表と裏は運命共同体
町の中の建物は石やレンガ、もしくは木で作られており教科書で見た中世の町並みを再現している。
左右を見渡してみると、右には武具店、左には薬、雑貨店が並んでいた。
「プレイヤーが使う道具はここで揃うみたいですね、後で覗きましょう」
「そうだね、でもまずは……」
僕が目指そうと言おうとした場所は少し歩いただけで着いた。
酒場、RPGでの情報収集場所の定番であり、レアリタットでも依頼を受けられる場所となっていて、宿屋も内包している。なので必然的にプレイヤーの多くはここを拠点とするだろう、と僕と佐奈は予想している。(宿屋でログアウトすることでステータスボーナスが得られる)
そして、中から聞こえてくる声からして、僕らの予想は正しかったようで、二日目にもかかわらず多くのプレイヤーが中で話をしている。
僕は佐奈が頷くのを確認して、腕に力を入れて両開きのドアを開けた。
「いらっしゃいませ、サレードニルの酒場にようこそ!お好きな席にお座りください!」
門番ほど大きな声ではないが、ウェイトレスのNPCが台詞を言った。
「それじゃあまあ、とりあえず……」
「空いてる席を探しましょうか」
僕らが入り口を離れようとしたところ、後ろから足音が聞こえた。
20歳ほどの男(あくまでアバターなのだが)が周囲をキョロキョロと見回しながら酒場のドアを手で押した。すると不思議なことに男の腕はドアを押すことなく貫通したのだ。そして貫通した手は彼の存在に気づくことなく席を探していた佐奈の後頭部にぶつかった。
「痛いっ、なんですか?」
「あ……ああ、悪い!」
男は一言謝罪をすると慌てて元来た道を戻っていった。
「バグ、かな?」
「なにがですか?」
後頭部をさすりながら振り返った佐奈に僕は言った。
「いや、さっきの人。なぜかドアをすり抜けたんだ、それで佐奈の頭に当たったんだよ」
「なるほど、そういうことですか。それなら仕方ないですね」
佐奈はなるほど、という顔をして頷いた。
改めて酒場全体を見渡すと、奥にカウンターを見つけた。
「とりあえずカウンターまで向かわない?席もあるかもしれないし、依頼も受けられるんじゃないかな?」
レアリタットでは事前情報によって「依頼を受け、協力できるプレイヤーを集めてPTを組む」ことが推奨されている。なので、依頼が受けられればPTメンバーも誘いやすくなるだろう。
「たしかにそうですね、とりあえずカウンターに行ってみましょう」
古びた見た目の床を踏みながらカウンターまで向かった。無論古びているのは見た目だけなので軋む事は無い。
周りには会話をしている他のプレイヤーや、特に役割の無い客NPCでほとんど埋まっている。
カウンターは半円型の机に椅子が十数個、中に店員NPCというごく普通のものだった。
カウンターの椅子に座ると店員NPCはいらっしゃいませ、と僕らに声をかけて何の御用ですか?と続けた。
「ええと、とりあえず依頼の受け方を教えてもらえますか?」
「はい、あちらにあるクエストボードからお好きなクエストを取って、私に渡していただければクエスト受領となります」
佐奈の問いに、店員NPCはすぐ隣のクエストボードを指しながら答えた。
「それじゃ、見てみようか」
「はい、簡単そうなのがあると良いですね」
僕らが席を立とうとすると、店員NPCがもう一度口を開いた。
「クエストは自分で受けることもできますが、他の方が受けたクエストに協力して挑むこともできます。現在一人の方が協力者を募集しています」
幸運なことに、一人仲間を探しているプレイヤーがいるようだった。
良いクエストを見つけるのよりラッキーだ、僕らは本来PTメンバーを探しにきたのだから。
「佐奈、その人に話を聞いてみない?」
「はい、そうしましょう。まだ極端なレベル差は出ていないはずですしきっとPTを組めると思います」
佐奈も同じ事を考えたようで、僕に同意してくれた。
改めてその人について聞いてみようとすると……
「え?協力してくれるの!?」
後ろから女の子の声がした。
振り向いた先にいたのは、桃色より少し薄いピンクの長い髪をした僕と同い年くらいの美少女だった。髪の色から、アバターに気を使っているのだろう。
「もしかして、あなたがその?」
佐奈が聞き返すと、まさに感激と言った様子で女の子が続けた。
「そうそう、私なのよ。何時間も前から募集してたのに、来る人みんなに断られて途方に暮れていたところなのよ」
彼女は軽い口調で話したが、僕はひとつ不穏なところを見つけた。それは、何時間も待ってるのに皆に断られた、という部分だ
いきなり理由を聞くのもアレなので、なぜ断られたのか探そうと思う。……理由によっては断らないといけないかも。
「……とりあえず、そのクエストの内容が聞きたいんだけど」
「?もちろん良いわよ。はい、これ」
彼女はなんでわざわざそんなことを聞くのかという様子で返答すると、僕らに一枚の紙を渡した。
その内容は――――
クエスト 旧小陣地の奪還
過去に使われていたと思われる小陣地が発見されました。現在は魔物に占領されていますが、地面は均されていて建物の骨組みも残っている為奪還できれば大きな利益となることが予想されます。冒険者諸君はPTを組んでこの旧小陣地を奪還してください。
報酬 6000D+小陣地に残っている物
「……6000D?」
「多いでしょ!他のクエストは皆1000や2000のなかこれだけ6000だったんだから」
プレイヤーの初期資金は500Dで、モンスターを倒すと少しだけ追加される。今の僕らのお金が520×2なので、この報酬はかなり破格だ。それに小陣地に何かが残っていればさらに儲けが増える。
僕は佐奈の方を見て小声で言った
「理愛、この報酬、かなり多いですよね?」
「うん、これなら受けるべきかも。佐奈、良いよね?」
「はい、私はもちろん賛成です」
佐奈の了解を取ったので、振り返って言った
「そういうことで、僕らも協力するよ、よろしくね。えーっと、T.B.Blossamさん?」
「……その名前、気の迷いでつけたから、佳枝って呼んで。私の本名、桜葉佳枝だから」
「わかりました、私は『Sana』が本名なんでそれで呼んでください」
「僕も『Ria』が本名だからそのまま呼んでね」
「わかったわ、よろしくね。理愛ちゃんと佐奈ちゃん」
「ちゃん」をつけられるのはむずがゆいので訂正しようとすると、佐奈に脇腹をつつかれた。訂正するなといいたいらしい、まあゲームの中でならいいけどね……
それにしても、桜葉という苗字はどこかで見たことがあるような気がする。佳枝さんとは間違えなく初対面なんだけど……
「ああ!やっと出てきました、桜葉ってあの桜葉ですか!」
佐奈が手を叩きながら言った。どの桜葉かは僕も気になる。
「え、私のこと知ってるの?」
意外そうに聞き返した佳枝さんに向けて佐奈は続けた。
「厳密には佳枝さんのお家を知ってるんです。結構有名ですよ」
「ああ!僕も思い出したよ、あの大きい家だっけ?」
学校から少し離れたところ、僕らがいた孤児院の近くにあったものすごく大きな家に桜葉とあったことを思い出した。
「そうそう、その桜葉、全部木でできた馬鹿みたいに大きい家、30部屋庭付きの平屋よ」
「30部屋もあったんだ……」
一体何人家族なんだろう……
「実は20個以上空き部屋、正直いらないと思う……」
人口密度高すぎない……?
「っと、話がそれすぎたわね。作戦を練りましょ、といっても情報とか特に無いんだけど」
「え、なにも無いんですか?」
「それっておかしくないかな、敵の種類くらい書いてあるものと思ったんだけど」
「紙の裏とかに書いてありません?」
「確かに書いてありそうね」
佐奈に言われて佳枝さんはクエスト用紙の裏を見た。
「やっぱり、あったあった。見てみて!」
やはり裏に書いてあったらしい。
推奨レベル 3人PT Lv5
6人PT Lv4
有効 スペルキャスター
不要 ダンジョンウォーカー
主な魔物
小魔人
魔狼
期限 3日
「……」
「……」
「……」
沈黙が続く。
「取り消しとか勿論無しよ」
「そこをなんとか……」
「駄目」
推奨レベルを見れば、断られた理由と報酬が高い理由がわかった。Lv5なんてほとんどいないだろう。一日目から6人でモンスターを狩り続けでもしないと無理だと思う。
僕らは3人、そして皆Lv2(佳枝さんのLvは名前と一緒に確認した)、戦力が足りなすぎる
「というより、何で気づかなかったの!?」
「だってついさっきまで『ああ、以外に美味しいな~、そういえば外食なんてぜんぜんしてないな~』とか思いながらご飯食べてたのよ、味だけだけど!それに徹夜でやってた上に何度も死にながらやっとのことでこの町までたどり着いたんだからすごい疲れてたのよ!精神的に!」
「結構普通にお嬢様だね!」
「というか徹夜でやってたんですね!」
「それにナチュラルに表だけ見てOKした貴女たちも同じようなものよ!」
「仕方ないね佐奈!」
「諦めましょう理愛!」
もうヤケだ、どうにかこのクエストをクリアして大金を手に入れよう。佐奈の顔を見ようとしたら目が合った。同じ事を考えたようだ。
僕はため息をひとつついてから、佳枝さんの方を見て言った
「いまさら悩んでも仕方ないし、計画を立てようよ。あと、分け前は2000づつで」
「え、こういうの、私が多めにもらえるんじゃ……」
「佳枝さんは報酬の高い依頼を紹介してくれたやさしい人ですからね。勿論2000づつ分けてくれますよね?」
「……それでいいです」
一番大切なことが決まった。
「というか、今から分け前の話するなんて気が早いんじゃない?」
「佳枝さんは何かないの?」
「別にさんなんてつけなくて良いわよ、でもアイデアは……レベル上げくらい?」
レベル上げか……
「どう思います、佐奈さん?」
「そうですねぇ……」
「……」
「……」
「……」
「いや、いいと思いますよ、理愛は?」
「もちろんそれでいいと思うよ、Lv3までならいけるだろうし」
「さっきの掛け合いと妙な間は一体なんだったの!?」
「いえ、理愛が何か言いたいのかと思ったのですが何も考えてないみたいなんで」
佳枝さんが何か言うと、なんとなく否定したくなるんだよね。
「ちなみに今理愛は『佳枝さんが何か言うと、間違ってるって言いたくなる。』と考えています」
「なんで否定したくなるのよ……それに何で相手の考えてることがそんな正確に分かるのよ……」
伊達に長い付き合いじゃないからね。
「『伊達に長い付き合いじゃない。』」
「もう腹話術ね……」
「まあそういうわけで、ここでギャグしてても仕方ないし外でレベル上げする?」
「賛成です。ここでふざけてても何の意味も無いですしね、佳枝さんもいいですか?」
「いや、私は最初からそうしようって言ってたんだけど……勿論良いわよ」
佳枝は机に手を突いて立ち上がった。
立ち上がったということは、僕はひとつ大切なことをしないといけない。
「155?いや、髪があるから3か……よかった」
「身長?よく分かったわね」
「155周辺に敏感なだけなので気にしないであげてください」
佐奈の微妙に毒の入った言葉に佳枝は首をかしげて返した。
「ただモンスターを倒すだけなのもアレだし、偵察も兼ねようか」
「あ、賛成!理愛ちゃん頭良いね!」
「私も賛成です。それでは向かいましょうか」
僕は佳枝に続いて立ち上がって、僕の手をつかんだ佐奈が立ち上がったのを見て店を出た。
「……?」
「どうかしました?」
「いや、なんでもないよ。気のせいだと思う」
一瞬窓が割れてるように見えたのだが、気のせいか読み込みのミスだろう。
もう少しで真上に到達する太陽を見て、僕は言った。
「それより佳枝、先に武器屋によっていいかな?」
「勿論いいわよ、杖でも買うの?」
「杖もいいと思うけど、欲しい武器があるんだ」
「そうなの、じゃあ行きましょう……って、もう着いたけどね」
「目の前ですからねぇ……」
二人の声を聞きながら、僕は武器屋のやけに軽いドアを開けた――――