目覚めたら
翌日、だろうか。驚くほど暖かい感触に包まれて目が覚めた。
「ここ、は……?」
一瞬、元の世界に帰ってきたのかと思った。
けど、やっぱり違う。ここはまだ異世界だ。
しかし、どうしてふかふかのベッドの上でおれは寝ていたのだろうか。確か、昨夜は道端でぶっ倒れたような。そのまま凍死していてもおかしくない環境だったのに。状況に天と地程の差がある。
「――あ、起きたんだね」
「あなたは……」
声をかけてきたのは昨日の青年だった。
あの後、もしやおれを追いかけてきたのか。
追いかけて、おれをここまで運んだのか。
「右眼つむってて、何か事情があるのかなって思ってたんだけど、そういうことだったんだね」
「あっ」
急なことで魔族の証のある右眼を開けたままにしていた。
これはもう言い逃れ出来ない。
終わった。おれの平穏早くも終わった。
でも、まだ諦めるわけには。
「――あの、助けてくれたことには感謝しています。それと、このこと黙っていてごめんなさい。すぐに出ていくので、どうか見逃してくれませんか?」
もう牢屋はかんべん。
昨日のことを踏まえると、この青年はあの騎士達よりかは話が通じそうだ。慈悲で見逃してくれるかもしれない。今はそれにかけるしかない。
「あー、ここは帝都イベルタルだからねぇ。神聖教会の総本山であるこの街は特に魔族排斥意識が強いんだ。そもそも魔族だけじゃなく異種族をあまり好まない街だからね。とりわけきみは魔族だし、怖い目に合う可能性も高い。ただ勘違いしないでほしいのは、皆が皆魔族を目の敵にしているわけじゃないんだ。確かに嫌悪感を持つ人間の方が多いけどね」
「そ、そうなんですか」
よかった。なんだかこの人は本当に良い人そうだ。いきなり武器をこっちに向けて、無理矢理手を縛って、牢屋にぶち込んだりはしないようだ。
「身体の方は大丈夫? 道端に倒れてたからさ」
「それは……」
そういえばどうして倒れたんだっけ。
走って、疲れて、色々混乱してたら眠っちゃってたのか。
あと、何も食べてない。空腹だ。
そんなおれの心を代弁するかのように、お腹がきゅるるる~と鳴った。
「ははは、とりあえず何か食べようか」
「ありがたい提案なんですけど、わたし、お金持ってなくてですね……」
無一文である。
元の世界に戻れば1人暮らしだったけど多少は貯金がある。
ATMないのかなこの世界。お金おろしたい。
カードも通帳もないけど。
お金がなければ、食事は出来ない。自給自足でもしていれば別だけど、基本的に食材を買ったり、レストランに行って食べたりするのにもお金がかかる。世の中金なのだ。
「お金のことは気にしないで。僕がだすからさ。というより、もうここの宿代払ってるし、ご飯はタダで食べれるよ」
「ほ、ほんとうですか?」
「うん。だから安心して」
笑顔で言う青年に対し、おれは不覚にも落涙するところだった。
なんて良い人なんだ。よくみれば結構イケメンだし、背も高めだし、優しいし。欠点ないじゃないか。決してご飯を食べさせてくれるから甘い採点しているわけじゃなく、本心である。もう一度言うが本心である。
「でもその前にその眼はどうにかしたほうがいいね。魔族だってばれたら、それだけで騒ぎになる」
「そ、そうですよね……。ごめんなさい」
「心配ないさ。対策はあるからさ」
「対策、ですか?」
「ああ。というわけで、30分くらい待っててくれるかい?」
「はい。待つだけなら、全然大丈夫です」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
そう言うやいなや、青年は部屋から出ていった。
まあ、今は彼を信じよう。おれがどうこうしたってどうにもならないだろうし。
「あ、これ……」
棚の上には、おれのおじさんからもらった金貨10枚の価値があるという小太刀が置かれていた。
あの人、ちゃんと返してくれたんだ。貴重なモノだって言ってたのに。
「……本当に、優しい人だ」
この世界にも、こんなに優しい人がいるんだ。
最初が最初だったからな。嫌な先入観がついてしまっていた。
「見方を変えないとな」
窓の外に見える景色が、なんだか温かく感じた。