第九話 『将来性あり?な男』
「リュウキって本当に魔法を使ったことがないのね……」
「いやもうマジで皆さんの手を煩わせてしまってすみません!」
ソフィアの呆れ声にリュウキは全力で謝罪。
あの後、リュウキが気絶してから風の威力は収まったらしい。術者が意識を失えば、魔力の放出も中止され、魔法は消されるというのは後々聞いたことだ。
それにしても……
「なーなー、リュウキってどこから来たんだ?」「あんな凄い威力を出すなんて凄すぎよ!」「今までなんで学校にーー」「リュウキはーー」「どうしーー」
「だぁぁぁ! みんないっぺんに喋ってもわっかんねぇよ!」
クラスメイトがリュウキを囲み、各々の質問をぶつける。
「ふふふ、あんなに凄い魔法を使ったんだもの。みんな興味津々なのよ」
ソフィアはリュウキにウインクする。クラスメイトの言葉の内容や目からは本当に興味津々なだけのようだった。いい奴らなんだな、とリュウキは思う。
「ならリアラさんは俺について褒めたり質問したりしないんですかねぇ」
「みんなに迷惑かけたから褒めません。質問なんてお金持ってなくて、自分のいる場所もわかんないし、知り合いもここにいる人たちくらいのことさえ分かれば意味無いかなって」
「あれ!? 結構辛辣だよねその言葉!」
「ごめんね」と言って舌を出すソフィアに、リュウキもこれ以上咎められない。悪意もないみたいだし、ちょっとした冗談のようだ。……冗談だよな?
「皆さん、一度席に座っていただけますか? リュウキとリアラはこちらに」
フォルクはリュウキの前に立ち、リュウキとソフィア以外のクラスメイトに着席することを促す。生徒達は何を察したか、反論することなく席についた。
「皆さん、ありがとうございます。では二人とも、廊下に」
二人は言われるがまま席を立ち、フォルクの後を付いて行った。
「また始まっちゃったね」
「真面目だなぁ」
三人がいなくなった教室で、クラスメイトはクスクスと笑い出していた。
「で、どうしたんすか? 俺たち呼び出して」
「……ごめんなさい。リュウキ。少し違和感があったので、確かめるためにした事だったのですが……失敗してしまいました。リアラも、一人だけ実習させることが出来ずにごめんなさい」
フォルクはそれぞれに視線を合わせて頭を下げる。その行いに二人は慌てだす。
「ちょちょちょ!? 急にどうしたんすか! とにかく顔上げてください!」
「そ、そうですよ! 私は気にしてませんし、リュウキも大丈夫って言ってますから!」
リュウキとソフィアの言葉にフォルクはゆっくりと顔を上げる。毅然とした態度に戻っていたが、目には謝意が宿っていた。
「それにしても違和感ってなんなんですか?」
リュウキは無理やり話題を変える。その行いの意味を察したようで、フォルクはリュウキに笑顔を向ける。
「リュウキの魔法は最初、とても弱かったはずです。微力の風ですぐに消えてしまいました」
「そうですね。それは俺にもわかります」
他のクラスメイトよりも一回りも二回りも弱い風。あの時はどんな罵声を浴びせられるものかと覚悟を決めていたものだ。
「あれは一番最初に魔法を使う人特有のものです。極稀に微力ですぐに霧散する程の魔力を使う人もいますが、リュウキの反応からはそういった点は見当たりませんでした。それを疑問に思ったのです。だから、魔法が楽に使えるようにしました。人は無意識のうちに負荷がかからないようにとマルグの出力を抑えようとします。今まで魔法を使ったことないなら尚更で、ちょうどリュウキの魔法と同じくらいでした。だからこそ、私は……言い方は悪いですが、出力を抑えようとする本能を鈍くさせたのです。」
「あぁ、あの魔法の。すっげぇ体が楽になって慌てて杖落としそうになったやつですか」
リュウキはフォルクにアンラヴァーと呼ばれる魔法をかけられたことを思い出す。全身が熱を帯び、その後リラックスした感覚を得たあの現象だ。
「それですね。あの魔法は精神魔法の一種で、魔法を放つ援助をしてくれます。他にもあなたを気絶させたのにも魔法を使ったんですよ」
「あれにも?あの気持ちよかったやつですか?」
リュウキが背中に感じた快楽感。そのまま快楽の海に溺れたのは、確かに魔法によってなのかもしれない。
「……もしかして回復魔法ですか?」
ソフィアがおずおずと手を上げる。
「正解です。よく知っていますね」
ソフィアの言葉を肯定し、フォルクは感嘆の声をあげる。
「回復魔法?」
「回復する場所の要点を絞り込み、自律神経の切り替えを行います。交感神経から副交感神経に切り替える、ということです」
「すんません、全く意味がわかりません」
なんたら神経など、リュウキの頭の中では理解不能だ。
「簡単に言うと……ほら、マッサージって受けると眠くなるでしょ? あれと一緒よ」
ソフィアの言葉にリュウキは「なるほど」と納得する。マッサージを実際に受けたことはないが、なんとなく気持ち良さそうという点での意味はわかった。
「あのままでは貧血のような症状を引き起こす可能性があったので、緊急処置を取らせていただきました。回復魔法なら魔法の中断もできますし、何より症状を引き起こさないですからね」
フォルクの言葉にリュウキは深く納得する。確か魔法を使いすぎると死に至るのだ。あんな威力の魔法なんて使えば……そう考えるだけでリュウキは身震いする。
「今のリュウキは状態が難しくなっています」
フォルクの神妙な顔つきに二人は首を傾げる。
「と、言いますと?」
「リュウキは簡易魔法でもあれほどの威力。あんなに膨大な量のマルグを持っているのは魔道士でも数少ないです……が、コントロールが出来ていません。さらには私の不徳によってリュウキの体内のマルグの状態は非常に不安定です。一歩間違えればマルグが枯渇し、死に至るかもしれません」
「う、おお……どうにかしてコントロールできるようにはなるんですよね?」
話を聞いてるうちに、確かに回復した感じと、なにやら体が重い感じがした。しかし、フォルクは落ち込ませるだけの話はしないだろうという期待を持って問いかける。
「何度も魔法を使えさえすれば、自然とコントロールは出来ていきます。しかし、これほどの膨大な魔力……コントロールするにはそれほどの根気も必要となります」
上手く使えれば俺TUEEEE。下手に使えば一発で即死。なんという綱渡りな状態だ。さっきから異世界は俺に対して当たりが強くないかと文句を言いたい。
「リュ、リュウキなら大丈夫よ! うん、きっと大丈夫」
横でソフィアが手を握り励ましてくれた。美少女に応援されるだけで大丈夫なんだと思えてしまう俺はなんと安い男なのだろうか。
「ですから、リュウキにはこれからコントロール重視の実技講座をしていきます。よろしいですね?」
「大丈夫です」
ハッキリと即答したリュウキにフォルクは満足げに頷き返す。
「リアラにはこの後実技講座を受けてもらいますがよろしいですね?」
「私も大丈夫です」
「では、お話はこれで終わりです。教室に戻りましょう」
フォルクが手を叩くのと同時に、授業終わりのチャイムが鳴ってしまった。




