驚嘆する僕(わたし)
四足のモンスターが10体ほどだった。
他に存在するのは草と小さな川、それに店と思われる小さなの建物。テンプレーションと行ってもいいほど「最初の村」だった。
そんな誰もが考えるスタート地点がある一つの要素だけで地獄と化している。
十体ほどのモンスター、それはRPGゲームならありふれた光景だ。――それがスタート地点の始めの村と言うことを除けば。
あまりにも理不尽な光景、発売日の初級者の村がモンスターに襲撃されるというイベント。ゲームバランスが崩壊している。
「おい! なんだよこれ、どうなってるんだ!!」
「ゲームバランスがおかしすぎるぞ?」
他のプレイヤーの悲鳴が聞こえる、かく言う僕もうめき声を上げているのだが。
本来宿屋だったと思われる建物が崩れる様子を見ながら、僕はモンスターの方に目をやった。
幅広い年代の人の目に移らせるには少々リアルすぎるモンスター達が謎の素材で出来た家を壊し、村を蹂躙していく、しいて言えば狼に近い姿をしているが、その頭には山羊のような角があり、手には獅子のような爪があった。
その恐怖に足をすくませた僕がへたりこんだ先には――
目の前の物と同じモンスターがいた。
レアリタットのデスペナルティはレベル低下、レベル1の私には影響はないがそれを抜きにした純粋な恐怖から私は体を引いた。
1mほどの大きさの動物は急によりかかった私に体当たりをした。何も考えられないままその場に仰向けに倒れた私に圧し掛かり、角の生えた頭を僕の胸の辺りにぶつけてくる、その痛みに眼を潤ませながら私は走馬灯に似た感覚を覚えていた。
振り上げられる角が酷く遅く感じた、一秒が何倍にも感じられる感覚の中、私はどうすれば助かるのか思考を廻らせる。
腕で振り払う――論外
力のあるウェポンバトラーなら一時凌ぎにはなるかもしれないが、スペルキャスターの私では無理だ。
足で蹴り飛ばす――これも論外。理由は同じだ
頭突きをする――押さえつけられていて届かないから不可能
大声で怯ませる――胸を押されているせいで大きい声が出せない
助けを求める――そんな余裕がある人間がいない
思いつく限りの現実的な方法を全て考えたが、どれも使えなかった。
潤んだ瞳から涙が溢れたことを自覚しながら、半分達観した状態で自分を攻撃するモンスターを見た。
何かの理由で逃げてくれないだろうか、他のプレイヤーにターゲットを移してくれないか、そんな非現実的なことを考えた、その時、一つの言葉が引っかかった。
非現実的?
そうだ、あれがあったのだ。慌てすぎて忘れていた、私は選んだじゃないか、先ほどの瞬間。
クラス:スペルキャスター
初期スキル:ファイアボール(火の遠隔魔法) エレクトリック(風の近接魔法)
魔法をいう非現実的な力で戦うスペルキャスターというクラスを、接近した相手にのみ有効な高威力の魔法を。
どうすれば使えるかは不思議と分かった、頭に浮かんだ文を口に出すだ
け。
雷撃は我が手により処刑の刃となる ―奔れ―
自分の声に、もう一つの声が重なった。設定の中の言葉だろうか、意味は分からない。
詠唱を終えると、腕から黄金の電撃が現れ高い轟音と共に圧し掛かっているモンスターに突き刺さった。
それは紛れもない稲妻、意思を持ったように放たれひとりでにモンスターに突き刺さっ
た。
そしてエレクトリックの追加効果である麻痺が発動したのだろうか、横に倒れ動かなくなった。エレクトリックは近接戦闘能力の低いスペルキャスターが敵に接近された時の為の魔法の為、威力、麻痺の効果ともにかなり高くなっているのだ。
チャンスだ、そう確信した。私は立ち上がり、止めを刺すためにもう一度エレクトリックを使おうとした、もしかしたら止めをさせるかもしれないし、させなくても逃げる時間を増やすことが出来るはずだ、そう考えて手を向けたとき
「理愛!避けて!!」
後ろから聞きなれた声が聞こえた。驚いて後ろを振り返ったとき、体の横を氷の槍が通った。
槍はモンスターの頭を貫いて止めを刺した。モンスターは叫び声を上げると血の一滴も流すことなく地面に溶ける様に消えていった。
そのまま後ろを振り向くと、見慣れた少女の姿があった。
小柄な体躯にローブを纏った茶髪の少女、瞳こそ蒼になっているが間違えなく佐奈だろう。
「走ってください!敵が来ています!!」
立ち上がり、錯乱した精神で私達は夢中で駆け出した。
後ろのモンスター達は私達に気づくことなく町を破壊して他のプレイヤーを攻撃していた。後ろから助けを求める声が聞こえたが、今はそれに構っていられなかった。それに私達も彼等と同じLv1なのだ、この状況を打破することはできない。
幸い途中で他のモンスターに遭遇することはなかった。もし遭遇していればかなり危険な状況だったのは言うまでもない。
私の息が切れて座り込んだ岩の陰は正に平和そのものだった、先ほどの光景からしてもそれ以外の感想が浮かばない。
佐奈は周囲を数秒見回すと、私の隣に腰掛けた。
「ひとまずは安心ですかね?」
「うん……たぶんね」
それから数十秒、二人で息を整えた後に私は会話を切り出した。
「さっきはありがとう、佐奈。助けてもらわなかったら危なかったよ」
「どういたしまして、役に立てたのなら幸いです」
もう一息つき、先ほどの出来事のことを話した。
「でも、さっきは本当に危なかったんだ、やっぱり、相当難易度が高く設定されているみたいだね。私もいきなり死ぬかと思ったよ」
「もともと高難度って宣伝してましたからね、それと理愛、一人称が……」
佐奈に言われて気がついた、一人称が私に戻っていたことに気がついた。気をつけているが、今でも無意識に私になってしまう。
「あ、慌てたせいで戻ってたんだ、気をつけないと」
「私は別にそのままで良いと思うんですけどね、……特に今は」
佐奈は笑いをこらえるようにしながら最後の言葉を付け足した。佐奈はそういっているのだが僕も男なので「私」を一人称で使うのは恥ずかしいものがあるのだ。
「特に今は?ああ、たしかにこのアバター、現実の僕より女顔だからね。これでも一番似てるのを選んだんだけど」
「確かにそっくりですよ、一部を除けばですけどね」
佐奈は微笑みながら言った。一部とは目や肌だろうか?女の子は男よりもそういうものに敏感だと聞いたことがある。
「でも、現実に戻ったら自分のアバターをよく見てみるといいですよ?」
最後にそう付け足すと、彼女は何かの紙を広げた。
「それはなに?」
「地図です、最初に出た場所の傍の建物にあったみたいです」
彼女はそういうと一つの点を指差した。
「これが先ほど襲撃を受けた村です、そしておそらくここが今私達がいるところで」
佐奈が地図の上で指を滑らせるとそこには街道と思われる線があった、そしてその街道の先には町と思われる大きなマークがある。
「壊された村を拠点にすることは無理がありますから、この大きな町を目指そうと思います。というか、それ以外に選択肢は無いと思います」
それに関しては僕も同じ意見だ、壊れた家に住むというのは危険だし、支援が受けられない。それにあのモンスターが立ち去っているとは限らないのだ。
「確かに、もっと近い町や村はあるけど、街道のことを考えればここが一番安全にたどり着けそうだね」
「はい、リスポーンは最後に訪れた村や町ですから、危険な道を通って倒されては意味がありません」
そうだ、レアリタットは死亡するとレベルが一つ下がり、最後に訪れた集落に転送され
る。つまり僕等はあの壊された村に飛ばされることになるのだ。それでは移動した時間が無駄になってしまう。なので街道のない町を目指すのは現実でPTを組んだ一部の人間だけだと思う。
「ということで、今日は街道にたどり着くのを目標にしようと思います、ここや草原ではプレイしていない時にどんな変化があるか分かりませんから、それに比べれば、整備された街道なら変化も少ないと思います。」
変化と言うのは今日のモンスターの襲撃のことを言っているのだろう、ゲームを始めていきなり敵の中と言うのは正直怖すぎる。
「うん、僕もそれでいいと思うよ、他に案もないしね」
「はい、それでは時間がもったいないので早速歩きましょう」
彼女は腰を上げると僕に手を差し出した、僕は形だけその手を握って立ち上がり、彼女に並んで歩き出した。