仕事のついでに
帝都イベルタル。
エクトルさんはここに仕事で来ていたらしい。
というか納品だな。納品。これも工匠の仕事の一環ってわけだ。
ヨーロッパな雰囲気を際立たせる街並みを歩く。
2人っきりだ。エクトルさんと。
よくよく見てみると、エクトルさんはイケメンである。
それに優しい。加えてちゃんとした職を持っている。
つまりだ。モテることは間違いないだろう。
もしかしたら、既に彼女がいたりするのかもしれない。
まあ、おれが詮索することじゃないか。
野暮なマネは控えよう。空気読める男なのだ、おれは。
「納品終わったらマーハちゃんの服買いに行こうか。せっかく帝都にいることだしね」
「い、いいんですか?」
服とな。
いやね。このワンピースだけじゃ中々厳しいところだった。
問題はお金なんだよな。何にしたってタダじゃ買えない。
「もちろんだよ。あと、お金のことは気にしないで」
少しの付き合いだが、おれがお金のことを気にしていたのだと悟られていた。さすがはエクトルさんだ。
「あ、それとさ、僕のことは呼び捨てでいいよ。さんづけされると、こそばゆくって」
「そうなんですね。エクトルさ……、エクトルがそう言うのならそうします。あ、ついでにわたしのことも呼び捨てでお願いします」
「はは、そうだね。これからはマーハって呼ぶよ」
「はい。ありがとうございます」
早くも呼び捨てで呼び合う仲か。
進展早いな。いいことだけどさ。
「っと、到着だ」
街中を歩いていると、エクトルが立ち止まった。
どうやら目的地にたどり着いたようだ。
そこはお偉いさんが住んでそうな御屋敷だった。
いかにもという感じで厳格なオーラを放っている。
しかも結構広い。50mは幅がありそうだ。
「すぐ終わるから、ちょっと待っててね」
「わかりました」
余計なマネはするまい。
ここは大人しく屋敷の外で待っておくとしようか。
エクトルは物を持って屋敷へ。
おれはとりあえず近くにあった木陰のベンチへ。
ふぅ。腰を落ち着けれるって素晴らしい。
眼帯のおかげで、魔族だとは周りにばれていない。
何から何までエクトルのおかげだな。
「……それにしても」
こうしてゆっくりしていると、やっぱり考えてしまう。
おれはどうしてこの世界に来たのか。しかも、女の子の身体になって。前の世界での記憶もどこで途切れたのかが曖昧だ。気付いたらあの洋館で眼を覚ましたし。もしかしたら、前の世界では何かの事故で死んでしまったのかもしれない。そうしておれの魂だけがこの世界にやってきて、この身体に宿った。
うーん、非現実的だな。
まあ、そもそもこの世界事態が非現実的だからなぁ。
こうなってしまったのなら、受け入れるしかない。受け入れて、足掻くしかないのだ。開き直ったもん勝ちだ。
「それにしても……服、か」
今現在、エクトルから借りている帯剣用のベルトがワンピースには不釣り合いだ。それに、ひらひらしていて風が吹いたら一気にめくり上がる恐れがある。そうなると下着が丸見えになる。さすがに恥ずかしい。
つまり、服はいる。超重要。
ひらひらしてない、ちゃんとしたやつがいい。
カッコイイのがいいな。この世界と合ったやつ。
なんて考えていると、エクトルが戻ってきた。
「いやー、ここのご主人、羽織が良くてね。今回も報酬がかなりはずんだよ」
苦笑い気味のエクトルは、その手にこもりの袋を抱えていた。
「それが報酬ですか?」
「そうだね。ざっと銀貨20枚くらいかな」
「銀貨20枚ですか。ええと、どれくらいの価値があるのでしょう?」
この世界ビギナーのおれには、銀貨20枚がどれほどのものなのかが判らない。できれば円でどれくらいか教えてほしいが、それはまあ無理だろう。
「ええっと、まず基本なんだけど、硬貨の価値からね。銅貨が100枚で銀貨1枚分の価値。銀貨100枚で金貨1枚分の価値。そして紙幣なんだけど、10銅貨紙幣、50銅貨紙幣、10銀貨紙幣、50銀貨紙幣の4種類あるんだ。だから、金貨はかなり貴重ってことになるね」
「なるほどです」
なんとなく日本の円事情に似ているな。
紙幣と硬貨があるわけだ。ただ、こちらでは硬貨の方が価値が高い。そんな感じか。
「それで、銅貨1枚の価値なんだけど、そうだな……」
エクトルは辺りを見渡した。
「マーハ、こっちに」
「はい」
言われた通りについていく。
すると、そこにはパンの屋台があった。
色とりどりのパンが並んでいる。見たことあるやつから、独特な形をしたやつ。ただ、どれも良い匂いだ。焼きたてなのか、表面がこんがり焼けている。
「一般的なパンが、大体1銅貨だね。銅貨1枚で買えるよ」
「パンが銅貨1枚、ですか」
つまり、銅貨1枚が100円くらいの価値ってことになる。
てことは、銀貨25枚はざっと25万円か。そりゃすごい。1日でおれの月給越えてるよ。パネエ。
「すごい報酬の量ですね」
「ああ。ソラン伯爵は僕の1番のお得意様だよ。お世話になりっぱなしさ」
「伯爵、ですか」
「うん。帝国貴族の家でね。前の代からよくしてもらってる」
「長い付き合いなんですね」
付き合いは大事だ。それだけで引き合い取れるレベルだ。
「そうだね。良い縁があったと思うよ」
エクトルは深くは語らず、目の前のパン屋の店主に声をかけた。
「すみません、これ2つください」
「はいよ! 銅貨2枚ね!」
エクトルは腰のポーチから銅貨2枚を取り出し、店主に支払った。
「まいどあり! またきなよ!」
元気の良い店主に背を向け、おれ達は歩き出す。
さっきのベンチに腰掛けると、エクトルがパンを渡してきた。
「ありがとうございます」
エクトルからパンを1つ受け取り、ゆっくりと口に運んだ。
うん、おいしい。普通のやつだけど、こんがりしてて良い感じだ。今朝食べたやつよりも焼き立てだからか、こっちの方が美味しく感じる。
「どうかな?」
「おいしいです」
「よかった。あのパン屋は帝都でも有名でね。ここに来るたびに買って食べるんだ」
「そうだったんですね」
エクトルの家は商工都市エルクラークにあるけど、帝都にはよく来ているのだろう。そう考えると、ここからエルクラークはそう遠くないのかもしれないな。
しばらくエクトルと何気ない時間を過ごす。
パンを食べ終わり、他愛もない会話をすること数十分。
昼前の陽気が、心地よい。ずっとこのままベンチの上でぼけーっとしているのも、いいかもしれない。街の喧騒も、今は綺麗な演奏に聞こえる。詩的だ。季節は春といったところか。朝夕は冷え込むが、お昼はぽかぽか陽気である。この世界に四季の概念があればの話だが。
「じゃあ、そろそろ服屋に行こうか」
「はい」
そうして、おれとエクトルは服屋へと向かうのだった。