていた赤い絨毯は、白と金で彩られた床タイルを下敷きに直線に進み、その大階段を繋ぐように直角に曲がっていた。


 ーーRPG風の内装がそこにはあった。


「お、お、おおおおおおおおおおおお!? やべぇやべぇやべぇ‼︎」


 ゲーマーとして、こんな景色でテンションが上がらないわけがない。


 隅々にまで掃除が行き届いているからか、光り輝く床や壁は否が応でもリュウキのテンションを上げる。シンプルではあるが、それでも豪華だとわかるのは一体どういった造りをしたためだろうか。


 大掛かりなBGMが聞こえてくるような広間を見回すように歩き、光射す窓際にもたれかかる。全体が見舞わせる位置に来たが、やはりここもバランスのとれたシンメトリーな広間だ。


「いやぁ……でも大抵この上の階だったり奥の扉はなんかの重大イベントがあるわけで……」


 RPGをやった人ならわかるかもしれないが、こういった大階段を登った先か、大階段の間は物語での重要なイベントが起こる場所なのだ。とリュウキは勝手に思っている。


 ーーそれに、なんか今奥に行ったら嫌な目にあう気がする。そんな予感がする。


「つーわけで回れ右してとっとと部屋に戻ろう」


 右足のかかとを地にしっかりとつけ、それに重心をかけてコンパスのように回転。階段を降りていく。


 降りてみたらメイドさんはいなくなっているようなので一安心。ココでばったり鉢合わせたようなら気まずさでリュウキはゲロるだろう。


「さて……と」


 自室のドアを開け、リュウキはベッドとは対象側にある机に向かう。木で作られた椅子と机がいかにも客人用らしい。城の一室がこんな簡易的でどうすると思うが、居候させてもらっている身がそんなこと言ったら即首チョンパだ。


 ギシリ、と鈍い音を鳴らして椅子に座る。机の上にあるのは羽根ペンや何枚かに分かれた紙だ。リッケルが紙を広げていた時にも同様に思ったが、この世界では見た目が中世ヨーロッパ風なだけであり、技術面ではそれより先に進んでいるのかもしれない。


 中世ヨーロッパでの紙といえば言わずもがな、羊皮紙だ。中国から伝わった紙の方が安いため近代になってから紙が主流になったらしいが……。


「まぁこの世界に中国がある訳じゃないしな」


 もしかすれば逆に中国に似た国があって、そことの貿易によって紙を貰っているのかもしれない。

 羊皮紙が使われた理由は長持ちだったからだの、降水量が少ないからだのも何かと聞いたことはあるし、そういったことを含めてのちのち書庫にでも立ち寄ってみようとリュウキは思った。


「さて、色々整理しないとな」


 羽根ペンを走らせる。謎を整理するということで右端に「what」とだけ書く。これは単なるお遊びであり、リュウキがただ英単語を書きたかっただけだ。


 第一に考えることは元の世界への帰り方なのだが、他にも数多くの謎が残されているので一点には定まらない。


 が、ここは元の世界とこの世界について考えてみよう。

 まず、リュウキが異世界に飛ばされた理由。ここは全くわからない。召喚者もいないのでその情報源は皆無だ。


「なら召喚者は元々いない……。いや、そんなのおかしいよな。可能性があるとしたら召喚者に事情があって俺とは出会えなかった……」


「出会えない理由」とだけ紙に書いてそれを何重にも円で囲む。そして矢印を書き、


「ならその理由はなんだ……その問題は俺か? それとも召喚者?」


 リュウキに問題があるとしたらあれしか考えつかない。


「龍属性の……魔法」


 フォルクに言われたあの言葉。リッケルにもそれとなく真偽を確かめられたことから、なにか重要なことなのだというのは安易に予想がつく。しかし、


「それが何なのか……分からねぇ……」


 龍属性の魔法について、それこそ書庫にでも行って調べればいいのだが、書庫の場所がわからなければ龍属性の秘密を知って自身の状況を確認するのも怖い。


「これも後回し……と。なんだよ進歩がねぇな……」


 がしがしと頭をかきむしり、ボサついた髪をそのままにしてリュウキは悶々とする。


 与えられた情報が少なすぎる。というのもこの世界で二日しか経ってないので致し方ないのだが。

 次に進めようと思ったがここであることを振り返る。


「そもそも召喚って魔法なのか……?」


 そう、盲点ではあるが重要なことだ。仮に魔法だとしても、世界を行き来するような魔法は大魔法と言っても過言ではない。

 しかし、そんな魔法を使える凄腕魔道士が何故にリュウキを呼び出したのか、それすら分からない。

 それは後回しにするとして、もう一つの可能性。それは、


「福音……」


 伝聞の福音だけでもその恩恵は絶大なものであった。仮に召喚などという福音があっても何ら不思議ではないし、その方が考えとしては現実的だ。


 龍との戦いの場に行く時も移動魔法を使われていたが、それは距離的な問題だ。この問題は次元と次元という、大きな差がある。


「ただやっぱりどうして俺を召喚したかだよな」


 その気になれば世界的な人間を呼び出すことも出来たはずなのに。まさかランダム方式で召喚されて、たまたまリュウキが当選したのだろうか。


「……ダメだ! やっぱりまだ情報がすくねぇ!」


 ペンを置き、リュウキは椅子に体重を預ける。ギシリと少し大きな音を立てた椅子に軽く驚きながら、天井を仰いだ。


 やっぱり後ででもいいから書庫的なとこに向かうべきだろうか。


 ーーなんでもいい、この国の事情。将又昔話。福音や転移的な魔法。もはや魔法の基礎でもいい。知識が欲しくてたまらない。


「けれどなんにも手付かず状態の俺には無理難題なのでした、と」


 そう言って伸びをしていると、ノック音が聞こえてきた。誰だろうか。執事か、メイドさんか。

 念のため、書いていた文字をペンでグリグリとかき消しておく。


「どうぞー」


「やあ、失礼するよ」


 返答を聞いたと同時にドアを開け、顔を覗かせたのはまさかの国王だった。


「いやぁ、驚いた顔をしてるね」


「いや……だって職務があるとかなんとかで……」


 そこまで言って国王はああ、と言い、


「もう終わらせたよ。残りは部下に任せても大丈夫だったから、ちょっと君の様子を見に来たわけさ」


「ご好意有難く頂戴致します。それで? なんか目的は別のなんでしょう?」


 会って数時間の間柄ではあるが、なんとなく裏があるのは見て取れた。そんなリュウキの言動に国王は嬉しそうに、


「おや、そんなふうに私の事をよく知ってもらえるなんて嬉しいねぇ」


 悪びれもなく、かと言って不快な顔を示さず、むしろ笑いながらそういうのであった。


「よくわかんないっすけど理由があるなら早めに。こっちも色々考えたりしてたんで」


「おやおやこれは失礼。なら簡単に言うね」


 そこでうん、と一つ咳払いをし、


「君、城下町でどっか行きたいところないかな?」


 そう示してくれたのだった。

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