序曲の幕は降りた
カーテン越しの光と朝の放送が寮のベットで寝ていた僕を眠りから覚ました。
元々寝起きが悪い方ではない僕はすぐに体を起こして柄とサイズの関係で着ている女物のパジャマを脱いで、肌着とYシャツに袖を通した。
そして他の生徒達が部屋で持ち物などの準備をしている間に、前日に準備を済ましていた僕は足早に寮の食堂に向かった。
なぜか立ち入り禁止になった地下室を尻目に廊下を通り、ドアを開けると炊けたご飯と味噌汁の匂いがした。
何時も通り、入り口側の机には座らず女子寮のある方の机を見てみると、そこには小柄な僕の幼馴染が座って雑誌を読んでいた。
彼女の名前は「佐奈」。
僕が8歳の頃からの幼馴染で、彼女は昔から寝相と寝起きが良い方ではなく、寝起きは何時もボサボサの頭で眠そうにしているのだが、今日は髪が整っていて眠そうにしていないことから彼女が早めに起きていたことがわかる。
そして読んでいる雑誌のタイトルもだ。
月間娯楽通信特別号
今、これ以外の雑誌を読んでいる人間の方が少ないのではないのではないかとも思う。
この国の娯楽は大きな革命を起こそうとしている、今まで室内の遊びと言うのは軽いボードゲームと、一部のマニア達によるテーブルトークロールプレイングゲームくらいだった。
しかし、この雑誌の表紙を飾るゲーム「レアリタット」はそれらとは文字通り次元が違った。
3次元のTRPGとでも言うべきなのだろうか、夢を見るような原理で機械で作られた世界に意識を飛ばすらしい、詳しい原理はあまり知らない。
正直な話、最近まで僕はこれをガセの情報だと考えていた、機械で管理された夢を見て、しかもそれを世界中の人々と共有する?あまりにも胡散臭すぎるのではないだろうか。
しかし、つい先週、学校の体育館であった出来事で考えは変わった。
テストプレイヤーとなった校長先生の証言である、校長先生は5分ほど眠った後
「気がついたら広い草原にある小さな村にいた、しばらく歩き回ると四足の猛獣が現れたので必死に剣を振ったが噛み付かれて気を失った、気づいたら戻っていた」
と感想を述べた、それから数人の先生が同じように眠りにつき、同じような感想を述べた。
そこで僕の懐疑心は全て期待に変わった、翌日の雑誌は発行が間に合わず僕は結局佐奈の雑誌を読ませてもらうことになったくらいだ。
そんなことを思い出しながら僕は佐奈の隣に腰を下ろした
「おはよう、佐奈」
間髪要れずに挨拶を返された
「はい理愛、おはようございます」
彼女は予め広げてあったページを指差して言った
「理愛はもうどのクラスにするか決めたんですか?」
レアリタットにはTRPGと同じく複数のクラスがある、発表されているのは
戦闘者 ウェポンバトラー
探索者 ダンジョンウォーカー
詠唱者 スペルキャスター
の三つだ、TRPGより自由なスキル振り分けと本人の性格などで数を補う方向らしい。
この中から選ぶなら――
「僕はやっぱりスペルキャスターかな、かっこ悪いこと言うけど、武器で戦うのも罠を解除するのも僕には少し怖くてね」
「大丈夫ですよ理愛、私も同じ理由でスペルキャスターにしようと思ってますから」
「あ、やっぱり佐奈も詠唱者かぁ、4つ属性があるみたいだけどどれにするの?」
レアリタットの魔法には、攻撃に向いた「火」「風」と支援に向いた「水」「土」がある
「私は特にこだわりが無いですね、理愛はどうですか?」
「僕は火をメインにして、風を少し取ろうと思ってるよ、ウェポンバトラーになる知り合いがいないからね」
「なら私は水と土ですか、これはゲームを始めてから選ぶことにします」
「うん、それで大丈夫じゃないかな」
僕らが軽く話していると、回りに少しずつ人が増えてきた。
そろそろトレイを取りに行こうかと立ち上がり、「女子用」のトレイを取った。
なぜ女子用なのかというと、それは単純な理由で、男子用だと量が多すぎるからだ、調理員さんも分かっていてくれてるようで、何も言わずによそってくれた。
というか女子用のトレイを勧めてくれたのはあちら側だ、遅刻ギリギリで食べる僕に見かねたらしい。
元々僕らが座っていた中心付近の席は取られていたし、うるさいのは好きではないので女子寮側半分の一番隅の席に座った。
「そういえば理愛はパーティを組んでくれそうな人は見つかりました?」
「ごめんね、やっぱ見つからなかったよ、その様子だと佐奈も?」
「自分の友人関係の狭さが嫌になりますね、まあきっと私達のような人もたくさんいるはずです。なんとかなりますよ」
「うん、きっと大丈夫のはずだね」
レアリタットは3人から6人のPTを前提としているようで、少人数だと死亡率が跳ね上がるようだ。
又、3人と言うのは各クラスを一人ずつという意味であり、実質僕らは最低でも2人仲間を探さないといけないということだ。
交友関係が極端に狭い僕らには厳しいハードルである。僕らは昔いじめられていたことがあったのもありお互い以外の友達が殆どいなく、数少ない例外も皆人気者で僕ら以上の友達がいるのですでに6人仲間を集めていた。
しかし、レアリタットといえどゲームなのだから序盤からPT必須の強敵と言うのは出ないだろう、ゲームバランスの崩壊を防ぐ為に。
だから心配は要らない――
そう考えをめぐらせていた時、学校のチャイムが鳴った。
「それでは理愛、いきましょうか」
佐奈の言葉に相槌で返事をして、僕は荷物を取りに部屋に戻った。