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龍の魔道士  作者: 蓮ノ葉
第二章 魔道士と魔導書
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第三話 『質疑応答』

 ーー憧れの異世界というものは尽くリュウキの予想を裏切る。


 予想というよりはもはや希望だったり羨望だったりするものだが。


 この世界はゲームではない。


 いくらリュウキがすることのない自堕落人間で、暇さえあればそれを埋めるためにゲームをし続ける人間だとしても。さらにはそれによってゲームの腕がメキメキ上がっていたとしても。それでいて手加減しないため友人から忌まれるようになっていたとしても。


 ゲームと現実とじゃシュミレーションが違う。


 本来ならば勇者様として崇められる立場であるはずが、召喚した者がいなければ、チート技能もなかった。それに限りなく近い能力なら貰い受けたが、それでもギャンブルチックな内容だ。命がかかるそれを簡単には使えない。


 「そんで今は投獄するかどうか……主人公にハードモード過ぎんだろここ。ただの一般市民だぞ。普通はもっとイージーモードだろ。まぁ、ゲームはいつもハードモードだけど」


 初めてプレイするゲームも大体はハードモードでプレイするリュウキ。ゲーム歴は数ヶ月だが、ゲーマーとしての頭角はメキメキと姿を現しているのは述べた通りだ。


 「何をブツブツ言ってるかよく分かんなかったけど、今言った通りこれからの話し合いは君の処遇についてさ。じゃ、こちらから話を進めるよ。準備はいいかい?」


「出来ればもう数分待ってほしい……と言いたいですけど待ってくれるんですかね?」


「それで君の心構えが変わるのならね」


 笑顔で答える国王。しかし、その言葉の意味はリュウキの心の底を深く抉った。ただ逃げようとしているリュウキに、敢えて気づかないように逃げ道は作る国王の言葉。

 しかし、そこで逃げようものならリュウキの評価は下げられる。何より、リュウキ自身がそうしたくはない。


「はい、話進めてください」


「はい、よろしい」


 思ったこととしては、国王はかなり軽い調子の男のようだ。しかし、決して抜けている訳では無い。その者の本質的な心の底を見抜く力はあるようだ。一国を担う王の態度が存外不躾なのだが、それを国民たちは了承しているのだろうか。


 注視に疑念の波が生まれたことを、リュウキは気づいていない。が、どうやら彼は別のようだ。


「んー、国民からの信頼ねぇ。私自身が言うのはおかしいかもしれないけど、とても厚いと思っているよ? そうだね、君の出会った人達の中だと、フォルクあたりが特にって感じかなぁ。逆ならルノア……というかあの子はただただ自由なだけだけど」


 人差し指を顎に触れさせ、思案げな表情のまま言葉を発す国王。


 確かに、思い返せばフォルクとソフィアの話の中で、ソフィアの愚痴をフォルクが苦笑いで擁護していた節をリュウキは見ていた。

 しかし、それだけで判断できるわけでもないので、それを鵜呑みにするわけにもいかない。と言うよりも、あそこだけで信じれるとは到底思えない。


「疑ってるねぇ」


「まぁ、今んとこの俺の評価としては残念さが際立ってますからね」


「あはは、確かに。手厳しい判断だね」


 軽口を混ぜ合う二人。

 と、そこまで話してリュウキは疑問を発する。


「ーーてか、なんで今俺が疑ってるって分かったんですか。あれですか? フォルク先生の言ってた福音的なものですか?」


 魔法によってリュウキの思っていることを読み取る、という可能性もあるが、そんな壮大な魔法よりも福音の力による恩恵という方が納得できる。


 福音という言葉に、リュウキは何故か過剰に期待を寄せていた。だからこそ、魔法とは違うとてつもない力を持っているのではないだろうかとも思ってしまうのだ。


 存外、簡単に切り捨てることのできない解答。というより、正解と為した解答だと思いリュウキは指を鳴らす。


「いや、福音と言うより君、顔にすごい出てるから分かっただけだよ」


「え」


 間抜けな声とともに、キメ顔を作っていたリュウキの表情が崩壊する。


「顔から凄い勢いでこいつ信用されてんの? って言ってたからねぇ」


 たいそう愉快そうに笑う国王。顔に手を触れさせて確認するという珍妙な様に、国王はさらに笑い出す。

 今ので国王の気を損ねてなかったようなので、リュウキはそっと胸をなで下ろした。


「確かに、私も福音は授かっているが、それは他者の思念に干渉すると言ったものではないね」


「その福音のおかげで、国政も安定しているのよね。確かにお父様はこんなだけど、本当は凄い実力者よ」


「福音だけのおかげって言われるのは辛いなぁ」


 さらっと彼も福音持ち発言をしてくるので、リュウキは面食らう。それに加えソフィアからの援護発言。


 苦笑いを浮かべた国王だが、実力者という点には否定されていない。一国の王が持つ福音とは一体どんなものなのか、気になってしまうがそれは断念される。


「じゃ、話を戻すね。リッケル、お願い」


 「承知しました。僭越ながら私目が。ではまず、なぜ此度の経緯に至ったのか、それを議題としてお話させていただきます」


 国会での話し合いのような堅苦しい言葉によって、室内に嫌に凍りついた空気が広がる。

 それを大して気にした様子もなく、リッケルは持ち出した紙を広げ、そこに書かれた内容を読み上げ始めた。


 「我々が目撃したという訳ではありませんが、あの時間、リュウキ様と一緒にいた方々の意見より、これから話す内容は信憑性が高いということになります。その上で最終確認を。リュウキ様。あなたの身体は黒く光った、ということで間違いありませんね?」


「ーーそれをいいえ、光ってませんと言うと?」


 顎を下に向けて手を触れさせ、反対の手で肘を支えてクールな表情と声で質問する。

 キメ顔その2を実行したリュウキに対して、リッケルは表情を変えないまま、


「虚偽を発したということで即投獄でしょうね」


「真実知ってるなら聞く必要ないっすよね!?」


 天を仰ぎ、この状況を嘆く。軽口を混ぜることで、リッケルの中にあるいたずら脳を引き起こそうとしたが、彼は今完全に執事長リッケルとしての構えになっているようだ。


 次なる望みはソフィアだが、ソフィアはあまり会話には参加しないらしい。

 その次は国王だが、正直一番胡散臭いので却下する。


 彼の試しの発言は、一見いたずらの言葉にも聞こえるが、目がいたずらに笑っていない。これがそういった類のものでは無いことも分かった。後は自分の気持ち次第だということを頭に入れ、小さく固唾を飲み、背を正した。


「じゃあ……はい」


「ありがとうございます。リュウキ様からの言質も取ったことですので、次に移らせていただきます」


「なーんて話を進めたいんだけどねぇ?」


 緊迫した空気の中で、一つの間抜けな声が紡がれる。ひどく場違いな声が、周りにいた者全員の注目を集める。


「実は実は実は……もう投獄するかどうかは決めたよ。うん、リュウキ君は投獄しなくてもいいみたいだね」


「はい?」


 またも突飛な言葉。飛躍した話というのは他者を呆れさせるか、他者を置き去りにして思考放棄させる力を持っている。

 今回の場合はその両方だったようだが。


「うんうん、いい表情だ。君だけでなく、リッケルやソフィアまで驚いた顔をするのはとても壮観だね」


 満足げに頷く国王の顔は、イタズラに成功した子供と同じようだった。


「こ、国王様……一体何を」


「だーかーら、今言った通りさ。リュウキ君は嘘をついてるように見えなかったからね。それに、このまま投獄なんて可哀想な真似できるわけないじゃない」


「しかし、そんな急な……」


「力を、使ったんだよ」


 ーー突如放たれた声は、酷く凍っていた。


 おどけた表情をしていた道化ピエロには似つかわしくない声が、場違いをより一層強く強調する。


 広間に静かに響いたその声によって、リッケルは気圧されるように顔色を変えた。


「それに、今この場であの話をするのは得策とは思えないんだよ。わかってくれるね?」


「わかり……ました。国王様のお言葉とあらば」


 頭を垂れ、観念したように声を上げるリッケル。しかし、リュウキにはいまいち要領を得ない。


「ど、どういうことか聞いてもいい?」


「残念だけど……私もわからないわ」


 コソコソとソフィアに耳打ちするリュウキ、だが、その結果は頓挫に終わる。どうやら分かりあったのは話し合った二人だけのようだ。


「ごめんねぇ。疑っては取り消すなんて勝手なことして」


「いや、疑いが解けたなら俺は万々歳ですけど……」


「いやいや、実はそうもいかなくてねぇ」


 受け身姿勢のリュウキに、次々と国王の言葉が投げられる。

 ハイテンポな会話は、考える暇を作らせず、ひたすら国王の言葉を待つ羽目になる。


「ここに来てまだこんなことを言うのは本当に申し訳ないと思ってるんだよ。いや、本当に」


 ニコニコと笑う胡散臭い国王の言葉。詐欺にあっているような気がして渋い顔をするリュウキ。だが、それに対して何故か口答えできずに続きを聞きたい衝動にも駆られていた。


 遂には意味のわからない感情と対峙して黙りこくってしまう。沈黙を了承と受け取ったのか、国王がゆっくりと口を開き、


「リュウキ君、この城で寝泊まりするのはどうかな?」


 いつも通りの調子で、そう言い放ったのだった。

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