第四話 『甘い交渉』
異世界召喚二日目にして、多大なイベントが起こったのは今でも衝撃的だ。
異世界にたった一人で迷い込んだところを、店主に助けてもらい、金髪美少女に助けてもらい、そして異世界の憧れ、ドラゴンと遭遇。そのまま無様に倒れたと思ったら今度は王城の中。
これだけでも十分ゲームの大部分ともいえるイベントを堪能したのではあるのだが、どうやらこの世界の神というものはまだまだリュウキで遊びたいらしい。
「呆けた顔してるね」
「そりゃこんな当事者なのに何もかも置いてけぼりにされてたら……嫌でも呆れますよ」
軽口の応酬に、いつもと変わらないにこやかな表情。一体どこまでが本気なのか、存外掴めないのが癪だ。
睨むように、珍妙なものを見るようにジロジロと国王を見回す。が、若々しい顔だな。とか、本当に国王っぽくないな、とか失礼なことしか頭に浮かばない。
「そんな熱視線を向けられても、私は男に対してそういった趣味はないよ?」
「安心してください。俺にも全くこれっぽっちもそんな気はありませんから!」
身体をくねらせ妙に色っぽい声を上げる国王。
女にされようものならドギマギしてしまうのがリュウキだが、これではただ不快感を煽るだけだ。青筋をたてて硬い笑顔で返す。
「つれないね。もっと乗ってくれてもいいのに」
「お生憎様。BでLになるつもりは未来永劫ありませんから」
「ん? びーでえる?」
聞きなれない単語に首を傾げられるが、リュウキはそれを黙ることで返す。そんな態度に肩をすくめる国王は様になっていた。
「はいはい、遊ばないの。お父様も、おふざけがすぎてるわよ」
間に割って入ってくる甘く儚く、優しげな声。ソフィアだ。呆れ顔もとても美しく、目の前に立たれることでリュウキは視線を逸らしてしまう。
「ほう、リュウキ君。私の前でそんな態度をとるとは……なかなか命知らずだね。君にワシの娘はやらんぞ」
「女性に対する免疫力が無いだけなんで。持ってんのは別種の患いですよ。てか、分かるんでしょ、嘘かどうかは」
冗談半分、本気半分の脅しをしてくる国王に、手を挙げて降参のポーズで対応。
その話の中心にいるソフィアはポカンとした表情だ。自分が話題の中心に入っていることなど微塵も理解していないのだろう。
年頃の女の子がそこで理解出来ていないのは問題なのだが、父親が国王なのだから安心だろうとリュウキは何様のつもりで考える。
「確かにそうだね。んー、それにしても今の発言。少し君の将来が心配だが、君の為を思って聞き流したことにしとこうか」
「余計な心配どうもありがとうございました!」
今のでリュウキの女性との出会いの量や長さを計れたようで、若干同情の目が向けられる。
余計なお世話だと牙を向くが、何処吹く風で流されてしまってはあとは何も言えない。
「だから遊ばないって言ってるでしょ!」
放置されたままで脱線した話が進んだので、たまらずソフィアが怒った声を上げる。
ソフィアに怒られるわけにもいかないと国王が引き下がるので、リュウキもそれに従って手を引く。
「もう、リッケルさんも黙ってないで何か言ってくださいよ!」
「ソフィア様の困り顔が見物……いえ、少しこちらとしても困ってしまいまして」
「もうこの人たちと一緒にいるの耐えられないわよ……」
完全にわざとの咳払いをされ、リッケルが手を上げるのに応じ、リュウキと国王も手を上げる。三人で息ぴったりにハイタッチをするのを見せつけられて、ソフィアは抗議するもなく頭を押さえた。
ボケ役三人をツッコミ一人で対処するなど、並の芸人でも出来ないだろう。四人は芸人でも何でもないのだが。
「さて、娘いじりもこの辺にして。本題に入ろうか。ほら、ソフィアもそんな顔しないで」
「誰のせいでこうなったと思ってるのよ」
呆れすぎて若干の失望を含んだ声に国王は笑顔で返す。ソフィアもそれが日常茶飯事だからか、次を言うでもなく国王の言葉を促した。
「それじゃあ、話すよ。と言っても、リュウキ君に同意を求めるだけなんだけどね」
「知能もねぇ。能力もねぇ。金もなければこの国の場所や状況すら分からねぇようなねぇねぇ祭りを絶賛運営してる俺からしちゃ、願っても見ない話ですよ。寝泊まり込込でタダ飯だったり?」
「すっごい爆弾発言が出たけど質問に応えようか。もちろん、君にはソフィアを救ってもらったという輝かしい経歴があるからね。むしろこちらからそうしたい程だよ」
「そんなにズイズイ勧められる程なんすか……でもそれだと元の世界にいた頃と大差ねぇ事になるな……」
学校にも行かず、ずっと家にひきこもり続け、親のスネをかじって生きていたリュウキ。学校に行くにしてもこのままでは元通りな気がして気が引ける。
「どうかしたのかい? 納得のいかない表情だね」
そんなリュウキの苦悶の表情を察して、国王はいつもの調子のまま腕を組む。
「人に養って貰う人生を二度も味わいたくないプライド的な問題があって……」
「子供なんだから養って貰うのは当然だろうに」
「いや、そーゆー意味合いじゃなくて……」
何もかもを養ってもらうのが引きこもりだ。リュウキはそんな引きこもりから脱したかったが脱せなかった系統の引きこもりだった。せっかく掴んだ自立のチャンスをみすみす逃せない。
「うーん、じゃあ条件をつけ合うのはどうかな」
腕組みをしていた国王が、その腕をときそのまま指を一つ目の前に立てる。
「条件、ですか?」
「うん、私が提供しているのは宿泊や食の確保等だね。食客として迎えているようなものさ」
「ここまではいいかい?」という言葉にリュウキは数度頷く。
「これだと貸しが一つ出来る。これを公平にすれば、君も気分よく生活できるんじゃないかな」
もう片方の手の指を一つ、目の前に立ててそれを交差させてバツを作る。
それを縦に横に自由に動かして、リュウキの目線を右往左往させる。
そのうち円を描くように回されてふざけが過ぎたところで、ソフィアから睨まれて中断。
「んじゃ、俺は今から出される条件を飲めばいいってことですね」
「そゆことそゆこと。理解が早くて助かるよ」
バツを解放し、心地よいように頷いてみせる国王。
リュウキにとってもこの提案はありがたい。国内の内政を知りえていないリュウキが先手を取れば、無理難題を叩きつけてしまうかもしれない。ここは後手に周り、その条件を飲むのが一番の得策であろう。
「それじゃ、君への条件だ。まず最初に、基本的な事として、学校には行ってもらいたい」
指を一本立ててそう言う国王。その動きとまずという言葉に、リュウキはまだまだ条件があることを理解する。
「まぁ当然のことですね。して、その理由をお聞きしちゃっても?」
「愛娘の現状を学校内で見ていられるのはフォルク達だ。だが、それでは心もとない。同じ立場からこの子を見てられるのは君しかいないんだ。これでどうだい?」
「急に愛娘とか言っちゃってますね……まぁ、信じますけど」
国王が愛娘と言った瞬間、ソフィアが微かに頬を赤くしていたのをリュウキは見逃さなかった。
チョロイと言われればそうだが、ホッコリとする内容なのでリュウキは心配よりもその可愛げのある行動に頬を緩ませる。
「次は二つ目だよ。まず、魔法騎士団のことは知っていると思うけどーー」
「あの、すみません」
「ん? なんだい?」
出鼻をくじかれたというのに特に驚きもしない国王。
器が広いのかどうかと思いつつ、リュウキは素直な気持ちを伝える。
「あの……魔法騎士団ってなんですか?」
「「「え」」」
「え」
三人息ぴったりの驚きの声にリュウキも驚きで返す。何か不味いことだったのだろうか。
「ふむ……事前に君の無知さはソフィアから聞いていたが……私だけでなく魔法騎士団すら知らないとは……」
「これには驚かされましたね……いや、ですがどの国内でも魔法騎士団というのは……」
「もしかしてリュウキって記憶喪失だったりするのかしら……」
三者三様にそれぞれの感想が漏らされるが、何も知らないままのリュウキは困惑するしかない。
「ふむ……では君との会話は骨が折れそうだ。まず、魔法騎士団という言葉すらわからないのかい?」
「名前的には魔法に精通した騎士の事なんでしょうけど……」
「大雑把に言うとその通りだよ。丁度君の通うアルタナス学院がその通過点でね。君の通うアルタナス学院は魔道士育成学校と別称されることもあるんだ。この国にはもう一つ学院があってね。そこは聖騎士育成学校としている。そこで卒業し、魔法騎士団に入ることで、将来的には聖騎士や魔道士にもなれる。聖騎士か魔道士かの違いは、どちらにより分野を伸ばしたいかなどによるね。リュウキ君には、まずは魔法騎士団に入ってもらいたい」
なるほどなるほどとリュウキは感心して頷く。成り行きで入った学校とはいえこれは運がいい。しかし、
「俺がそれに入らないといけない理由的なのを聞いても?」
交渉理由が甘すぎる気がする。このまま学校に通えばスムーズに騎士団にたどり着けてしまうのではないだろうか。そう考えると、なにか裏があるに違いないとリュウキは思ったのだ。
「うん、あまり気分をよくしないとは思うけど、誠意を見せてもらうためだよ」
「誠意?」
誠意というと、あの誠意だろうか。つまるところ、僕はあなた方の味方です、という気持ちを伝えろということになる。
「ああ、君が今とっても怪しい人間だということは自覚してるね?」
「……八割くらいは」
「リュウキ!!」
茶化すように戯けるリュウキにソフィアが間髪入れず声を上げる。ごめんごめんと片手で謝るポーズを取り、軌道修正に戻る。
「まぁ、ソフィアが学校に行った日に俺もちゃっかりいて、それで今まで暴れなかった龍が暴れだした。ここだけ切り取ってたら、俺って存在が謎で仕方ないですよね」
「更には君は無知無能にて自分の居場所もわからなければお金もない。なのに学校に行くなんて奇っ怪な行動を起こした人物だからね」
クスクスと愉快に笑う国王にリュウキは羞恥を味わった気がして顔を赤くする。
「ごめんごめん。そんな訳で、この国の正義を主張するであろう魔法騎士団に入団してもらいたいわけさ。まぁ後はあれだね」
そこで一度間を起き、「うん」と合間に言葉を入れ込んで国王は顔つきを変える。
「君は、悪い意味でもいい意味でも目立つから」
「……どういう事ですか?」
意味深な発言にリュウキは食いつく。
悪い意味といい意味。対局にあたるこの二つが、リュウキという存在の中にあると言っているのだ。当事者として、この発言を軽く流すことは出来ない。
「さぁね? 詳しいことはここにいれば分かるんじゃないかな? 書物でも読んで、さ」
肩をすくめ素知らぬ顔をする国王。どうやらこれ以上の詮索は禁止のようだ。大人しくここは追求しないようにしよう。
「さて、じゃあ聞こうか。君は、この交渉を飲むかい?」
瞳を細められ、問いかけられる。が、リュウキの腹は既に決まっていた。
「今の現状がわからねぇ。ここにもいてぇ俺がいるけど元の場所に戻りたい俺もいる。そんな時に一人路頭に迷うわけにも行かねぇからな。受けます。その交渉。存分に利用させてもらいますよ」
不敵に笑い、この交渉を飲むことを決断。そんなリュウキに国王は愉快に笑う。
「ああ、そうしてくれたまえ。お互いの為にも、ね。さぁ、では君との交渉も終わったところで、朝食をとろうか。ここの料理は絶品だよ」
最後まで意味深な発言をし、国王がリュウキ達の間を通る。
不敵な笑顔は、その瞬間まで国王に張り付いていた。




