第二話 『一筋縄ではいかない国王様』
「国王様の前ではくれぐれも、行動には注意してください」
見上げるほどの両開きの大きな扉の手前、リッケルが表情を強ばらせてそう言った。汗ひとつかいていないが、その横顔には緊張が色濃く示されている。
執事長ともあろう人物がここまで緊張するとはーーいや、ある意味当然なのかもしれない。それほどまでに、この扉の向こうから漂う濃密なプレッシャーは尋常ではなかった。
階段では特に意味の無い会話で気を楽にしていたリュウキだったが、今は全身を硬直させた状態だ。
扉の横に直立不動でいる執事やメイド達、彼らは招かれざる客人を訝しげに値踏みしている。
無遠慮な視線の渦に飲み込まれそうになるのをリュウキは目を瞑って逃げていた。
「ちょ……ちょっと……」
明らかな脅しの宣言に何か言いたげなソフィア。だが、
「ソフィア様……あなたなら分かってくれるはずです。国王様が……どんなお人なのかを」
リッケルのこの言葉に何も言えなくなったのか、ソフィアは目を少しだけ開いて大人しくなる。それほどまでに、国王はお堅い人物なのだろうか。
いつの日か、授業で習った絶対王政という言葉。学院ではそんな雰囲気はサラサラなかったが、もしかしたら裏では王が民を縛り上げ、支配し続けているのかもしれない。
「服装は……まぁ大丈夫でしょう。靴は……履いてませんでしたね。これは失敬。誰か、彼に靴を……と、もう用意してくれていましたか。ありがとう……どうでしょうか? 問題は無いと思いますが……」
「ちょっと待ってくださいね……あ、大丈夫っす。超ぴったりすぎて逆に怖いくらい」
リッケルが手を鳴らすとその直後に執事が集まり、瞬く間に靴下と靴を持ってきた。それが両方ともサイズがぴったりだったのを見てリュウキは軽く恐怖する。
「では、行きましょう。今回は国王様は当然、リュウキ様やソフィア様、そして同行人として私の四人で話し合います」
了解を表すために深く頷くと、リッケルは両手を使って大きな門を開いた。廊下と扉が擦れ、軋む音が鼓膜を打ち鳴らし、二人が入るのを見て、リュウキは意を決して扉の中へと足を踏み入れる。
ーー広がっていたのは金と赤の輝きだった。
誰もが瞬時に理解できるような贅沢に敷き詰められた赤い絨毯に、煌びやかな金の装飾品。
天井は体育館ほどの大きさを誇るものの、置かれた金の装飾品は驚くほど少ない。ここでもリュウキの寝ていた部屋と同様、無駄さは計り知れないものだった。が、それはある種当然のことだろう。
部屋の奥、階段のように量の多い段差の上には、備え付けの椅子があった。
つまりはそれは玉座の間。そこに座りし彼こそが、この国を担う最高権力者ーー国王だという事だ。
年齢は恐らく三十代だろうか?と言っても、ソフィアの年齢のことも考えればきっと若作りの顔つきなのだろう。彼が本当に一国を担う国王なのか、という程それはそれは若々しかった。
髭は生えておらず、ソフィアとは違って目つきは悪い。というか、戦闘狂のようなギラギラとした目をしている。髪は長めの紫紺色。瞳の色は黄色と、これもまたソフィアとは似ても似つかない。ソフィアは母親似なのだろう、そうリュウキは自分で納得していた。
そして、そんな国王は先ほどと同様、王としての威厳を感じさせる濃密なプレッシャーを放ち続けていた。
目の前にあった玉座、そしてその椅子に座る国王に目を奪われるリュウキ。そんなリュウキに、
「跪け」
「ーーーー!?」
聴く者全てを畏怖させる短き言葉。その言葉を聞いた瞬間、リュウキの心臓は雷にでも撃たれたかのように跳ね上がり、身体は跪くことを決定した。
決して軽んじている訳ではなかったが、それでも予想以上の圧倒的プレッシャーが目の前から放たれる。顔を上げることができず、恐怖によってリュウキは大量の汗を流す。
「お、お父様……」
見ればソフィアも跪いていた。右の拳を左手で受け止め、片膝を地に着かせて頭を垂れさせていた。それがきっと完璧な礼式だとわかったので、震えながらリュウキもそれを真似る。
「ソフィアか。彼が、お前の言った少年のようだな」
見ていないのに睨まれているような悪寒を感じて、リュウキは早口で言葉を並べる。
「は、初めまして。お、仰る通り、俺の名前はリュウキと言います。此度は国王様の寛大なる対応、娘様の寛大なる対応により、俺の身体は万全の状態となりました。そのお礼としてならもう何でもやりましょう。国王様の仰る事ならば、たとえ火の中水の中草の中森の中でも行こうではありませんか」
恐怖により急激に饒舌になり始めるリュウキ。圧倒的プレッシャーが近づいてきているような気がして、機嫌を損ねないようにとさらに言葉を立て並べる。
「顔を上げよ」
耳元で聞こえた気がする程恐ろしく低い声。
恐ろしくて顔を上げたくないが、それで気を損ねてしまうわけにもいかない。
ゆっくり、ゆっくりと顔を上げるとそこにはーー
「ぶっふぉ!?」
あまりの光景に唾を散らして笑うリュウキ。
それもそのはず、目の前にいた人物は、今まで見た人々の中で一番とも言えるほどの変顔を放っていたのだから。
しかもそれは、多大なプレッシャーを放っていた国王なのだから威力は倍増だ。
「危ないねぇ。唾がかかりかけたよ。新調したばかりの服だからなるべく汚したくないんだけどね」
じとりと睨んでくる国王。細められた目を見てリュウキは思わず、
「あ、それは大変悪いことを……って今の俺悪くない気がするような……」
今度はリュウキが睨むが、これを国王は何処吹く風。口笛を吹き明後日の方向を見つめている。
「ごめんね……リュウキ」
おずおずと、ソフィアがこちらを覗き込むように謝罪する。ソフィアは国王のこの行動を事前にわかっていたのだろう。あの時の表情はそういう意味だったのか。
「大成功みたいだね、リッケル」
「国王様もお人が悪い。まぁ、楽しめましたし良かったのですがね」
勝手にお互いの拳を突き合わせている二人。この二人の仲の良さから、二人のタチの悪さを直に感じ取ってリュウキは頭が痛くなる。
「いやぁ、ごめんごめん。久々の客人でね。しかも、面白い反応をしてくれそうだったからつい、ね?」
ウインクして大きく手を広げて一回転する国王。決まった、と言わんばかりの表情にリュウキは苦笑い。
「つまるところ、さっきのはぜーんぶ」
「うん、私の演技だよ?」
「ですよねーー!!」
机があったら今にでも思い切り叩きたい気分だ。今は机がないので頭を抱えることしか出来ないが。
「それにしても本当に色々と珍しい子だ。私がこんな性格だというのは王都、ひいては他国にまで知られている事実だというのに……どうやらソフィアの言ったことは本当のようだ」
ひとりでに納得してみせる国王。となると、今の行為はリュウキに対する試し、の意味合いもあったのだろうか。そう考えれば多少なりとも彼の行動真意も、
「いや、この人はマジで楽しんでやってるな……謎のシンパシーを感じるぜ……」
「マジ? シンパシー?」
唐突の知らない言語に首を傾げるソフィア。そんなソフィアにリュウキは異世界洗礼の嬉しさ半分、驚き半分の感想が出る。
「微妙にイントネーションが違うよなぁ……やっぱ異世界だと英語とか知られてないのかな」
マジのイントネーションが違ったことや、シンパシーについても追求されるあたり、英語はなかなかこの世界の住民には知られていないようだ。英語は気をつけれるが、マジなどは頻繁に使ってしまうであろう。
「マジってのは本気とか本当の意味だ。シンパシーはなんつーか……共感的なニュアンスで」
「へぇ、そうなのね。なら、この人は本当に楽しんでるし、それをリュウキは共感しちゃう……ってことね……え、それってリュウキ共感して……」
「あー、うん、そゆことそゆことすげーよソフィア!」
意思疎通が叶い、ソフィアが納得の表情を返す。が、内容を理解した後でその瞳に軽蔑の色が付けられそうになるのをリュウキが大声を出して回避。完璧な翻訳を素直に拍手で褒めつつ、自分の評価が下がらないようにする高等テクニックだ。まぁ、もう遅いが。
しかし、訳されたと言っても、シンパシーはかなり意味をよく理解せずに言ってるので曖昧だ。多分あっていると思うが。
よく知らない英単語を使ってしまうのもリュウキの悪い癖だ。大体の理由がかっこいいからであり、四字熟語なんかもよく使う。最近のオススメは花鳥風月だ。なんか雰囲気がかっこいい。とくに風月あたりが。
「さてさて、リュウキ君の言葉の勉強講座が終わったところで、色々な問題について話をしようではないか」
手を叩き、三人を自分側に注目させる国王。異論があるものはおらず、黙ることで了承を示す。
「うんうん、みんなちゃんと話を聞いてくれるようだね」
では、と前置きをし、本題に触れる。
「最初に話すのは、リュウキ君の処遇について……言っちゃえば牢屋に押し込むかどうかだよ!」
「……は?」
ハイテンポで話が進んでいく中、予想の斜め上をいく話にリュウキの思考が一瞬停止した。




