家事と騒動
エクトル邸。
時刻は夕方。
おれは、三角巾を頭に巻き、モップを片手に持ち、マスクをした状態で仁王立ちしていた。
「まさか、ここまで散らかっているとは……」
そう、エクトル邸はかなり散らかっていた。工房スペースはまだわかるにしても、どうして生活スペースまでこうも汚れているのか。服は脱ぎっぱなしだし、洗濯物はたまりまくっている。食器は洗い残しまくりで、床は物が散乱している。
「まあ、男の1人暮らしだし、仕方ないのかな」
だが、おれは1人暮らしで家事全般に覚醒した。炊事洗濯、なんでも1人でこなしてきた。もはやそこらの主婦に負けるとも劣らない家事力を身に付けたおれは、近所のマダム達に頼られていたくらいである。
家事力はおれのステータスだ。誇れる唯一のスキルだ。
せっかくここで暮らすのだから、エクトルが工匠会とやらに行ってる間に片付けてしまおう。
「ようし、やろう」
まずはリビングから。
バラバラに散乱している洋服類を丁寧に畳み、片す。
汚れているものはカゴへぶち込む。
ある程度地面を踏めるようになってきた所で、雑巾を走らせる。
棚の上や机、埃が溜まっている場所を重点的に掃除した。
最後は整理整頓。見た目が大事だ。
テキパキこなすこと1時間。リビングの清掃は終わった。
「ふぅ……」
こんなものか。
だいぶ見違える。ちゃんと棚があるんだからそこに片付ければここまで散らからないんだけどな。こればっかりは性格だろうか。
「次は……」
寝室だな。
かなり広い寝室に、ベッドが2つある。
そういえば元々この家はエクトルを拾った工匠の人の物だったんだっけ。2人暮らしだったようだし、ベッドが2つあるのはそういうことだろう。
それにしても、こっちにも服が……。
主に下着類か。男用のものだが、特に何とも思わない。元男だし。
「よし」
気合いを入れ、清掃開始。
先ほど同様に衣服類を畳み、畳み、畳む。
先ほどと同じく、洗濯が必要なものはカゴへ。
それからせっせと収納し、雑巾がけ。
埃などを駆除し、見た目を整える。
――完璧だ。清掃王に、おれはなる。
「1人暮らしで身に付けた家事スキルが、まさか異世界で活躍するとはなぁ」
これは想定外だ。
次は洗濯だな。洗濯。
というか、この世界に洗濯機とかないだろう。
まあ、洗剤と水さえあれば、何とかなる。手洗いの方が汚れも落ちるしな。
洗濯機壊れて、長い間手洗い洗濯してきたかいがあった。何事も経験とはこのことだな。
それから家の中を歩き回り、洗濯場を見つけた。
洗剤もあるようだ。というか、あまり使っていないのかここは散らかっていないな。
「さて」
腕まくりし、洗濯を開始する。
水溜を一杯にし、洗剤を投入。
あとは衣服をぶち込んでごしごしするだけだ。
だが、繊維によっては力加減が必要になる。ごしごしやりすぎるとシワシワになるものもあるのだ。
「順調順調」
テキパキ洗い、手洗いを済ませていく。
時間にして1時間未満だろうか。ようやく洗濯が終わった。
洗ったら、次は干す。乾燥機なんてないだろうしな。
夕方だが、まあ大丈夫だろう。
「いや、待てよ」
そういえば、この身体は魔法が使えたな。
ファイアボールで乾かせないだろうか。
よし、それでいこう。
おれは洗濯カゴを持ち、庭に出た。
一枚一枚丁寧に干していく。
全て干したら、準備完了だ。
「炎よ!」
軽く念じると、手のひらに火球が。
便利だな魔法。こういう力があれば、文化は生前とは違う方向に発達しそうだ。
良い感じに乾いてきた。ファイアボールさまさまだ。
後は自然乾燥を待とう。
そう思い、家に戻ろうとしたら、謎の視線を感じた。
ハッとし、庭の外を見ると、そこには何者かが。
やべえよやべえよ……。
なんか睨まれてるよ。ていうかあの人誰だよ。
金髪で美人さんだ。格好を見るに騎士だろうか。それに、耳がツンと長い。いわゆるエルフ族ってやつか。
「……ぁ……」
どうしよう。
声をかけてもいいものか。というかどう見ても不審者なんですけど。警察に通報しないと……。って、警察とかいないだろこの世界。
などと、おれが慌てふためいていたら、向こうが動いた。
「そこのお前! 私と勝負しろ!」
ビシィッっとレイピアを突き付けられた。
って、まてまて。勝負ってなんだよ。
おれはファイアボールくらいしか出せないぞ。勝負とか無理だってば。
「その腰の刀。お前も武芸者なんだろう? ならば、逃げることは許さんぞ!」
「え、えっとですね。これは護身用で、戦うためのものでは……」
「問答無用! いざ、尋常に!」
騎士エルフは飛び上がり、有無を言わさずにおれに攻撃してきた。
やばいと思ったおれは、咄嗟にファイアボールを召喚。それを投げつけた。
「その程度の魔法、私には通用しないぞ!」
「うえぇ!?」
いとも容易くおれのファイアボールがレイピアでかき消されてしまった。
これはもうどうしようもない。刀は使えないし。
近づく殺気。やばい気配。
逃げるしかない、と、そう思った瞬間。
「す、ストップ! ちょっと待った!!」
慌てた様子のエクトルが制止に割って入ってきた。ちょうどお出かけから帰ってきたようだ。
その声に、騎士エルフは瞬時に反応。大人しく引き下がった。
それにしてもなんというグッドタイミング。さすがエクトル。
「いったいどうしたの! こんなところで!」
「あ、いや、これはだな……その……」
急にしおらしくなる騎士エルフ。
なんかおれと態度違うくない?
さっきまでの威勢はどこへ行ったんだ。
「オレリア! 君はこんなことするような人間じゃないだろう!?」
「う、うぅ……。すまない……」
騎士エルフ……もとい、オレリアさんは、エクトルに怒られて申し訳なさそうに謝った。ていうか2人は知り合いなのか。
「僕に謝っても仕方ないだろう? ほら、マーハにも」
エクトルに言われ、オレリアさんはおれの方に向き直った。
そして、若干悔しそうな表情で頭を下げた。
「すまなかった……」
「い、いえ、お気になさらず……」
何か事情があるんだろう。エクトルの知り合いみたいだし。
でも、ぶっちゃけ納得いかない。そりゃそうだろう。いきなり酷い目に遭わされそうだったわけだし。お気になさらずとか言ったけど内心ガクブルだぞこのやろう。
「ひとまず中に入ろうか。ここにいてもなんだしね」
というわけで。エルフの騎士ことオレリアさんと一緒にエクトル低に入ることになるのだった。




