暗闇の出会い
牢屋来ましたよ、牢屋。
先ほどの失礼な騎士達に連行される形ね。
優しくって言ったのに、無理矢理引っ張られたよ。
それにここ、地下で薄暗いし、不衛生だし、床冷たいし、いいことない。もう最悪。これならまだ取引先からのクレーム処理の方がマシだよ。
「――幼女だぁ……辛抱堪らん……」
でも、問題はそんなことじゃない。
どうやらこの牢屋は2人部屋のようだ。
そして、同居人がどうも変態っぽかった。
さっきから涎たらしてこっち見てるよ。
正直まじやべえ。
マジで犯される5秒前だこれ。
絶対部屋割りならぬ牢屋割りミスってるって。
「鎮めてくれ……この、滾る想いを鎮めてくれぇ……」
あのー、滾ってるのは股間なんだけど。
幸い、彼の腕は拘束されており、無理やり犯されるとかはなさそうなので一安心。いや、安心は全然出来ないか。この状況がそもそもやばい。裁きとか言ってたし、もしかして死刑? それはこまる。非常にこまる。
「可愛いねぇお嬢ちゃん……。ああ、ぷにぷにのほっぺ、ふわふわの灰色の髪、透き通るような瞳……。可愛いよぉ? 可愛いから、おじさんのココをシゴいてくれないかい?」
ねっとりきいてくるな、このロン毛おじさん。
でも、おれも手は拘束されているわけで。
残念だけど、おじさんのソコはしごいてやれない。
まあ、拘束されてなくてもしないけど。
「あ、あぁ……、そうだよねぇ……。可愛いらしい小さなおてて、縛られてるもんねぇ。可哀想に、可哀想に……。でも大丈夫だよぉ? お口でもいいからねぇ……」
いやいやいや。それはもっとマズイでしょうよ。色々と。
口で、って、それはもうあれじゃないか。フで始まってラで終わる行為じゃないか。さすがに無理。もちろん手も嫌だけど。
「もうしわけないですけど、できないです」
丁寧に断った。
こういう時は、真摯に謝ることが大事だ。
「声も、可愛いんだねぇ……。それだけでおじさん、イっちゃいそうだぁ……。あ、あああぁ……っ」
本当にそれだけで興奮したのか、おじさんは身体をビクビクと震わせた。
まさか、本当に声だけでイッた?
玄人になると、ここまで出来るものなのか。すげえ。
「はぁ……はぁ……。堪らないねぇ……」
「息、荒いですけど、大丈夫ですか?」
「なぁに、まだまだおじさんは元気さぁ……。でも、悪かったねぇ。変なこと言ってさぁ」
元気なのはおじさんの息子だろ。とは言わなかった。
それに、どうやら賢者モードのようだ。さっきまで変態丸出しの発言をしていたのに急に謝ってきたところを見るに、間違いないだろう。おれも元は男なので、それがどういう心地かわからないこともない。
「いえ、お気になさらず」
「そう言ってくれるとは、優しいんだねぇ。手を拘束されていると、出すものも出せないから、色々溜まっちゃうのさ」
「それは大変ですね。お察しします」
確かに、牢屋で腕縛られたら出来ないよなぁ。
性欲処理、これほんと大事。
それから少しずつ賢者モードのおじさんとお喋りした。そのおかげで多少はこの世界のことを知ることが出来た。魔法の存在とか、魔物の存在とか。特に、魔族についてはとても知りたかったことだ。
「――では、魔族とは呪われた種ということですか。それを周りに振り撒くのだと」
「そうなるねぇ。まあ、お嬢ちゃんみたいな魔族なら大歓迎だけどねぇ」
「そう言っていただけるとありがたいですが……。しかし、こまりました。わたしは、この世界では魔族になるようなのですが、生きていくのは困難でしょうか」
「そうだねぇ。神聖教会が許さないだろうし、無事に暮らしたいなら魔界に帰った方が、いいかもねぇ」
「魔界、ですか」
まいった。また知らない言葉だ。
察するに、魔族のいる世界なんだろうけど、そこに帰ったとしてもおれには居場所がない。この世界にいようが魔界に行こうが、結果は変わらない気がする。
それに、魔族って怖そうだし。おれも魔族らしいけどさ。
「それにしてもお嬢ちゃん、何も知らないんだねぇ。まだこっちには来たばかりなのかい?」
「そうですね。まだ来たばっかりです」
魔界からではなく、日本からだけど。
「瞳の紋章も片方だけだし、不思議な魔族さんだねぇ。まあ、おじさん的には可愛ければなんでもいいんだけどねぇ」
全世界がこのおじさんのようなロリコンならいいのに。
そうしたら人生イージーモードじゃないか。
でも、代わりに襲われそうだ……。それはかんべん。
「――時間だ! 外に出ろ!」
唐突に叫んだのは、看守さんだった。
檻が開けられる。牢屋に看守が入ってくる。
時間ってあれですか、処刑のお時間ですか。
ガクガクブルブル。まださすがに死にたくない。
「さっさとしろ!」
「い、痛いです……」
「うるさい! 口答えをするな!」
おおう。辛すぎるよ魔族。
人権ないもんなぁ。魔族。
「ううむ。これはいけないな。どうせ処刑されるのなら、最後くらい幼女のために頑張ってみようかねぇ……」
――ズドン!
いきなり爆発が起きた。
すると、おれを連れていこうとしていた看守がぶっ飛んでいた。
「き、貴様……! 魔法を使えたというのか……!?」
看守はぼろぼろになりながら驚愕している。動けないのか、倒れたまま起き上がらない。
「おじさん、どうして……?」
「そっちに進んで、突き当たりを右に。それから、階段を下りて扉を開けると地下水道につく。カギはこれさ」
そう言うと、おじさんはおれにカギを渡してきた。
そして、どんな原理かわからないが、おじさんは自身の手枷を壊した。勝手にカギが外れたのでこれも魔法かもしれない。
「さあ、こっちにおいで」
「は、はい」
おじさんに言われるがままに、拘束された手を出す。
おじさんは魔法で小太刀を召喚し、おれの拘束を破壊した。
「カギは以前居眠りな看守から拝借したのさ。それと、お嬢ちゃんの腕に巻かれてるそれも、はずしておくんだよ。それは魔力を封じ込めるアイテムだからね」
「わ、わかりました」
言われるがままに、腕に巻かれていた布を破り捨てた。
まあ、だからといって魔法を使えるかわかりませんが。
「護身用にこれを。ただの小太刀だよ」
おじさんが先ほど召喚した小太刀を受け取る。
「あ、ありがとうございます」
「さ、早く。騒ぎに気付いた連中が来る。その前に」
先ほどまでのロリコン変態とは違い、目が据わっていた。
やはり、変態と紳士は紙一重なのか。
「あの、おじさんは?」
「おじさんのことは気にしなくていい。どうせ死ぬ身さ」
意味深なことを言うおじさん。
そうこうしていると、他の看守たちがやってきた。
「最期くらい、カッコつけさせて欲しいのさ。じゃあ、達者で生きるんだよ」
その言葉を最後に、おじさんは看守たちの方に向かって魔法を発動させた。火の魔法だ。爆発が巻き起こり地下牢が大きく揺れる。
その隙に、おれはその場を離脱した。
何度も後ろを振り返った。
でも、おじさんは来なかった。
不意に寂しさを感じた。
それでも、おれは先へと進んだ。
「おじさん、ありがとう……」
この恩は一生忘れないだろう。
おじさんはロリコンで変態だった。
それでもおじさんは、漢だった。