第十二話 『決意の言葉』
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目の前が白に染まる。この感覚は今日で二回目だ。それも数分で。
しかし、一度目とは比べ物にならない恐怖をリュウキは感じていた。白いままの目の前は黒くはならず、何も見えないままでいた。眩しい、という訳でもない。平衡感覚を失いかける、そんな白だ。それが広がり続け、終わりが見えない。黒というものに恐怖は抱くものだが、白というものにもここまで恐怖を抱くのだろうか。
声が聞こえる。
心配してくれる、優しい声。手に何かが触れられる。握られた。優しく、包み込むような感触。
声が聞こえる。
苦手な奴の声。でも、その声には彼なりの優しさが含まれている。
声が聞こえる。
リュウキを気にかけ、それでいて皆よりも先に異常事態に考えをよぎらせている声。
声が聞こえる。
声が聞こえる。
声が聞こえる。
何も無い世界に何かが生まれ出す。呼吸が乱れているのがわかる。全身が震えているのがわかる。異常な汗をかいているのがわかる。そして、自身が彼らの言葉に勇気づけられたことがわかる。
理解したリュウキの目の前が色づく。黒くはならず、石材の灰色や、少女の金色。少年の赤色。女性の緑色。他にも沢山の色が目の前に広がり、音が鮮明になりだす。
「あ……う……やばい」
声が出る。自身の口から発せられる声。か細く、弱々しい声だ。一瞬で掻き消されそうな声は、何故かその時だけ鮮明に自身の耳へ届けられる。届いたその声の弱さに、リュウキは平静を取り戻せるようにと必死に呼吸を整える。大きく息を吸いこみ、息を吐く。それだけで、早まっていた鼓動がゆっくりと落ち着いていくのがわかった。
しかし、またも異常が発生した。その事態に、リュウキは自身の行動を止めるしかなかった。
絶音。力強きその咆哮は、その場にいた者全員を恐怖へ誘う。
発せられた声に鼓膜が張り裂けそうになる。耳を塞いでも尚響くその声は、怒りと興奮を伴っていた。声の主の目は血走っており、熱風が口から放たれていた。
「み、皆さん今すぐこの場から離れてください! ウィル先生、生徒を安全な所まで。クリンド先生は他の先生や魔導士達に救援要請を! 監視員のお二人は鎖で龍の動きを止め、私と共に龍の抑制をお願いします!」
フォルクが振り向き、それぞれに指示を出す。「了解」という声が重なり、名を呼ばれた者達が一斉に動き出した。この世界の人々は、よくもこんなにすぐに冷静になれるものだ。
「みんな、走ってゲートまで。ここと学院は遠く離れている。ゲートまで行けば安全だ」
ウィル先生と呼ばれた背の高い男は、生徒全員に逃げることを促す。その目に宿る思いを汲み、誰も反論する者はいなかった。
否、反論できなかった。彼の後ろにいる恐怖の対象が今にも暴れだしそうだったから。
「拘束開始!」
フォルクの凛とした号令が洞窟内に響き渡る。その声を聞いた監視員が走り、奥にあったスイッチを押した。とても素早い動きで、たった一歩で十メートル近くは進んでいるようだ。
スイッチが押されたことで、この洞窟の地面が割れる。意図的に、人工的に。そこから伸びてきたのは巨大な鎖だ。鎖はまるで生きているかのように変則的に、それでいて正確に龍の元へと伸びていき、龍の動きを止めた。
四肢を拘束された龍は動くことがままならず、鎖を外そうと躍起になっている。ギシギシと鎖が悲鳴をあげながらも、龍を縛り付ける。
龍は凄まじい咆哮を上げ、自身の動きを制限されたことに怒りを感じているようだ。手足を上下に動かし、地響きが鳴り響く。
「一人ずつ、でも急ぐんだ!」
ウィルは一人一人が入るのを確認しつつ、フォルク達を気にかけている。扉は開けたままにしており、フォルク達が必死に龍と戦っているのが見えた。リュウキ達をかばいながらも気絶させれるようにと戦う姿が。
眩い光で竜の目をくらまし、火の魔法で龍の注意を引きながら体力を削っている。
生徒は自身の不甲斐なさを悔やみ、悲しみ、怒りを覚えながらもゲートの中へと入っていく。
ヨルムも振り向き、フォルク達の戦いを見て唇を噛みながらもゲートの中へと入っていった。残るはソフィアとリュウキだけだ。
「リュウキ?」
「……先に入って。俺もすぐ行く」
リュウキは、ソフィアを後に行かせることを躊躇った。多分、彼女の魔法の実力がわからないからだろう。リュウキなら、かなり危ない賭けだが、龍への足止めができる。
授業で簡易的な魔法はわかった。威力なら、上級魔法にも匹敵するだろうとは、慢心ではなく事実だ。
「う、うん」
リュウキの目と、声のトーンにソフィアは反論することができず、小さく頷くだけだった。
そしてソフィアはゲートの中へ入っていきーー
「ーーえ?」
ソフィアの動きが止まる。困惑の声を伴いながら。
「ど、どうしたんだよ。早く入んねぇと」
ソフィアがその場で留まることにリュウキは焦りと苛立ちを感じ始める。
「ち、違うの……」
ソフィアが振り返る。目には困惑と恐怖が伴っており、リュウキは唾を飲み込んだ。
「入れない……ううん、違う。入ってるのに学院に行けないの!」
「う、嘘だろ!?」
リュウキがゲートに触れる。
何も起こらない。ゲートを貫通し、奥の壁に手が触れられる。冷たく、硬い感触に、現実を受け止めるしかない。
「な、なんでだ……」
学院に戻れないリュウキ達を嘲笑うかのようにゲートは怪しく歪む。その事に怒りを覚え、リュウキは舌打ちした。
「ウィル先生……ですよね。俺ら……」
「ああ、見てるからわかってる。しかし困った……生徒を危険な目に合わせるわけにはいかないし……」
顎に手を当て考え込むウィル。事態に焦りながらも、それを悟られないようにと務めている。
その事にリュウキは気づいていたが、口出しするようなことはしなかった。それよりも、この状況への解決策を探し出さなければならない。
さっきまでは普通にゲートが開いていた。生徒がゲートに吸い込まれたのはこの目で見ている。それなのにソフィアの前で急にゲートが動かなくなった。
ーーわけわかんねぇ。
リュウキは頭を掻きむしり、舌打ちをする。
振り返ると、未だフォルク達がリュウキ達を庇いながらも器用に戦っている。それを理解する度に、自身の弱さへの怒りが収まらないのだ。
「……リュウキ」
ソフィアに呼びかけられる。その声は何かを決意したような声色で、自然とリュウキの表情もさらに引き締まる。
リュウキには次の言葉が予想できていた。リュウキもそうしたいと考えている。それでも、躊躇ってしまう己の弱さ。そんな葛藤を抱え込む彼を勇気づける言葉を。
「戦いましょう」
彼女は躊躇わずにそう言った。
「……おう、やるぞ」
たった一言。励ましでもない、ただの鼓舞に、リュウキは小さく笑い、力強く頷いた。
リュウキとソフィアは、深呼吸して龍を睨みつけた。




