新たな気持ちで
そして、おれは服を買ってもらった。
レザー調のカッコイイ服だ。冒険者っぽい。
もちろん、小太刀を帯剣出来るようにベルトも完備。まさに冒険者っぽい。
さらに腰には小さなポーチが。なおさら冒険者っぽい。
憧れの冒険者に一歩近づけたのだ。舞い上がらずにはいられない。
「どうですか? 似合いますか?」
「うん。よく似合ってるよ」
「ありがとうございます。エクトルのおかげです」
服をチョイスしてくれたのはエクトルだった。
正直な話、おれは服のセンスがない。だから、ほぼ8割方エクトルに見繕ってもらった。ちなみに残りの2割は店員と、おれの最終ジャッジだ。
「はは、気に入ってもらえたなら僕も嬉しいよ。工房に戻ったら今度は僕がマーハの服を仕立ててあげるね」
「えっ、エクトルって服も仕立てられるんですか?」
「まあね。これでも一応工匠だからさ。一通りのことは出来るよ」
平然とそう言ってのけるが、簡単なことではないと思う。
そもそも工匠ってどこまで出来るものなんだろう。定義がわからない。なんでも作れる人って思っていいのかな。
「マーハに似合う、もっと可愛い服を作ってあげるからね」
「はい、ありがとうございます。――って、あれ、可愛いですか? この服」
カッコイイの間違いじゃないのか?
冒険者風だぞ、冒険者風。
「どちらかと言えば可愛い、と思うけど。服単体で見たら確かにカッコイイ感じだけど、マーハが着てるからかな? 可愛く見えるよ」
「そ、そうですか……。カッコイイものだと思っていました、わたし……」
冒険者風でカッコイイと思ってたけど、可愛いのか。
ていうか可愛いって言われても元男だからそこまで嬉しくない。いや、嫌ってわけじゃ当然ないけど、カッコイイって言ってもらえた方が断然嬉しい。男ならこの気持ち判るはずだ。
でも、よくよく考えてみたら今のおれは女だから、エクトル的には最高の褒め言葉なんだろう。どっちかというとおれの方の認識がズレている。外見と中身がちぐはぐだからしょうがないんだけどさ。
「じゃあ、次はマーハが着てもカッコイイと思えるような服を作ってみるよ」
「はい、お願いします」
「でも、個人的には可愛い方が似合うと思うけどなぁ」
「そ、そうですか?」
女の子の身体だから、カッコいいより可愛いの方が良いのか。
そりゃそうか。女の子だもんな。
「女性でもマーハはカッコイイというか可愛いタイプだからさ。カッコイイ服着ても可愛い方が全面に出ると思うんだよね」
「そういうものなんですね」
まあ、いいか。
似合っているのなら、可愛い系でも問題はない。
それに、動きやすいし。ミニスカスパッツニーソックスが慣れないけど、いずれ馴染むだろう。ワンピースひらひらよりははるかにマシだ。
「これからは色んな服を試してみようか。僕も、そっちの方が勉強になるからね。まだまだ新米だし、色んなことに挑戦してみたいんだ」
真面目な顔でそう言うエクトルが、おれには輝いて見えた。
思えば、生前のおれはただ働くだけで何も目的や夢がなかった。
会社の歯車として働くだけの毎日。
これでよかったとは思えない。だけど、そうすることしか出来ない自分がいた。それが現代社会の在り方で、おれのいた国の常識だったからだ。でも、それは言い訳にしか過ぎないのだと、心のどこかでは気付いていた。気付いていたけど、気付かないふりをしていたんだ。
そうやってただ流されるままに生きて、無難な道を選んで、淡々と歳を重ねてきた。あの時のおれは、冒険するのが怖かったんだろう。だから、色んな事に挑戦できる人達が羨ましく見えるんだ。輝いて見えるんだ。
「エクトルはすごいんですね」
「どうしたんだい、急に」
「いえ、なんとなく、そう思ったので」
「そっか」
エクトルはそれ以上なにもきいてこなかった。
おれが複雑な心境でいることに勘付いたのかもしれない。
それからおれとエクトルは元来た道を戻った。
特に問題なく宿屋の近くにまで来ることが出来た。
「一度宿屋に戻って、荷物をまとめよう。お昼を帝都でとってから、エルクラークに向かう。で、いいかな?」
「はい。大丈夫です」
「よし、じゃあ宿屋に戻ろうか」
コクリと頷き返すおれ。
これから、エルクラークへと向かう。
おれの、エクトルの助手としての第一歩が始まるのだ。