新たな一歩
村で一泊した後、再び馬車での移動が始まった。
延々と砂利道を進む。おかげで車輪がガタガタ揺れ、お尻痛い。
エクトルは慣れているのか、涼しい顔をしている。馬車が大きく揺れた時には、おれの肩を掴んでくれるくらい余裕を持っている。イケメンか。
そして魔物だ。魔物。
なんかオオカミみたいなやつが出てきた時も、エクトルは平気な顔で撃退していた。工匠なんかしてないで冒険者やればいいのに。ギルドでクエストで報酬だろ。めっちゃ稼げそう。
おれはというと――。
戦う間もなく戦闘が終わっていました。
ファイアーボールくらいなら出せたし、やれないこともなさそうだけど、まずは鍛錬がいるな。いきなり実践は荷が重い。
だが、戦闘も仕事に含まれるのなら慣れなければならない。モンスターの素材も必要になることがあるとエクトルは言っていたし、戦闘になる場面も出てくるだろう。
まあ、今考えても仕方ない。今後の課題だ。
そんなこんなで、馬車は無事に商工都市エルクラークに到着した。
なんと、海が見える。大陸の方に運河が流れている所を見るに、エルクラークの中にも水路がありそうだ。まるでベネツィアだ。
馬車はゆっくりとエルクラークの中に入っていく。
外に運河が伸びていたので予想できたが、エルクラークの中にも大きな水路が走っていた。
「商工都市エルクラーク。別名で水の都エルクラークとも言われているよ。交易が盛んで、その名の通り商工も栄えてる。工匠の聖地さ」
「すごいですね……」
水路に浮かぶゴンドラ。
メインストリートを行き交う商隊の馬車。
所狭しと並ぶ露店に活気のある街並み。
帝都と見比べても、見劣りしないレベルの都市だ。
「職人の街でもあるからね。だからかな。エルクラークの商品は、質が高いものが多いんだ。もちろん、それ目当てでくる行商人や貴族も多くやってくるよ」
「賑やかな街なんですね」
「そうだね。でも、残念だけど僕の工房の周辺は静かな地区だよ」
「あ、そうなんですね。ですけど、個人的に住む場所は静かな場所が良いのでよかったです」
「それは丁度良かった。僕も賑やかなのは嫌いじゃないけど、ゆったりしている所の方が落ちつくかな」
「わたしと同じです」
「だね」
微笑むエクトル。
本当に、優しそうな顔をしている。
まあ、中身も相当だけど。
それからは、新鮮な街並みを堪能しつつ馬車でエルクラーク内を進んだ。
しばらく行くと、穏やかな風が吹いてきた。
さっきまでの喧騒とは打って変わり、静かな空気が流れている。
遠くには小柄な灯台が見える。そばにはもちろん海が広がっている。
波の音が心地良い。癒される。素晴らしい。
沿岸地域をさらに進むと、ぽつんと一軒家が見えてきた。
煙突がある家だ。それに結構でかい。工房が一緒になっているからだろう。
「あそこだよ」
「わぁ……、良い所ですね」
「マーハも気に入ってくれたなら嬉しく思うよ。これから住むことになる場所だしね」
「そうですね。これからわたしは、ここで暮らしていくんだ……」
そうか、おれは今日からあの家で暮らすのか。
なんだか、出来過ぎな気もする。最初の不幸が嘘のようだ。
「不安かい?」
「あ、いえ、そういうわけではないんですけどね。ただ、いいのかなって思いまして。わたしなんかが、あの家で暮らしても」
「なんだ、そんなことか」
「そ、そんなことって……」
おれにとっては大問題である。
エクトルと出会えていなかったら、どうなっていたか。もしかしたら、この身体を売っていたかもしれない。女ということを利用して、お金を稼ぐ。いわゆる夜の仕事だ。
そうならなかったのも、エクトルのおかげだ。この出会いには感謝してもしきれない。
「マーハが気に悩む必要は全くないよ。これは僕のエゴだしね。むしろこっちからお願いしたいくらいなんだから」
「それはどうしてですか?」
「実はさ、僕は孤児だったんだ。それでまあ、僕を拾ってくれた人が工匠で、あの工房を持っていたんだけどね。今はもう亡くなってて、僕はあの広い家で1人っきりなんだけど……。もちろん、工匠の仕事は継いで稼ぎもある。でも、やっぱり1人って寂しいんだよ。どうしてあの人が僕を拾ってくれたのかも、今ならなんとなくわかる気がするよ」
「1人……」
そうか。1人か。
おれも、実家を離れて1人で働いていた。
働いて働いて、1人、暮らしていたんだ。
それはやっぱり寂しくて、時には泣きそうになることもあった。誰かがいてくれればと、そう思うこともあった。
つまりは、そういうことなんだろう。
エクトルも、1人で生きていたくなかった。だからおれも連れて帰った。過去の自分と似た境遇のおれを。
それはやっぱり運命だったのかもしれない。赤い糸とは言わないまでも、おれとエクトルは出会う運命だった。今はそう思うことにしよう。
「うん。だから、これからよろしくね、マーハ」
「はい。よろしくお願いします、エクトル」
そうして、おれの工匠の助手としての第一歩がスタートするのだった。




