地味な薔薇、派手な偵察
「それでですね、そのとき理愛がなんて言ったと思います?」
「うーん、分からない……正解は?」
『だって、私の守護妖精がいやだって言うんだもん、塩は何でも浄化しちゃうから嫌いなんだって』
「うわ!流石に思いつかなかったわ、というかプールに入ってるのは塩じゃなくて塩素だし」
「何かのせいで間違えたんだよ!というかこれ以上僕の昔の話で盛り上がらないで!」
何故か、この場は僕の昔話で盛り上がっていた。具体的には12歳の頃の話である。
「分かった分かった、もう止めるわよ、でも理愛ちゃん、私妖精と幽霊は違うと思うの……」
「あの頃の理愛は何故か塩のことを万能兵器だと思ってましたからね」
「ああもう!話変えよう!!何かないの?」
「そんなこと言われましても、昔の理愛より面白い話なんてなかなか思いつかないですよ」
「うーん、あ!ゲームのちょっとした話があるわよ」
「え、どんなの?」
「食いつきすぎですよ、理愛」
ここで話題を変えないとすぐに僕の過去が丸裸になってしまう。
「それがね?昔大掃除をしたときに家の物置に大きな機械があったのよ」
佳枝が宙に1m×50cmくらいの長方形を「これくらい」と言って描いた。
「それでね?その機械の隣にはテレビみたいな機械もあってね、コンセントもちゃんとついてたの。面白そうだったからお兄ちゃんに頼んで引っ張り出してもらって部屋で繋いでみたの」
「へぇ、壊れてなかったんですか?」
「いや、起動はしたけど実は壊れてたみたいで……機械もモニターも起動はしたんだけど、バグってたみたいで「ゲームスタート」って文字が出たんだけど、画面が全く変わらなくて、動かし方も分からなかったからすぐにコンセント抜いたわ、家族に話したら次の日には業者が回収してたわね」
「へぇ、不思議なものもあるんですね。ゲームスタートっていうことはそれもゲームの一種なんですかね?」
「うん、多分そうだと思うわよ」
変な物もあるものだ、しかし、テレビの画面でゲームをやる、というのはなかなか面白そうである。自分のキャラに絵がついて動き回る光景は非常に見てみたい。
しかし、そんな物が昔に作られていたならもう発売されていても良いと思うのだが……やはり難しかったのだろうか、そう考えると、レアリタットの開発者は本物の天才だと思う。
「あ、着いたみたいよ!」
目の前にはやけに四角い建物が一つ、上の部分は魔物に壊されたようで無くなっている。
「この妙に世界観に合っていない建物が目的地なんですかね?」
「位置からして間違いないと思うよ、世界観に合っていないのは…………」
「思いつくだけなら、この建物は魔法で作られているとか、もしくは人間とは違う建築能力を持つ魔物の小陣地とか?」
確かに、その設定ならある程度は納得できる。
「そうでしょ――
佐奈が続きを言おうとした瞬間、佳枝が後ろから口をふさいで遺跡の方を指で指した。
「……」
其処に居たのは四足の凶暴な魔物「魔狼」と二足歩行をする醜い幼児のような魔物「小魔人」だった。
岩と地面の高さで隠れていたのだろうか、先ほどまで見えなかったにもかかわらず、僕等との距離は数十メートルしかない。
すぐにしゃがみこんだからよかったが、立ったままなら見つかっていただろう。
横を見れば佳枝は既に武器である剣を抜いていて、僕に「武器を抜け」というジェスチャーをしていた。
僕等の目的はレベル上げ兼偵察だ、他に魔物の姿は無いし、おそらく此処で避けてもいつかは戦う事になるだろう。
要するに此処で戦うのは悪くない、そう考えた僕は佳枝に従って新たな武器である「細剣」を抜いた。
佳枝は佐奈を深い草むらに隠すと、わざと大きな音を立てて元来た方向に駆け出した。
二体の魔物は佳枝の倍近い速さで僕等二人に気づくことなく追いかけて行った。
佳枝は魔物が僕等に気づいていないことと距離が殆ど無くなったことを確認すると素早く振り返り、武器を両手で構え、詠唱を紡ぎ始めた。
epee
【抜刀】
La coupe et la chasse
【草を刈るもの、獣を狩るもの】
Le meme en ce sens que coupe
【風を纏いて現れよ、薙払いて切刻め】
Vent tuer
【―斬風烈閃―】
佳枝が剣を振ると同時に風が吹き荒れた。
腕の長さに武器の長さを足しても2mにもならない、敵との距離はおおよそ4m。
現実では威嚇にしかならない行動、敵の速度を考えれば隙を見せるだけとも言えるかもしれない。
しかし、此処は機械の世界であり、『現実』では無いのだ。
刃は無論外れた。しかし、次の刹那には既に風は魔物に「触れていた」、風の触れた次の瞬間、二体の魔物の体に無数の切り傷が駆った。
――戦闘者の技能、「斬風烈閃」である。
決して強力なスキルではないが、広い攻撃範囲を持っている為2体以上の相手に対する攻撃、もしくは「陽動」に使用される。
風による傷は致命傷どころか大きな傷にすらなっていない、攻撃という面では失敗したと言えるだろう。そう、攻撃という面ではだ。
二体の魔物は敵を見つけたという事実だけで精神を高ぶらせていた、そこに謎の風とそのによる切り傷、彼等を激昂させるには十分な要素である。
そして、激昂させたということは「陽動」という面では成功したということだ。
album ignitis
【其の焔は具現する】
Aquam miserebitur miserere
【聖杯は傾きその慈悲は流れ出す】
本来激昂という物は戦闘において決して悪いものではない。
精神の高揚は肉体を強化し、限界以上の力を引き出す、此の戦いが少女一人を二体の魔物が襲うという単純な物だったのなら、激昂は最善の選択肢だっただろう。
そう、それが単純な戦闘であったのなら。
Arma quis est flamma potens
【其は刃に宿り担い手の力と変わる】
Nulla a ipsum scutum eius
【彼の者は其をその身に受ける】
魔物等は気づかない、自らの背後にいる敵に。
本来なら気づかない筈が無い、獣の能力をを多く持つ魔狼ならなおさらだ。
Vas unum, intelligatur alterum telum telo fieri fortior
【振り下ろされる刃は断罪の化身と成り彼の者の敵を裁かん】
Scutum, et clypeum, et sub alia arma fieri fortior
【振り下ろされる刃はその力を失い地へと墜ちその力を失わん】
残りの距離を魔狼が跳躍で詰め、牙をむき出しにして飛び掛る
佳枝が大きく避ける
小魔人が手に持った斧で切りつける
佳枝が小さく避ける
小魔人が素早く二度目の攻撃を放つ
佳枝が武器で受ける
魔狼が背後から飛び掛る
佳枝が左腕で受ける
左腕を噛み付かれ無防備になった佳枝の胴に小魔人の斧が迫る――
BaningWepon
【―業火宿剣―】
AsicrSild
【―凍結衛盾―】
斧が佳枝の体に触れたその瞬間、斧が「氷の盾に弾かれた」。
――凍結衛盾、一定の物理ダメージを氷の盾で無効化する魔法であり、小魔人の攻撃なら全力でも2回は確実に防ぐことが可能である。
二人の声とその効果で魔法が掛かったことを確認した佳枝は右手の剣を魔狼の背に突き立てる。剣自体は硬い皮に阻まれ表皮を傷つけるだけで終わったが、魔狼は悲鳴を上げ飛びのいた。
その理由は背を見ればすぐに理解できる。傷口を中心に炎が広がっているのだ。
――業火宿剣、炎によって武器の攻撃力を上げる魔法であり、戦闘者にとって非常に強力な魔法である。
魔狼は地を転がって背の炎を消そうとする、無論その間は戦闘など不可能だ。
無論その間に攻撃をしない道理など無い、佳枝は止めを刺さんと剣を振り上げる。
しかし、魔狼の仲間である小魔人にとっては黙って止めを刺させる道理こそ無いのだ。
佳枝の剣は小魔人の斧により阻まれる。小魔人は素早く佳枝の脛をその硬い足先で蹴りつけ、即座に飛びのいた。
凍結衛盾が無ければ痛みで悶絶していただろう。魔狼に止めは刺したいが、魔法の効果持続の面でこれ以上ダメージを受けたくない、故に魔狼は後回しとなる。目の前にはほぼ無傷の敵がいるのだ。
そう考え、小魔人に向けて剣を構えなおした時、魔狼が大きな悲鳴を上げ、倒れた。
魔狼に止めを刺した武器は「細剣」、それを振り下ろしたのは佳枝の仲間である暮井理愛だった。
「攻撃は引き付けるから!」
「了解!」
佳枝は小魔人が理愛を見る前に全力で斬りつけた。小魔人は素早く避け、隙有りとばかりに攻撃を仕掛けた。
佳枝は素早く身をかわした、右腕に小さな傷を負ったが戦闘の障害にはならない。
無論攻撃後は小魔人にも隙が生まれる。しかし、佳枝と小魔人の隙には大きな差があるのだ。
佳枝の敵は一体しか居らず、攻撃は必ず正面から来る。
しかし、小魔人の敵は二人であり、背後から攻撃が来るということだ。
小魔人の背後にいる理愛は当然その展開を予想しており、細剣を小魔人に突き立てた。
「佳枝!」
突攻撃に特化した武器である細剣は非力な詠唱者が小魔人の硬い皮を突くという条件でもその攻撃力を発揮することが出来た。
佳枝は細剣を刺された小魔人の左手に周り――
「これでっ、止めぇ!!」
――炎を纏った剣を振り下ろした。
首から入った刃は容易く小魔人の体を引き裂き、炎を放った。
小魔人は凄まじい悲鳴を上げて地面に倒れた。比較的無事な右腕と右足で体を起こそうとするが、炎と左半身に阻まれ立ち上がることが出来ない。
その数秒後、炎が全身を燃やす前に小魔人の体は地へ溶けていった――