第二十二話 『闇夜に沈む影』
案外、フォルクは見た目とは裏腹に体力があるのかもしれない。
それが、ソフィアが今のフォルクを見て思った感想だった。
終始戦闘に携わり、ガス欠で倒れてもおかしくない程の行動を魅せていたのだが、今のフォルクは座り込み、息を整えてるだけであって、まだまだ動けるようだ。
龍は回復魔法で止血。目覚めないように催眠魔法を駆使しながら注意して最善を尽くした。
ウィル達にも回復魔法を尽くし、全員が無事に終わったのだ。
しかし、その全員の顔が優れていない。装いには戦いの名残が色濃く付着しており、そこだけ切り取って考えれば、戦いによる激しい消耗の結果にしか考えることが出来ないが、原因は別だ。
「リュウキ……」
ソフィアがその名を吐息混じりに呟く。端正な横顔には困惑が、その瞳には憂いが浮かんでいる。
「ソフィア様……」
そしてそんな彼女の名を呟くのはルノアだ。彼女もまた、憂いと困惑を浮かべている。
「リュウキとは……どういった経緯で知り合ったんですか? い、いや、別に疑ってるわけじゃなくて……」
そこまで言って、ルノアは言葉を濁す。ある意味、当然の反応だろう。それはソフィア自身も自覚しているのだ。
「ーーリュウキとは今日が初めてです。だから私もわかりません」
そう答えて、ソフィアはルノアの視線を辿り、赤みの戻った寝顔を晒すリュウキに辿り着く。
だって、と言葉を入れ、
「あの魔法ーー龍属性の魔法を使う子がいるなんて」
その言葉によって、ルノアの表情にさらに根強い困惑が刻まれる。ルノアはうまく返しの言葉を思いつくことが出来ず、沈黙で肯定の意思表示をする。
龍属性の魔法ーーそれは限られた人間しか使えない特別な属性の魔法だ。謎も多く、その全貌は解明されてはいないが、一つ言えることとしては、規格外の強さを持っているということだ。
「確かにリュウキは歴代の龍属性保持者との接点が多数あります。でも……にわかには信じがたいですね」
その言葉にソフィアは小さく頷く。リュウキの言動には、歴代の龍属性保持者との類似点がよく見られた。しかし、
「さっきのリュウキは……全身が黒く光って……」
そう言ってソフィアは押し黙る。
全身が黒く、妖しく光るのは龍属性特有の状態だ。しかし、それはソフィア達が望まない方向の状態なのだが。
それは全員が理解しており、遂には誰もが押し黙る。
「……ソフィア様、彼の身柄はどうしましょうか。我々が預かり、彼の魔法について少しでも早く、多くの謎を解明することができますが」
やがて、立ち上がったフォルクがソフィアにそう問いかける。若干のふらつきがあるようで、立ち上がる時に壁に手をつけていたが。
「……いいえ、大丈夫です。私の方で連れて帰ります。普段はダメダメだけど、こういう時のお父様は頼りになりますから」
「あまり国王様のことは悪く言わないようにして頂けたら。確かに変わったところはありますが、あの方が国王となってから、我が国は飛躍的に栄えましたので……」
「……そう、ですね」
微妙に納得がいかず苦笑いを浮かべるソフィアにフォルクも苦笑いを返す。
さて、とフォルクは改めてリュウキを主軸とした話に戻す。
「彼のことは、他の生徒には内緒にしておきましょう。伝えるのは国王様と学長、騎士団長だけにします。今回の件、幸いにも知っている方は数名ですし、全員信頼できる方ばかりです」
と言って、フォルクは一度考え込む。顎に手を触れさせ、悩ましげな表情をしてから、
「いえ、監視員のお二人には忘れていただきましょう。信頼という問題より、彼らには荷が重いと思いますから。混乱を招かないためにも、そして、この事が他国や彼らに見つからないためにも……」
彼ら、という言葉でフォルクの言葉の調子が悪くなる。確かにそれは危ういことだ。最悪、他国にはバレても仕方が無いのだが、彼らにバレてしまうのだけは避けたい。
「……わかりました。そうしましょう」
了承にフォルクは「ご理解とご協力、感謝します」と返答。膝をつき、頭を垂らすフォルクの動きは、完全な形で上下関係を示している。
淀みないその動きは、やはりフォルクの凛とした態度を色濃く表している。
しかし、口調は変わらないが微妙な違いがあるフォルクの言葉や動きが、ソフィアにはどうも気に入らない。
「そんなことしなくてもいいんですよ? 私の方が年下なんですし……」
「いえ、これは身分を表しています。私なんかがソフィア様と話すなど本来はとてもおこがましく……」
この言葉にソフィアはさらに口を尖らせる。不満げな表情をするソフィアに、フォルクは至らない点があったのかと青ざめる。
「ーーでしたら、これから私はリアラとしてこの学院で過ごしていきます。私の身分がバレないためにも、前と同じように接してください」
名案とばかりに笑うソフィア。彼女の考えにフォルクは目を丸くし、やがてその目をふっと細めて立ち上がる。
「わかりました。そのお言葉、感謝します」
頭を垂らし、『ソフィア』としての彼女に敬意を示してから、切り替える。これからの学院内では『リアラ』としての彼女と接していくのだ。
ソフィアは無自覚のようだが、やはり彼女は姫としての器の持ち主だ。
器の差、というのはまさにこの事を表すのだろう。フォルクは切り替える瞬間、その事を根強く再確認した。
これで大体の話し合いは終了だ。フォルクやウィルは学長達にこのことを、ルノアとコクランにはソフィアとリュウキの護衛として、無事に送り届けてもらう。
損害の激しいこの場所の処理にもフォルク達が当たるだろう。
そう言えば、とフォルクが話を続け始める。
「驚かされましたよ。まさか編入生が二人来るとは聞いてましたが……それがリアラとリュウキだなんて……」
切り替えは早い方がいいだろう、とフォルクはソフィアからルノアとして話し相手を変える。が、当のソフィアは目を見開いていた。
なにか不都合があったのか、それともやはりまだ切り替えるのは悪かったのだろうか。
「……私、一度も編入するなんて言ってませんよ……?」
「ーーえ?」
どういう事だ、確かに今日編入生が来ると学長に聞いたのだが。
「私は学長から編入生が二人来ると聞いていたのですが……国王様が知っているのでは?」
「……いいえ、実は私は誰にも言わないでここに来たので……多分お父様でも知らないです」
そんな、とフォルクは動揺する。ならば本来来るはずだった編入生は誰なのか。それともーー
「誰かが二人が来ることを事前に知っていた……?」
そこまで言って、フォルクはソフィアを見る。ソフィアも同じ結論に至っていたようだ。
「それならお父様が、という可能性もありますけど……でもそれならお父様はきっと止めに来ますし……」
「ですよね……」
だとすると、可能性は第三者が何らかの理由で二人の事情を知っていたという線。
それならば、今回の龍が暴れだした理由と繋げるとどうなる?
龍は急に暴れだした。あれは今までにもない例だった。そして、ゲートが急に封鎖された。それにリュウキのあの言葉、「声が聞こえた」というもの。もしもそれが真実ならば、誰かがあの龍を意図的に操っていたとしか考えられない。
そして、それがその第三者ならば、
「繋がってしまいますね……」
「ええ……」
パズルのピースが次々とはめ込まれ、完成してしまう。
つまりはソフィアとリュウキを狙う人物がいたということだ。それも、事故に見せかけたもので。
まさか彼らなのだろうか。それならば、ソフィア達の命が危ない。しかし、別の可能性も捨てた訳では無い。他国によるものかもしれないし、別の集団による行動なのかもしれない。
どちらにせよ、今回のことは詳しく捜索する必要がありそうだ。
「今回の件は詳しく調べます。リアラも、十分に注意していてください」
無言を肯定と受け取り、フォルクとソフィアはやりきれないその表情をお互いに向ける。
雲に隠れていた存在が顔を出し、ふと、フォルク達は空を見上げる。
すっかり夕日は沈み、今は月が空に浮かんでいた。
輝く月は満月で、黒い空を妖艶に彩っている。
「ーーもう、夜ですね」
フォルクの小さな囁きが、全員の耳に届けられる。
黒がゆっくりと蠢いていることを、その場にいた全員が感じていた。




