第五話 『苦い交渉』
「いやぁ、素晴らしい食べっぷりだ。見ているこっちが胃もたれしそうだよ」
口に手を当てて吐きそうな真似をする国王を他所に、リュウキは目の前のモノに夢中になっていた。
「いやだって……んぐんぐ……こんなうま……あ、この肉やべぇ柔らかすぎ、A5ランクかな、食ったことないけど……飯があるとか……さすが国王が食べる飯って感じで……果物もあんのか!?」
「食べるか喋るかにしようね。でも、そんなに食べてもらえたら作った者達も喜ぶだろうねぇ」
痛快そうに笑う国王に、羞恥心を煽られ、リュウキは言い訳がましく理由を告げる。
「昨日の朝に店主さんから貰った果物以外なんにも食ってないことに気づいたんですよ。気絶してたからあんま体感的にはわかんないですけど」
「なるほど。朝食に果物だけ。それはお腹が空くのも当然だね。どんどん配膳されるから、食べてってね」
鼻腔を突き刺す鋭い匂いと刺激的な味が舌を貫く。肉についていた煌びやかに光るソースを頬につけ、配膳された果物の入った皿を自分の方へと向けては次の食べ物を見つけに行く。
今は場所を変え、食堂で食事の真っ最中だ。
広い食堂の中心にあるのは、白いクロスが全体に行き届いた大きなテーブルで、その上には貴族様様の豪勢な食べ物が縦並んでいる。リュウキの座る席の後ろには、広く解放的な窓があり、先程そちらから景色を眺めようとしたが、見えた景色は一面城の庭だった。
朝食ーーにしては豪勢すぎる料理には、大量のサラダやパン、肉にスープなどがのっていた。
それを丁寧に口に運ぶのは二人。米をかきこむように次々と胃袋に詰めるのは一人だ。
つまり、座っているのは国王とソフィアとリュウキだけ。
上座に国王が座り、向かい合うように下座に座るのがリュウキとソフィアだ。
どうやらリッケルはかなり前に食事を済ませていたらしく、これから剣の稽古を騎士達に教えに行くと言っていた。
「そう考えるとほんとあの人万能人なんだな……変人なのに」
「あれでもリッケルさんは元魔法騎士団騎士部隊の副団長だったのよ。訳あって辞めちゃったみたいで、そこをお父様が執事として導いた、と聞いたわ」
礼儀正しく肉にナイフを入れるソフィアがそう言う。背筋も質されており、優雅さも気品の欠片もない万年猫背のリュウキにとってはそれが見違えるように美しく見えた。
時々ソフィアにマナーを注意されたのは言うまでもない。
「副団長……んなすげぇのにどうして辞めたんだろうな。それに執事になるって。国王の命令だから仕方なく、とか?」
「その国王がいる場でよくそんな堂々とした質問ができるね。でも気に入ったから答えよう。それが彼のためになると思ったからだよ」
口を拭き、ウインクして答えられる。彼のため、となると昔リッケルは何かをしてしまったのだろうか。
「これ以上は彼に失礼だからね。詮索せず、どんどん食べなよ」
考え込んでいたリュウキに先手で釘を刺され、温かなスープに目を向けられる。大人しく引き下がり、今度はスープにターゲットロックをかけた。
これは例に習ってマナーモードに移行するべきか。
というものの、スープは音をたてないのは前提として、イギリス式だかなんだかで手前から奥にか、奥から手前にかですくい方が違うと見たのだ。最終的にはどちらでもいいようだが、果たしてこの世界でのマナーはどう言ったものなのだろうか。
それにスープの残り量が少なくなった場合、それは飲まない方がいいとも見たことがある。
「……今更どっちでもいいか」
紳士らしさの「し」の字もないリュウキにはこんなこと無意味だ。せっかくの久々の料理を存分に堪能することにする。
「礼節も大事だけど、それ以前に食事を楽しめるかどうか、だな。それにせっかく新しいヤツらと食えるんだし、ここは楽しむに限る」
そんなリュウキの戒めのような独り言に国王が感嘆の声を上げて反応する。
「確かに君の言う通りだね。食事を楽しむという行為は消費者にも生産者にも喜びが生まれる。君の言う通り、存分に楽しもうではないか」
「おお、分かってくれるんすか。いやぁ、ガキの頃は礼儀作法をしっかりしろと先生に散々言われてたからなぁ。結局治んなかったんですけども」
「まぁ、礼節も当然のことだから身につけないとダメだね」
「ですよねー」
苦笑いをしてスープを飲む。温かみが身体中を癒し、舌が濡れる感覚が実に極上だ。
ここの料理は本当に美味しい。ゲテモノ料理が出てきたらどうしようかと苦悶していたものだが、それは杞憂だった。そのため、マイナス思考で始まった朝食は予想をはるかに超えてプラス思考に回っている。
「そういや今日は学校って?」
「今日は休みみたい。ほら、昨日のこともあって先生達が調査するの。学校は明日からよ」
「なるほどなぁ。あそこ色々ぶっ壊れてたし、治んのに時間かかるのかな……って治る繋がりで思ったんだけど俺の身体頑丈すぎね? 全く筋肉痛になってないんだけど」
軽く身体の骨を鳴らし、調子を探るリュウキ。引きこもり男が死ぬ気で走ったはずなのに疲れは全くない。半日ほど眠っていたからかもしれないが、それでも痛みを感じないのは不思議だ。
「そりゃあ回復魔法を至る所に当てたからね。むしろ普段より元気なんじゃないかな」
その言葉にリュウキはなるほどと納得する。確かに気絶させられた理由自体も回復魔法であるし、よくよく見れば火傷した部分や血を流した部分は綺麗に傷が塞がっていた。
「うっわ。やべぇ本当に綺麗になってる。若干薄ーく線は残ってるけど。というか、あんなに血を出したりしてたのか俺。アドレナリンドバドバ出てたのかな」
外に出るとしても週三ペースで近場のコンビニ系引きこもりのリュウキにとって、怪我をして血を流すことはめったになかった。それなのに昨日は大量に血を流しては火傷も負っていたのだ。
「うわ、考えただけで痛くなってきた……」
「え、もう一回回復魔法かけといた方がいいのかな」
リュウキの独り言に驚き、ソフィアが席を立ってリュウキの元へ駆け寄ろうとする。が、痛いと言っても精神的な問題であるし、ソフィアとリュウキは対極の位置にいる。馬鹿でかいテーブルをわざわざ回ってもらうように手を煩わせるのは、リュウキの男の子なプライドが許さないので大丈夫だと返事して席に座らせる。
「痛いってのも本当に痛いわけじゃねぇよ。ほら、この通りピンピンしてる」
「そうなの? ならよかったわ。本当に痛くなったら言ってね?」
腕をぐるぐる回し、笑顔を見せるリュウキ。その姿にほっと胸をなでおろしたソフィアはリュウキの言葉を信じ、食事に戻った。
彼女の優しさをしっかり感じて、リュウキは話のオリを変える。
「さ、せっかくこんな時なんだし、今から色々質問してもよろしいですかい?」
「ふむ、そうだね。私もこれから職務があるし、今くらいしか君と友好的な時間は作れそうにない。ドンと来たまえ」
拳で胸を叩き、質問を促してくれたことに心の中で感謝し、リュウキは質問をぶつけていく。
「そいじゃお言葉に甘えて。魔法騎士団ってのがある理由を教えてください。いや、自国を守るためみたいな感じもするけどこの国の領土がわかんねぇし他国がいくつあんのかもわからない現状、なんとも言えないんですよね。もしかしたら鎖国状態なのかもしれないし」
「ふむふむ、そうだね。いつかは入ってもらうと約束した以上、その質問には答えなければ」
半円を描いた笑みをより一層深くし、国王は質問に答える。
「魔法騎士団は君の言うとおり、自国を守るのが主な理由だ。この近辺にはモンスターが生息していてね。モンスターが国民に被害を及ぼさないようにと防戦を貼るのが一般的な理由だ」
他にも、と言葉を次々と続ける。
しかし、国王の目が細められたのを感じ、リュウキは次の話が重要なことを悟る。
「ここ数ヶ月で不穏な動きを見せる団体が現れてね。彼らの素性は一切不明。分かることとしては、凶悪かつ強敵だったということ。底知れぬ魔力や剣の腕は、魔道士や聖騎士と勝るとも劣らない」
ゾッとする話にリュウキは唾を飲み込む。冷や汗がこめかみを通り抜けたことも感じ、それを悟られないよう拳を強く握った。
「一切詳細不明の謎の団体……でも、足取りは掴めてたり?」
「ああ、国同士で色々と伝達されあっててね。しかし、このことはかなりの極秘でね。国民を混乱に貶めないようにしたり、または内通者がいるかもしれないということから深くは広めていない。それを深く知っているものは一国の王や魔法騎士団達、引いては魔導師に聖騎士達さ」
その言葉をよく頭で噛み砕き、吟味する。が、そこでリュウキの中で警戒心が渦巻いた。
今の発言、ソフィアは大して驚いた事もない様子から周知の事実なのだろうが、リュウキは完全に部外者だ。更にはリュウキの国籍や素性は一切不明。むしろリュウキを怪しい団体の一味として捉えられてもおかしくない。
そこまで考えつき、リュウキは少しだけ足に力を入れる。
「ああ、安心していいよ。君のことは信頼してる。それは、さっき言ったばかりだよね?」
ウインクをされ、リュウキはその対応にほっと胸をなでおろす。
が、
「つまりは信頼に足りえなければ即刻打首……プラス内容的に俺は知ってる身として魔法騎士団に嫌でも入らなきゃいけないってわけか」
「せっかく話をうまく隠してあげたのに、そんなに簡単に暴かれちゃったらなぁ」
笑う国王だが、リュウキにしては笑えない。隠してくれたその温情はありがたいが、下手すれば一瞬で打首だ。ギャンブル的展開はリュウキのもつ力だけで十分だろう。これ以上は欲しくもない。
「ご、ごめんね……本当は疑いたくないんだけど……」
そう言って目線をそらすソフィア。リュウキに不満を抱かせないようにという配慮を感じ取り、それに有難く心の中でお礼を言う。
「心配しなくても大丈夫さ。それに、むしろそっちの方がいいし妥当な判断だ。何も俺に対しての対抗策を打たなかったら俺自身何するかわかんないしな」
頬を掻き、自身の行いの悪い点が立て並ぶのを素直に認める。それが結果的にいい方向に繋がるか、悪い方向に繋がるかはリュウキにも定かではない。ならば当人ではない国王に推測させるなんて無理も無理だ。
お互い予想の範疇を出ない身。疑りあって、疑りあった末に笑って信頼出来る間柄になればいい。
「うん、そう言ってもらえて嬉しいよ。さぁ、食事に戻ろうかな」
話しをまとめあげ、国王はスープに手をつけ始める。リュウキも特に何も言うことがなくなったので大人しくそれに従った。
口に広がるスープの味は、少しだけ不鮮明に感じた。




