娯楽と責任感と甘えと異常
時間は朝、場所は食堂。本来なら混んでいるはずなのに、今日は人が半分ほどしかいなかった。
「なにかあったのかな?妙に人が少なくない?」
「そうですね、後その理由は多分……」
私が理由を説明しようとしたとき、二人の男子生徒が食堂に入ってきた。
「おい、寝るなっての、何時までやってたんだよ」
「覚えてない……」
彼らを見ながら私は言った
「こういうことですね、夜の間プレイする人が思っていたより多かったのでしょう。」
「なるほどね……この様子だと、僕らは昼に絞って正解だったみたいだね」
レアリタットの時間は現実と連動している。夜はモンスターが強力になるそうなので、私たちは夜は普通に寝る事にしていた。
「大変そうだけど、自業自得だね」
「ですね、一人ずつ起こして回るわけにもいきませんし、早く学校に行きましょう」
私はそう言って、食べ終わったトレイを持ち上げた。
「うん、遅刻するわけにもいかないからね」
既に食べ終わっていた理愛も同じように持ち上げた。
「それじゃ、玄関でね」
「はい、分かってますよ」
寮から学校までという短い距離だが。私たちは名残で待ち合わせていた。
普通なら女である私が毎日理愛を待たせることになるのが自然らしいのだが、ほぼ毎日私たちは大体同じ時間に玄関についていた。
「ごめんね、待った?」
「いえ、別に待ってませんよ」
――私が理愛を待たせない理由は2つあるそうだ、……両方理愛側の理由だが。
一つ目の理由はすぐに分かる、寝癖が少しも無く自然に整えられた髪と、皺のまったく無い制服。クラスメイト曰く、普通の男子は寝癖はともかく皺など気にしないのが殆どらしい。これが一つ目の理由。
もうひとつは近づくと分かる、彼から微かに漂う花の香り。彼の趣味の一つである香水だ。理愛の趣味はファッション全体であり、たとえ学校という毎日行く場所でもただ制服を着ただけで行くのは我慢出来ないそうだ、制服があるせいで服の組み合わせを考えられないのでせめて香水だけでも、と真剣に毎朝考えている。
これに関しては女子もしている人は一人も知らない。私も理愛にもらった数個しかもってないし、普段は使わないのだが。――
「それじゃ行きましょう、一分で着きますけどね」
私は理愛の手を取って歩き出した
「そういえば理愛、毎月の服券配布日はデパートに服を買いに行きますよね、12日でしたっけ」
「そうだね、その日はいくらレアリタットでもプレイはしないよ」
「そうだと確信していました。よければ今月、一緒に行っていいですか?」
「本当!もちろんいいよ、服とかも一緒に選ぼうね!」
彼がここまで喜んでいるのは、私がしばらく一緒に服を選んでないからだ。一緒に選べば着せ替え人形になるし、別に選べばかなり待たされる。服のセンスは折り紙付なのだが、正直疲れるのでここしばらくは断っていたのだ。
しかし、理愛の喜んでいる姿を見ると、「たまには着せ替え人形でもいいか」と私は思ったのだった。
教室中が歓喜と疑惑に満ちたのはホームルームでのこと、配られたプリントには「夏休みの開始を一週間早める」つまり来週からのはずの夏休みを明後日からにするということだった。
無論私も喜んだが、それ以上に疑問を持った。
「先生、何で夏休みが早くなるんですか?」
クラスの活発な子の質問に先生が答えた。
「それがな、先生達の半分くらいが寝てるか、ゲームをしてるみたいで学校に来ないんだ、B組の先生なんか出勤するくらいなら首にされてもいいなんていってな……」
私は驚いた。いや、呆れたといったほうがいいのだろうか、いい大人がそれでいいのだろうか?
正直これには国の「無職にも最低限の配給をする」方針の正しさを疑ってしまう。
「というわけで、今日から終了式の準備をしないといけないし、授業も出来ないからホームルームだけで終わりだ。皆、すぐに帰宅するように」
いまいち釈然としないが、素直に喜んでおくことにした。
しかし、改めてレアリタットを恐ろしいと思った。昨日発売されたばかりでありながら、すでに約半分の人間を捕らえていたのだ。
いくら画期的な娯楽といえ、これはいくらなんでもおかしいのではないか?国の体制のせい?単純にレアリタットが面白いから?そこまで考えたが、『そこでやめた、こんなことを考えても意味がないじゃないか。』
私は鞄を背負って理愛と寮に向かった。
「それでは理愛、帰ったらすぐにログインして、町を目指しましょうね!」
「あ、うん。もちろん分かってるよ」
理愛は何かを考えているようで歯切れの悪い返事を返した。別に悩むことなどないと思うのだが。
まあ理愛は困ったことがあればすぐに言ってくれるので、そこまで気にしなくてもいいだろう。私は理愛の手を取って、早足で歩き出した。