その青年は
地下水道を抜け、外に出た。
暗い。もう夜みたいだ。
それと、地下水道を通ってきたからか、だいぶ汚れてしまった。
寒いな。薄着だし、どこか屋根のある場所で休みたい。
「ファイヤーボールとか、出せないかな」
魔族だし、それくらい出来るのではなかろうか。
魔力があるから封じるアイテム身につけられてたんだろうし。
そう思い至り、おれは念じた。
火よ出ろ火よ出ろ……。
すると、手の上に呆気なく火が出た。
「お、おぉ……」
感動だ。おれ、魔法使えるよ。
薪、集めよう。薪。そして火を強くしよう。
焚き火だ焚き火だ。
「っと、まてよ」
火を熾す→人が来る→おれの眼を見られる→魔族認定される→投獄。
この流れはダメだ。繰り返してはならない物語だ。
失敗は次に活かすもの。せっかく辺りに誰もいない場所に出たんだし、目立つことはしたくない。
「さむ……」
風邪ひくぞこんちくしょー。
こんな幼女が風邪ひいたら、それだけで死んじゃうぞ。
ぶるぶる。さぶい。
「はぁ……」
空を見上げると、星がキラキラと輝いていた。
きれいだなー。異世界も、星って見えるんだなー。
なんて現実逃避をしようとしていたら、向こうから馬車がやってきた。反射的に構えてしまう。また騎士達が降りてくるかもしれない。
「そうだ。右眼を瞑ればいいんだ」
名案である。天才だ。
社畜なめんなよ?
「ようし、完璧」
なんかウインクしているように見えそうだが、まあいいか。
徐々に馬車が近づいてくる。
ドキドキドキ。
――キキーッ!
えええええ、止まるんですか……。
また魔族だってばれたんですか……。
「そこのきみ! 大丈夫かい!?」
と、思いきや。
いや、今回はどうやら違ったようだ。
馬を操っていた青年が、飛び降りてこちらにやってきた。
「その、大丈夫、といいますと?」
「こんな時間にこんなトコで女の子1人でいたら危ないよ? 魔物だってでるんだから。ちゃんとおうちに帰らなきゃ。――ん、その小太刀は……」
黒髪の青年は、おれの手に握られたものに反応した。
牢屋でおじさんからもらった小太刀だ。
「ま、まさか……」
「これですか?」
青年が気にしていたのは眼じゃなくてこっちだったのか。これでよければいくらでも見てやってください。
「よかったら、どうぞ」
おれは右目を閉じたまま小太刀を黒髪の青年に渡した。
「これは……。柄にあるこの印、やっぱり名匠、エドモン・ミラーの作だよ。どうしてこんなものをきみが持っているんだい?」
「これはある人から頂いたものですが……。この小太刀、そんなにすごいものなんですか?」
「金貨10枚の価値はあるんじゃないかな。そのある人って、誰なんだい?」
「それはわかりません。わたしも、名前は訊けませんでしたので」
「そっか。でも、エドモンは今獄中にいるはずだから、本人からもらったってわけじゃないだろうね。一体何者なんだろう」
「……」
おおう。あの人、ロリコンで変態で漢で名匠だったのか。
しかし、なぜ名匠が投獄されていたんだろう。謎だ。
「エドモンは魔剣に手を出した鍛冶師でね。それがばれて3年前くらいに捕まったんだ。でも彼の技術は貴重なものだから、早々死刑とかにはならないと思うけど……」
おれの心の内を読み取ったかのように青年は言った。
でも、おじさん死刑にはならないのか。それならよかった。
「それにしても、魔剣、ですか」
「うん。暗黒物質を用いて加工する代物なんだ。聞いた話では、使用者を呪わせるだけでは飽き足らず、辺りにも振り撒くんだとか。魔族の武器版って感じだね」
「……っ」
それは、色々とおれに関わってるような。
そうだった。この人はなんとなく優しそうだったから喋ってたけど、おれはこの世界じゃ魔族なんだ。道を歩くだけで投獄される存在なんだ。きっとこの人も変わらない。
「すみません、ちょっと用事を思い出したのでわたしはこのへんで失礼します」
「あっ! ちょっと!」
青年に背を向け、逃げる。
三十六計逃げるに如かず。
今度捕まったら脱獄なんてできるかわからない。なら、捕まらないように逃げるしかないだろう。いきなり逃げ出して不審者と思われても、まさか追ってきたりはしないだろうし。
それからしばらく走った。なるべく人目の付かないような場所を選んで走った。走って走って走った。だが、そこは元社畜。体力などあろうはずもなく。というより、こんな女の子の身体じゃ体力なんてあるはずもないわけで。気付いたら盛大にぜーはーぜーは言いながらぶっ倒れていた。
ああ、きついなぁ。
やっぱり、空は綺麗だな。このままこの夜空を眺めながら朽ち果ててもいいか。この世界に、居場所はないみたいだし。せめて普通の人間だったなら、平和に暮らしていけたかもしれないけど。
「……地面、ごつごつしてて背中痛い」
まだ営業車の車内の方が快適だ。
思えば小太刀もあの人に渡したままだ。金貨10枚の価値があるなら、売って生活資金にすればよかった。おれのばかおれのばかおれのばか。
良いことないなぁ。
異世界に来てからというもの、散々な目にしかあってない。
すごく、温かいものが食べたい。満たされたい。
この世界に来てから、まだ何も食べてないよ。道理でお腹が減るわけだ。腹の虫鳴りまくりだよ。というか腹の音まで可愛いな。これが女の子の特権ですか。
「ここで寝たら、死ぬ、かなぁ……」
でももうダメだ。意識が遠のいていく。
何かに吸い込まれるように、おれは意識を手放した。