第十話 『扉を開けたら』
フォルクという女性はある意味すごいな、とリュウキは感心した。どうやら、一日ずつで担当教師が変わっていくシステムらしく、今日一日は彼女が担当をしてくれるのだが……
「毎回毎回時間ぴったりに区切れるってどーなんだよ……機械かっての……」
フォルクが終わりの合図として手を叩けば、その直後にチャイムが鳴り響く。三回もそれが続いたのだが、他の生徒ーーリュウキとソフィア以外は対して驚いた様子もなく、もはや当然らしい。
「それにみんなもすげぇよな……俺の魔法の状況聞いたら親身になってくれた奴多かったんだし……」
非難を浴びせられるのは覚悟の上、良くてもがっかりされるだけで終わるのだろうと思っていたのだが。
むしろ心配してくれたり、コントロールの練習を一緒にしようと誘ってくれたりもしていたのだ。あの後の授業で習った魔法も使ってみたいものなので、リュウキも悪い気はしてない。むしろ感謝してるくらいだ。
他にも例外として鼻で笑う奴もいたな。いや、チラチラとリュウキの方を見てたし、高飛車系キャラとしてやってるんだろうか。それともツンデレ系キャラなのだろうか。いや、あいつは需要がないな。うん、消去消去。
「ん? どうしたんだい、リュウキ」
思っていたことが口に出たのか、口を開けあほ面をかましていたリュウキに少年は苦笑しながら尋ねる。
「あ? ああ、ヨルムか」
机に手を置いて首を傾げるのはリュウキの前の席に座っているヨルムだ。
赤髪の少年。整ったそれは、嫌でも高い身分にいるのだと瞬時に判断させる。整った顔立ちにはどこか優しさを思わせる雰囲気があり、スラッとした長身はリュウキより数センチほど高い。簡単に表せばイケメンだ。いや、イケメンという言葉で表せるのかも怪しい。しかし、外見に嫉妬することがリュウキにはできない。むしろ褒め称えるべきだろうと自身の脳が信号を送ってくるのだ。そう、外見には。
「そんなに口を開けてたら、間抜けでかわいそうな人間にしか見えないよ?」
「相変わらず口のわりぃ奴だなお前。出会って初日の幼気な少年になんつー対応だ」
「口が悪いのは君も同じだと思うけどね」
これだ。リュウキがいけ好かないのはヨルムが皮肉を言ってくるからだ。皮肉というより軽口の方が正しいのだろうか。
「他の人とは仲がいいのに……リュウキとは仲が悪いわよね。どうして?」
「皮肉に皮肉で返すのが俺なりの会話だからかな」
「やめろよ。うぜぇよ」
ソフィアの問いにヨルムが答え、リュウキが睨みながらつっこむ。たった一日でこのような光景がさも当然になっていることに、リュウキ以外は特に驚いていないようだ。驚きの理由は、とても可哀想なものだが。
ーーやべぇ……これって俺青春してるのか……!?
ふと、そんな気がした。が、そんな訳ねぇかとすぐに頭を振っておく。
「さて、軽口もここまでにしておこう。この後は移動だ。リュウキと話して遅れるなんて恥はかきたくないからね」
「お前が話してるのは俺とリアラの二人だけどな」
皮肉にヨルムは肩をすくめる。それすらも絵になっていてリュウキはさらに青筋を立てる。
「喧嘩はそこまでにしてね。それで? 移動場所がわからないんだけど……」
ソフィアの言葉にリュウキも頷く。他のみんなは先に行ったそうだが、一体どこに行ったというのだろうか。
「移動魔法で移動して部屋へ行くよ。まぁ、部屋とは言えないだろうね……」
移動魔法は重力魔法のさらに応用された魔法であり、物資を運ぶことや、自身を移動させることも出来る。条件は色々とあるが、それさえクリアすれば使いようが多彩だ。
「部屋とは言えないって?」
「行けばわかるよ」
ヨルムの一言で、話が区切られた。三人は杖だけを持ち、ヨルムの先導で一階の奥にある小さな部屋へと移動する。
扉を開ければ、そこは簡素な一室だった。密室のはずが、暗いその部屋の影響なのか、ひやりと冷たい風が全身をなでた感触がした。手入れは届いているが、それまでだ。装飾もなければ、今までの部屋のどこにでもあった本すらない。
異彩を放つのは中心に置かれた『ゲート』だろう。それは見たもの全てを飲み込むような神秘な、あるいは歪なものだった。透明質の、少しだけ紫がかった空間だ。文字通りゲートを表すそれは、触れれば一瞬で別の空間に移動するという。
異質な光景に生唾を飲み込むリュウキを蚊帳に、ヨルムは平然と、ゲートの中へと吸い込まれるように歩み出した。
「先に行くよ。と言っても二人もすぐにくるんだけどね」
振り向き、笑いながらヨルムはゲートの中へ入る。身体が触れた瞬間、彼は光の粒子となって吸い込まれていく。
「じゃあ、次は私ね」
意を決し、ソフィアは一歩前に歩む。深呼吸し、ソフィアはそのままゲートの中へと吸い込まれていった。
「楽しみなのに緊張もするもんだなぁ……」
胃がキリキリと痛むのを感じて思わず押さえつける。呼吸を整え、息を吐いてリュウキはゲートへと歩んでいく。
身体が触れた瞬間、全身が沸騰するように熱を帯びる。しかし、それは刹那のことで、脳が熱を感知することは無い。次は全身がミクロレベルで分離し、小さな粒子となって何かに引っ張られる。ちぎれそうになるほどの引力ではあるが、それも刹那のことであり、リュウキがそれを感じることは無かった。
ゲートに入った途端、リュウキは目を瞑る。それは、強制的にだ。目を瞑る直前、何か二つの影が見えた気がした。それを気にする余裕もなく、何も見えなくなり、次に目を開けると目の前には……
「扉しかねぇじゃんか!」
狭いスペースに簡素な扉。上も下も、右も左も大理石で囲まれている。イメージ的には何も置かれてない物置部屋だ。想像を裏切られ、リュウキは声を荒らげる。
「この奥ってことか?」
ソフィアの姿もヨルムの姿も見当たらない。後ろを見てもさっきと同じゲートだけだ。
「この扉の奥が本当に想像通りの景色なんだよな……」
扉に手を触れさせ、念じるようにつぶやく。答えは返ってこないので、ふぅ、とだけ息をつき、リュウキは扉を押した。
「ーーーー」
冷気が頬をくすぐる。室内から廊下へ出た時のような冷たさではないことは、目の前の状況から明らかだ。
目の前あるのは洞窟だが、果たしてこれが洞窟と言って正しいのか定かではない。元は洞窟だったのだろうか。それが人工的に整備されており、石敷きの広い空間となっている。天井は数十メートルあり、所々で青白いクリスタルのようなものが洞窟内をほのかに照らしている。
が、問題はそれではない。リュウキが呆気に取られているのはもっと別の存在感だ。それは、見たもの全てに圧倒的な威圧感を叩きつけ、大きさにも即した存在感さえも突きつける。鼻息だけで大気が揺るぎ、睨まれたものなら靴底が石畳にでも張り付いてしまうだろう。
それは巨大な龍だった。日本や中国の龍ではない、西洋の龍だ。
鱗に覆われた龍は、大きな有翼を広げて悠然とその場に居座っている。真紅の身体は、血のように赤赤としており、黄色い双眸は下に下ろされている。が、双眸に警戒心や威圧心はない。龍に触れているものや龍の存在感に圧倒されているものを優しく見ていて、リュウキはなぜだか分からないが妙な安心感を抱いた。
「呆気に取られているようだね」
リュウキに気づいたヨルムが歩みながら話しかけにくる。
「お前は見たことあったのか」
「俺も初めて見た時は驚かされたけどね……まぁ、君ほどではないかな」
「うっせ」
虫を払うように手を動かすが、ヨルムは肩をすくめるだけだ。
「あ、リュウキも来たのね」
二人の会話に気づいてソフィアが小走りで距離を詰めてくる。
「おお、リアラか。それにしても授業で龍とご対面ったぁすげぇな」
リュウキの感想にヨルムは眉を動かす。
「俺達がいるこの国は龍と特に親交が深い……だからこそ龍と対面することは魔法学校や騎士学校ではよくあるというのは一般常識だよ?」
そんなことも知らないのか、という驚きと呆れが混じった表情に、リュウキは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「お生憎だが、俺に常識なんてものはねぇよ。常識っていうものに縛られないやつなのさ」
「言葉はかっこいいけど、使い方のせいでかっこよくない……」
ソフィアの合間合間に入る辛辣な感想に、もう苦笑いもできない。
「君が無知を認めたくない哀れな人間だということはわかった。どうでもいい事だけどね」
「おい」
横目でせせら笑うヨルムにリュウキが噛み付く。が、それを目線を外して躱すヨルムにリュウキはますますご立腹だ。
「はいはい、喧嘩はやめてもっと龍に近づきましょ。みんなも龍を近くで見てるもの」
手を叩き、ソフィアが提案する。異議を唱えるものはいないので、三人揃って龍へと近づいた。
龍の周りには生徒とフォルク、そして龍の監視員(万が一のために)やフォルクと同じ教師が二人いる。
龍は彼らを一瞥し、彼らを傷つけないようにと注意を払っているようだった。
「リュウキたちも来ましたか。ではこちらに。私はウィル先生達と話し合ってきますので」
生徒を後ろから見守っていたフォルクがリュウキたちに気づく。手で生徒達の方へ行くことを促し、フォルクは他の教師に話しかけに行った。
「しっかし……ほんとデケェなこの龍」
足元へ歩みを進めると、改めてこの龍の大きさに驚かされる。指だけでリュウキの身長ほどありそうだ。ざらついた肌の広がる有翼は、時々動いており、尾も誰かに被害が上がることの無いようにと注意しながら動かしている。
龍は新たな参加者を歓迎するように三人を見てーー
「ーーえ」
龍はリュウキへ向けてゆっくりとその凶暴な顔面を近づけてきた。




