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龍の魔道士  作者: 蓮ノ葉
第一章 異世界召喚一日目の激動
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第二話 『武器屋での一時』

「ーーどうしたって聞いてんだが?」


「あっ、ひゃい!」


 声の調子が低くなったことに気づき、リュウキは裏声混じりの声を上げる。

 ドスの聞いた声だ。一瞬でリュウキは縮こまり、生まれたての子鹿のように足を震わせる。顔も見ることが出来ず、暖かなアスファルトに目を注ぐばかりだ。


「なんだ、聞こえてんのか。んで、店の前で何倒れ込んでんだ?」


 声の調子が戻ったようなのでリュウキはゆっくりとそちらに首を向ける。


 筋骨隆々ーーとまではいかないが、多少の武術は嗜んでいるような筋肉質な体つき。だが、目付きの悪さが一品級であり、それが余計この男の印象を悪くさせている。さらには襟足が刈り上げられ、こめかみもツーブロック。短髪を整えた黄色の髪。悪印象しかない。太陽光とシンクロし、表情まで見えないのがせめてもの救いか。


 また、持っているものも厳つい。彼は手に長物の剣を携えている。百年戦争にも使用されていたロングソードのようなその剣が、怪しく彼の片手の前で煌めき、それによってリュウキの鳥肌がマックスで立ち上がる。


「い、いやえっと……腹減ってて……」


「スグそこに飯にありつけるとこたくさんあんじゃねぇか」


 そう言ってさっき来た道の方を指さす男。しかし、既にそちらには足を運んでいるので、リュウキは事情を端的に説明する。


 見ず知らずの男に自分の現状をべらべら喋るほど頭が回っていないわけでもない。ここで応えるべきは、


「実は俺文無しなんですわ……」


 簡潔かつ呆れられおざなりにされるであろう言葉。その言葉をスタートに、男が間抜け面を晒す。


 さて、何言ってんだこいつと呆れられるか、それとも商売の邪魔だと怒られるか、将又別の感情が爆発するのだろうか。

 どれにせよ、リュウキへの侮蔑と嘲弄の言葉は避けられないだろう。


 しかし、男は何やら神妙な顔つきになったと思えば、


「ぶっはははは!! こんなところに金なしでくるたぁ大したもんだ!」


 崩壊し、一気に笑い出した。厳つい表情が一転、豪快に笑うその姿にリュウキは口をあんぐりと開ける。

 こちらとしては笑えないのだが、もはやつっこむ気力も出ないので愛想笑いするしかない。


「あー、んじゃ俺はこの辺で」


「いや、ちょい待てよ」


 関わりたくない衝動に駆られ、まっすぐ奥へ歩こうとするのを男に止められる。肩をがっちりと掴まれては外すことも出来ないので、仕方なく向き直ることにした。


「こんな商店だらけの場所で金なしなんて面白いことするなんてな。気に入った。うちの店に入れ。ちょっとしたもんならあるからよ」


「はい?」


 もう一度漏れてしまった間抜けな声。しかし、その声に対して返された言葉は、


「おい、早く来ねぇと飯にありつけねぇぞ」


 リュウキが一番望むものをくれると提示してきたのだ。

 いきなり笑いだし、しかも見ず知らずの男からの提案。怪しい大人にはついて行ってはいけませんという言葉を耳にタコができるほど聞いているリュウキにとってこの提案は怪しさ満点だ。

 だからこそ、そんな言葉にもちろんリュウキは、


「ついて行きますついて行きます!」


 ーー彼について行こう、とリュウキは従順な犬のように判断した。


 思い立ったが即行動。力の入らなかった足腰に力が入り、男の後ろを付いていき、すぐ側にあった店内に入ることとなった。


「ーーーー」


 木造の扉が開かれ、中から漂うのは独特の木と金属の匂いだ。


 中には冒険者なのだろうか。コスプレ大会のように様々な服装に身を包む男女が自身の将来の相棒を選んでいた。


 目の先にあるのは大きめのカウンター。その後ろにも剣やら盾やら杖などがある。

 刀剣の類は綺麗に立て並べられており、また、壁にもかけられている。いくらか売れたのか、ポツポツと綺麗な白い壁が剥き出しに見えていることから、この店は意外と繁盛しているのだろう。


 白塗りの木造建築がこの武器屋の特徴だった。木の椅子などがあることからもそれを推測できる。


 さらにカウンターの奥にはドアがあり、なるほどあの奥がこの店を経営する人の部屋なんだろうと勝手に納得。腹が減っていたリュウキに倉庫だという可能性は微塵も考えられていない。実際、正解だったのでなんとも言えないが。


 また、明かりは少なく、窓から漏れ出す陽光だけが頼りと言っても過言ではない。しかし、その窓の量は多く、全体的に一貫して光は照らされているのが救いだ。


 これが夜になればどうなるのだろうか。手探り状態に陥ってしまうような暗闇に包まれるのだろうか。


「電球も何も無いし、冬とか夜が暗すぎて辛いだろここ……」


「いや、鉱石や油なら沢山あるから、明かりにゃ困らねぇよ。節約だ節約」


 ぼやいたリュウキの言葉に男は答える。明かりの節約は良いことだが、流石に明かりがつかないほどというのはどうだろうかとも思うが、この世界の文明レベルで考えれば妥当でもあるとリュウキはひとりでに納得する。


「おし、奥入れ。水とパンくらいならあるだろう」


 手に持っていた剣を壁にかけ、手を払ってはリュウキの背を押してくる。

 ここにいる人とは顔馴染みなのか、彼を目にしては顔を明るくさせ、手を振る人がたくさんだ。


「なんかそこはかとなくすごい人の香りが……」


「あん? あー、まぁ一応ここの店主やってるしな」


「店主!?」


 首だけを限界までねじ曲げるように男ーー店主の方を向く。頭の悪い行動をしたせいで首に鋭い痛みが生じ、それに呻いてリュウキはうずくまる。


「おいおいおい、大丈夫か? ちなみに俺は店主だ。そこは分かったか?」


「あ、はい大丈夫です。中に入りますか」


 店主だという確認は取れたが、それを代償にいきなり叫んで首を抑える奇妙な光景を他の店に来た客に完全に見られてしまった。

 幸い傍迷惑な男という評価は食らったが、嘲笑されてはいないようだ。ここはそそくさと逃げるに限る。


「おい坊主。これ言っちゃあれだが、ここにいる奴は今のことそんなに気にしてないからよ」


「俺が一番気にしてるんですよ!」


 さりげないフォローのつもりが返ってリュウキの心を抉りとる。

 羞恥に顔を抑えつつ、歩幅を緩めることは一切無い。そんな態度に店主も気の毒に思ったのか、それ以上は何も言わずに歩幅を合わせてくれた。


「ほら、まぁ中入ってなんか食え」


 乱暴に手で髪を振り乱され、一回背中を叩かれてからドア越しの部屋に入る。

 と思えば、


「階段……?」


「当たり前だろ。んなバカでかい敷地得れるほど俺も稼いでねぇんでな」


 自嘲気味に笑い、ついてこいと手招きして店主は先に上がる。急な曲がり角がある階段にギシギシと軋む音が周期的に鳴り、リュウキもあとからついて言ったことでビートのへったくれもない音が階段内に響いた。


「おおお、下が広いから上も広いもんだな」


 中は武器屋と同様に木製造りだ。

 広さも大体武器屋と同等。しかし、置かれているものが武具ではなく生活品が多いためか視覚的には狭く感じてしまう。


「適当にそこに座ってな。果物と水とかでいいか?」


「あ、それはもう貰えるのならなんでも……」


 すぐ側にあるテーブルと椅子を指さされ、リュウキは言われたとおりに席に座る。少し経てば店主は器用に水や皿にのせた果物を持っており、それがテーブルに勢いよく置かれた。


「お粗末なもんだが、まぁ食えよ。一応この地域で取れた分を買ったもんだ。俺は結構好みの味だぜ?」


 採れたて新鮮フレッシュとも言える程瑞々しい輝きを放つ果物。獲物を狙った肉食獣を止められる術はもはやない。


「いただきまーす!」


 言葉を言い終わる前にリュウキは果物を鷲掴みにしていた。口内に水分と甘みがいっぺんに広がり、口の中で爆発を起こす。

 爆発は脳に直接届き、思考回路を停止させ、この果物を食べることだけに集中させた。


「よっぽど腹減ってたんだなぁ」


 豪快に笑う店主の言葉でリュウキは意識を呼び覚ます。


「あ、すみません……がっついちゃって」


「いいさいいさ。そんなにうまそうに食ってもらえるんだしな」


 もう一度背をばしばしと叩かれてはリュウキも口元をほころばせるしかない。

 気前のいい店主に感謝しながら水を口に運びーー


「そういや店主さん。店の方は大丈夫なんですか?」


 水で喉を潤し、リュウキは疑問を発する。先程見た限り、そしてこの場を見た限りでも店主には奥さんや子供がいる気配はない。かといって店員がいるかと思えばカウンターには誰もいなかった。

 これでは盗難被害にあってもおかしくないだろう。


「あー、そりゃ大丈夫だ」


「いや、大丈夫も何も防犯カメラもなかったらこう……金属探知機的なので店からモノ盗んで逃げよーとしたらビービー鳴る的なのもないじゃないですか」


 うまく言葉を選べないリュウキは身振り手振りで心配を伝える。そんなリュウキに店主は不思議そうな顔をして、


「ぼーはんかめらってのはわかんねぇし、金属探知機なら杖とかは盗まれ放題だよな。ビービーなったらご近所さんに迷惑だし」


「いやそれは……」


 一つ一つ丁寧にダメ出しをされてリュウキは返答できなくなる。確かにそうなのだが、何故こうも悠長な態度を取れているのだろうか。

 オロオロとしていたリュウキに店主は口を三日月にする。


「優しいな、お前。いきなり出会った店主の店についてあれこれ心配するなんてよ」


「いや、それなら店主さんだって出会ったばかりの俺に果物をくれたじゃないですか」


 店主の言葉にツッコミを入れると、これまた店主は豪快に笑い飛ばす。


「くははっ。それもそうか。なんだ、存外俺も人の事言えないみてぇだな」


 店主は左足のくるぶし当たりが右足の太ももに当たるようになっていた足をパシッと叩く。

 そしてテーブルの上に肘を起き、その手に顔を思い切り乗せた。


「んで、さっきの答えをいうとだ。実はあの客の中にうちで働いてるやつを紛れ込ませてんだ。まぁ、あんなバカでかいもんとか危なっかしいもの盗もうとするやつのが頭はおかしいから大して心配はないがな。それに、カウンター越しだと盗まれたかどうかわかんねぇよ」


「それじゃあ売る時とかは……」


「そこに小さい鐘があんだろ? あれが下に繋がってて買うときに鳴らすように頼んでんだよ」


 指さすのはリュウキの後ろ側。なるほど。曲がりに曲がったせいで分からなかったが、この真下がカウンター側であり、リュウキ達の入っていったドア側なのだと納得する。確かにあの広さなら奥にあるカウンターから盗みを判断することは出来ないだろう。それならば近くに、そして客に紛れ込ませれば何食わぬ顔で近づける。何度も通う客になら顔バレしてしまう可能性もあるが、そもそも何度も買いに来てる常連客が盗みを働くとは考え難い。


「それでも……絶対安全じゃないですよね」


 危惧は絶対だ。この世界の犯罪普及率は分からないが、リュウキのいた世界程の犯罪抑制力があっても、その「犯罪」という二文字が形を潜めたことは無い。


「なるほどな……そうなったらか……」


 思案し、瞑目する店主。そこまでは考えてなかった、とでも言うのだろうか。結果、彼の返答は、


「まぁ、そん時はそん時だな!」


 豪快に笑い飛ばすことであった。威勢のあっていい事だが、それで本当にいいのだろうか。そうリュウキは考え込む。リュウキの現代人としての悪い癖が出ているからなのかもしれないが、それでも危険性はあるのではないだろうか。


「まぁそれはこっちもあっちも同じか」


 リュウキのもはや通うレベルであったコンビニだって盗難はあったはずだ。完璧な防犯はできないと答えをくくってリュウキは質問をやめる。


「そんじゃ、次はこっちの質問に答えてもらおうかな」


「へ?」


 くつろぐ間もなく、店主の悪い笑みを見て、リュウキは顔をひきつらせることとなった。

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