3.勇者の物語 ~相馬視点~
7話に続いて一人称になります。
お昼は食堂でサンドイッチをいただいた。
広いテーブルに自分一人で少し寂しかった、優奈さんはまだ仕事が終わらないらしい。
サンドイッチのお肉は鶏肉みたいにあっさりしてて、とても美味しかった。
何の肉か聞いたらブラックサーペントという海にいる魔物の肉とのことだ。
とても高級品で貴族の方でもめったに食べらないとか、高級品と聞いて慌ててたら優奈さんに頼めば簡単に捕ってくるので気にしないで下さいと言われた。
普通の冒険者なら命がけで倒すような魔物も、優奈さんは鼻歌まじりに倒しちゃうらしい。
恐るべし勇者……。
食後与えられた部屋でお茶を飲んでいたらリリアさんが約束した本を持ってきてくれた。
ちなみに飲んでいたのは紅茶ではなく緑茶だ、この世界に緑茶はなかったらしいんだけど優奈さんが必死で探してなんとか似たようなお茶の葉を見つけたらしい。
うん、食後は緑茶だよね。ちょっと苦みが強いけど飲めないほどじゃないし。
「これがお約束してた本になります」
「あれ意外と薄いんですね、もっと分厚いのかと思ってました」
「本来は何巻もあるのですが、それだと読み切れない可能性があるので簡単にまとめてある本を選ばせて頂きました」
「そうなんですか、ご配慮ありがとうございます」
「いえ、それでは私はこれで失礼しますね」
それじゃ優奈さんの物語をじっくり読ませていただきますか。
ある日神殿に女神の神託が下りた。
数年後この世界に世界を滅ぼす脅威が出現する。
それを倒すために異世界から勇者を召喚すると。
召喚されたのは当時16歳の少女、橘優奈。
少女は元の世界へ帰りたがったが、数年後に現れる世界の脅威を倒したら『召喚された日時に戻してあげましょう』という女神の言葉を信じ、レベル上げを開始した。
少女は数年でLv100に達し誰もが認める勇者になった。
しかしいつまでたっても世界の脅威が出現しない。
しびれを切らした少女は女神に説明を求めた。
そして女神は悪びれもせずに言った。
「ごっめ~ん、世界の脅威が出現するのは別の世界だったわ。今からその世界に勇者を召喚しても倒せないしぃ、あなた倒してくれない? ちゃんとこの世界に連れてきてあげるから」
「あとあとぉ、そのレベルじゃ倒せないよ? あと1年猶予あるから頑張ってレベルあげてね!」
女神の言葉に呆然とする少女。
女神に殺意が沸いたが、女神はこの世界の守護者であり殺すことは不可能。
それより1年後に自分だけでは倒せない何かが送られてくる、これに対抗するには自分並みの強さの仲間が必要。
しかし当時少女と肩を並べる人は人界にはいなかった。
このままでは世界が滅んでしまう、悩んだ末に人界とまったく交流のなかった魔界へ協力を求めるにことにした。
魔族は人より体も強く魔力も高いためだ。
魔界になら自分並みの強さの人がいるかもしれない。
一縷の望みをかけ魔界に赴く少女、なんとか魔王に会うことは出来たが協力を拒まれてしまう。
魔界にはそんな神託は下りていない、もし本当だとしても魔族だけでなんとかする。
どうしても協力が欲しいなら魔王である俺を倒して見せろと。
そして魔王との死闘が始まった。
魔王から繰り出される見たこともない魔法の数々。
果敢に避けるが少しずつ傷が増えていく。
あまり回復魔法は得意ではないし、のんびり回復してる余裕もない。
魔王も傷ついているがまだまだ余裕がある。
避けきれなかった魔法が少女を貫き地面に転がる。
少女の左腕は焼かれ動かず、額から血を流し右わき腹からは大量の血が流れる。
少女の魔法は魔王には効かない、体ももう満足には動かない。
しかし少女は諦めない、無理やり呼び出されたこの世界。
最初は嫌々レベルを上げていた、だけどこの世界で暮らしていくうちにこの世界が好きになっていた。
ここで諦めたらこの世界が滅んでしまう!!
あと一撃しか体が持たない。
手にした聖剣に望みを賭ける!
それは、創造神の力がこめられた世界にただ一つの武器。
ありとあらゆる物を切り裂く聖剣。
「私は諦めない!! 皆の笑顔を守りたい!」
少女が叫ぶと体が銀のオーラに包まれ、背中にそれは美しい銀の羽が生えた。
体が軽い、動かないはずの左手を剣に添え少女は走る。
気づくとベッドに寝ていた。
少女の魂からの叫びに心打たれ、そしてその美しい姿に見惚れ魔王は動けなかった。
そして少女は仲間を手に入れた。
その後魔王とその四天王と一緒に残りの時間レベルあげを行い、気づくとLv300まであがっていた。
そして現れた世界の脅威。
それが触れたところは黒く腐敗するとんでもない化け物だった。
戦いは苛烈を極めた、しかし少女と魔王達は見事世界の脅威を退けてみせた。
少女が元の世界へ帰る時がきた……。
まさに帰ろうというその時に魔王が現れ……。
「勇者ユウナよ、この世界に留まり私の妃になってもらえないだろうか」
「ごめんなさい、あなたの事は嫌いではないけど私は元の世界へ帰りたい」
「そうか、すまない今のは忘れてくれ」
気持ちを押し込めユウナを見送ろうとした魔王。
しかしそれをぶち壊す笑い声が神殿に木霊した。
「あははは、せ~っかく求婚されたのに断っちゃうなんて魔王可哀想ね! 私は優しいからその願いかなえてあげるわぁ!」
ユウナの足元の魔法陣から光が消える、元の世界へ帰るための大事な魔法陣から力が消えた。
そして女神の呪いの言葉が降りかかる。
「あなたの寿命と老化を止めてあげたわ、病気で死ぬこともないわぁ。あ、怪我はちょっと無理だけどそれだけ強かったら怪我することもないよねぇ」
「魔族の寿命は長いから、これで魔王と結婚しても大丈夫ね。私ってなんて優しいのかしらぁ」
そう言い残すと女神はその場から消えてしまい、いくら呼びかけても姿を現すことはなかった。
「なんだこれは……、世界を救った勇者になんて仕打ちをするんだ。これが本当に女神の所業なのか!!」
気づいたら頬を涙が流れていた。
本を閉じテーブルの上で組んだ拳に額をぶつける。
自分ならこんな仕打ちを受けて耐えられるだろうか……、いやたぶん心が壊れてしまうな。
「優奈さんは強いな……」
しばらくそうしていると、リリアさんがおやつを持ってきてくれた。
私の様子をみて本を読み終わったのがわかったのだろう、辛そうな表情をしていた。
「市販されている本はもう少し違う風に書いてあるのです。ユウナ様の指示でユウナ様自らの意思でこの世界に残ったことになっています。女神の権威を失墜させるわけにはいきませんから」
お茶をいれながらリリアさんが言葉を続けた。
「カズト様には真実を知って欲しくてその本をお渡ししました申し訳ありません」
「なぜですか……」
「ユウナ様には腹を割って話せるご友人がいません、この世界の人々は皆ユウナ様を崇めていますので。さらにユウナ様は女神となりこの世界の守護者になることが決まりました。もう誰もユウナ様の隣に並び立つことは出来ません、可能性があるのは魔王様くらいでしょうか……」
「女神ですか、本に出ていた女神は?」
「その女神は処罰されたと聞きました、カズト様お願いです。
この世界にいる間ユウナ様の話し相手になっていただけないでしょうか」
「私でよければ喜んで。少しでも優奈さんの心が軽くなるといいのですが」
「ありがとうございます、ユウナ様は辛いのに無理して笑ってらっしゃって……」
頭を下げたリリアさんの頬に一滴の涙が流れていた。
「優奈さんは心配してくれる人がいて、幸せ者ですね」
本を読んで彼女はこの世界を救ったけど、だれが彼女の心を救ってあげたのだろうかそう思った。
ちび魔王「強敵の気配だ! ユウナは誰にも渡さない!」
ライム「魔王様懲りないですね。お尻百叩きの刑です!」
ちび魔王「びにゃぁぁぁぁ、許してぇぇぇぇぇ」