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龍の魔道士  作者: 蓮ノ葉
第二章 魔道士と魔導書
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第一話 『二日目の朝』

 水の中に沈む感覚ーーそれがリュウキの寝ている時の感覚だった。

 その水の中で目を覚まし、そして水面まで懸命に泳ぐ。得意でも下手でもない水泳。しかし、この時ばかりは異様に体が重たいのだ。そして、その辛い泳ぎを続けて水面から出た瞬間にリュウキは目を覚ます。


「寝てた……のか」


 重たい瞼を開いた瞬間、飛び込んできたのは人工的な石造りの白い天井だった。

 目を左右に動かせば、照明のような青白いクリスタル?と太陽の光が室内を照らしているのもわかる。


「……っと。うわ、柔らか」


 上半身を上げ、起き上がろうとしてベッドに手をつく。柔らかな感触と、先程までのふかふかな感触が相まってリュウキはこのベッドがかなーりのお高いものだと瞬時に気づく。


 半身を起こしたリュウキは室内を見回す。

 寝台はリュウキが大の字で寝ても余裕でスペースのある広さ。ここで一度転がっても余裕だろうか。それが、手前中心に置かれてるとして、一室の広さは十五畳を軽く超えている。そして寝台の隣にはランプが置かれており、高級ホテルの一室でよく見られる造りとなっていた。と言っても、リュウキは高級ホテルに泊まったことなどないが。


 絢爛豪華ーーとは言えないが、それと同等の素晴らしさを持った白い一室だった。


 質素といえば質素なほど、装飾品はあまり置かれていない。豪邸の一室の中でも客人用という訳だろうか。


「……ソフィアか」


 考えられる可能性が口から漏れ、リュウキは大きく息を吐いて寝台から降りる。

 かなり寝ていたのか、ポキポキと全身の関節が音を鳴らすので軽く身を回して意識を完全に覚醒。身を回している時に気づいたが、どうやら傷は全回復されているようだ。若干付けられた火傷部分が薄く残ってはいるが、大して気にならない。

 他にも寝台から降りて気づいたのだが、服装もどうやら変わっているようだった。


「えーと……」


 リュウキがまず確かめたいのは時間だった。あのあと一体何時間寝たのか、もし異世界召喚から一日が経過しようものなら、リュウキはその二分の一を睡眠に費やしてしまったことになるのではないだろうか。


 カーテンから差し込む太陽の光から考えて、今は朝。窓にはカーテンが取り付けられており、その横には観葉植物が置かれていてーー


「ああ、あった。あった」


 壁には時計が取り付けられており、それが指す時間は八時をすぎた頃だった。どうやら本当に丸半日寝ていたらしい。まぁ、丸一日寝たこともあるリュウキからすれば大した驚きにはならないが。


「この時計から見る感じ、時間は二十四時間区切りか。地球と同じになってるんだな」


 ふむふむと納得し、リュウキは体を伸ばす。誰かが様子を見に来るかと思ったが、むしろこちらからアクションを起こさなければ、ゲームでよくある待ちぼうけ王様を困らせてしまうのではないだろうか。

 勇者を待つために何時間も待つ王様には呆れたものだ。ゲームだから仕方ないが。


 そう思い、リュウキは寝台から一番離れた扉に手をかけようと歩き出す。


「ーーーー」


 リュウキはそこで声を殺し、忍び足で歩き出した。龍という危機を脱したのだからそこまで心配する必要は無いはずだか。


「いや……もしここがフォルク先生達の秘密チックな場所だったら……」


 リュウキが眠ったのはフォルクによる回復魔法だ。あの時の焦り方や、有無を言わさない行動には何かあるに違いない、というのがリュウキの見解だ。というか、あの場面を体験すれば誰でもそう思うだろう。

 もしもこれであの時に出た黒い靄の魔法について後ろめたいことがあり、リュウキを処分しようものなら急いで逃げなければならない。


「ーーって、人疑いすぎだろ俺……」


 いやいや、と首を横に振るも、リュウキは慎重にドアノブを回す。


 開くと目の前に広がっていたのは、


「うおわぁぁぁ!?」


「きゃぁぁぁぁ!?」


 眼前に美少女。整えられた顔立ちには幼さと美しさを共に兼ね備えられており、その金に輝く髪が、ビクリと跳ねた彼女に合わせて揺れる。


「ソ、ソフィア……おどかすなよ」


「う、うん……ごめん……って違うわよね? 今のはリュウキも悪いはずよね?」


 瞬時に自分が悪いように仕立てたリュウキにソフィアが追求。力なく笑って受け流すリュウキにソフィアは更に頬を膨らませる。


「彼が仰っていたリュウキ様ですか?」


「あ、ええ、そうよ。この子が昨日私が話したリュウキよ」


 扉のせいで見えなかったが、どうやら来ていたのはソフィアだけじゃなかったようだ。ここからでは見えないので前に歩み、廊下の冷たい感触が素足にダイレクトに伝わりおうっ、と過剰に反応。

 その様子がおかしかったようで、声の主がクスクスと笑う。


「えーと? あなたは?」


「失礼しました。私はリッケル・フリードと申します。ここの執事長を勤めていますので、以後お見知りおきを」


 若干苛立ちを乗せた声に、丁寧に腰を折って対応するのは黒の執事服を着た橙髪の男性だ。細面の美青年。本当に彼が執事長なのか?という程、その顔立ちは男性というより青年だった。

 ただ、彼には『デキる男』というオーラが滲み出ていた。きっと、テーブルクロス引きでも出来るに違いない。テーブルクロス引きが出来る=デキる男とは限らないのだが。


「ご丁寧にありがとうございます。俺はソフィアの言った通りリュウキって言います。珍しいんすけどカリヤ・リュウキってリュウキは後に来るんすよね」


「ほほう、それは珍しい。あなたの住む地域ではそういった文化があるのですかね」


「ーーそ、そうなんですよ」


 返答に僅かに躊躇いがあったのに、果たして二人は気づいたのだろうか。リュウキの住む地域はここで言う異世界だ。そんな話を到底信じてくれるはずがないし、せっかく今得ている信用を失う可能性がある。


「ふむ、それでは、参りましょうか」


 リュウキの言葉に少々気がかりがあったのか、リッケルは一瞬眉をひそめる。が、本当に一瞬のことであり、その後は手を鳴らしてくるりと後ろを向いた。


「参るってどこなんですかね?」


「我が主の元、というのが答えでしょうか」


 指を一つたて、ウインクして答えるリッケル。


「はいはい、リッケルさんの主様と……あれ? てことは国王様だよな。んで、国王様ってことはソフィアの父さんじゃね⁉︎」


 思案して達した答えに、リュウキはソフィアの方を向き声を大にして驚く。


「そ、そうよ。でも、何もそこまで驚かなくても……」


 「いえいえ、ソフィア様。驚くことはいい事ですよ。ええ、本当に彼はいい反応をするようです。これだから子供は面白い」


 腕を組み深く頷くリッケル。最後の方に含まれた小さな熱を感じ取り、リュウキは首をひねって苦笑いで問いかける。


「あれ、ひょっとしてリッケルさん意外と性格の方難ありありっすか?」


 柔らかな笑みが絵になる顔立ちだが、その表情の裏に隠された真の思いを少なからずリュウキは読み取る。


「リッケルさんは……ええ、そうね。ちょっと、いえ、まあまあ、いえ、かなり、ううん、かなーり性格が悪いわ」


「譲歩したくても出来ないくらいひでぇの!?」


「自覚してるくらい私は自身の性格の悪さを知っていますからね」


 もう一度指を立て、ゆらゆらと揺らすリッケルにお手上げのポーズ。これで話は一時中断だ。


 それを見たリッケルが廊下を歩き出し、ソフィアすらも先へ行ってしまったのでリュウキも慌てて歩を進める。


 廊下の構造については簡潔にまとめるとこうだった。開いた扉と全く同じ扉。その隣には巨大な絵画。タイル張りの床は二色で彩られており、扉と扉との間には金のシャンデリアが上から吊るされている。先程の一室の広さ的にも、これらは全部同じ部屋のようで、こんなにも広い部屋を何個も持つ国王の懐の太さに身悶えする。


「んで、廊下は……遠いな、おい」


「慣れたら楽よ」


 長い廊下は左右に伸びており、これからあんなに遠くまで歩くことにため息。

 廊下に飾られた絵画の変わりようを見ながら、リュウキ達はリッケルの後を続く。絵画は風景画だったり、肖像画だったりしていて、その変わり方の規則性も特にわからないので、ほうほうと知ったかぶりをしながら暇を潰す。国王の顔があるかと思ったが、誰なのかはよくわからない。


 突き当たりは右と左で分かれており、階段は右側が上に上がり、左側が下に降りるようになっている。

 リッケルは左、どうやら下に降りるようなので二人はその後を続く。


 階段は、よく見られる螺旋状ではなく、普通の学校や家などで見受けられる階段であった。造られた材料は廊下と同じで、学校を意識するとわかりやすいだろうか。


 その階段を歩く度に、新たな冷たさをダイレクトに味わうが文句は言えまい。ひょっとしたら、スリッパがあのワンルームにあったのだろうか。それなら迂闊だった。急いで取りに行きたいが、今更すぎる。冷たさに耐え、リュウキは二人の後ろを付いて行った。

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