行くもの
その場を離れようとしたサムライだったが、あまりのことに立ち尽くしていた。
あのパーティーは相当な手練揃いだったのは間違いない。しかし、バーサーカーの戦闘力を考えれば、勝てる道理はない。
バーサーカーに勝つ唯一の方法は、狂戦士化する前に不意打ちで仕留めること。卑怯ではあっても一旦、狂戦士化したらハイレベルパーティーでさえ容易に勝てる相手ではないのだ。
(それにしても、どういう事だ?)
サムライは怪訝な表情を浮かべて、バーサーカーを見やる。
本来であれば、視界に入る動くモノ全てを殺し尽くさない限り、殺戮衝動を抑えられないバーサーカーが、僅かな距離にいるサムライを無視して、一人で、自分自身を抱きしめる様に手を交錯させて、泣いている。
そう、泣いているのだ。
「澄江、大丈夫か?」
「おじいさん! どうして?」
一つの肉体に宿った、二つの精神。
勇作さんと澄江さんは久しぶりの再会に、誰憚ることもなく、互いを抱きしめあっている。その姿は、傍から見れば、サムライが見た様に、自分自身を抱きしめている様にしか見えない。
サムライは一応、近くにあった物陰に移動し、姿を隠しながら、興味本位にバーサーカーを覗き見る。
実に珍しい光景だ。
なにしろ「あの」バーサーカーが泣いているのだから。
人は死んでも、記憶の中で生き続ける――――。
澄江さんの人格を電気信号化するに際して、結衣は根本的な間違いを犯していた。本来であれば、精神科医による予備検査の段階で発見されてしかるべきだったが今回、一切、予備検査を行っていなかったことが過ちの全てだった。
勇作さんを亡くして十年余り……。
毎日のように、自問自答を心の中で勇作さんと繰り広げ、胸の中の勇作さんと共に豆腐を作り続けている澄江さんの中で、勇作さんは今でもしっかりと生き続けていたのだ。
最初は、今は亡き良人への追慕の念だった。
その追慕は次第に高まり、勇作さんへの愛情は澄江さんの心の一部を取り込み、数十余年間、苦楽を共にした勇作さんそのモノへと変化していた。
周囲の誰も、いや、澄江さんですら気が付かぬまま、勇作さんは澄江さんの心の中で、別人格として生きていた。
そして、澄江さんと勇作さん、二つの人格は電気信号化という過程を経て、独立した人格へと分離され、今、再び巡り合ったのだ。
空腹も忘れて物陰から様子を見続けているサムライの存在に気が付かないまま、澄江さんと勇作さんは話していた。
二人とも、ここが地獄だという認識に違いはない。そうでなくては説明できないことが多過ぎたし、何より、時折、通り過ぎる異形の化け物達……あれが、地獄の牛頭馬頭羅刹でなくて何だというのだ。しかしながら、不思議と地獄の番人達は澄江さんと勇作さんに気が付くと、逃げるように走り去っていく。
「とうとう、人を殺しちまったなあ……」
血塗れの肉塊となった先程のパーティーの遺体を並べ、あり合わせの布を掛けてから両手を合わせる。辺りは一面の石畳み、穴を掘って埋葬したくとも、そうはいかない。
「おじいさん、この人たちは、もう死んでいるんだと思いますよ? そうじゃなきゃ、地獄にいませんもの」
「そうは言ってもなあ……」
澄江さんはそう言って勇作さんを慰めるが、勇作さんは割り切れない様子だ。拳の一撃で頭を吹き飛ばし、人間を棍棒のように振るって、叩き潰す。互いに死んだ身だと思っても後味の良いものではない。
「そんなにお気になさらないで下さいな……あたしは嬉しかったですよ。おじいさんが元気で。昔とほんに変わらず……」
「そうかい?」
「惚れなおしましたよ、ええ。澄江に何をしやがるって……勇ましかったですよ」
「よせやい、畜生め」
独り言の形式をとりながら、遺体の横で二人の会話は弾む。
理由は分らない。
分らないが、サムライはこのバーサーカーの様子から危険でないことは理解できた。同時にサムライの中で一つの思案が浮かぶ。それは迷宮内の不文律を逆手に取った一つの悪巧み……。
(この化け物を手懐けることが出来たら……)
サムライは自らの思案に面具の中で思わず綻ぶ。彼は彼が現実世界において属していた組織の先兵としてこの虚構の世界に送り込まれた一人。この世界においても、彼ら一党は現実世界で知られていた以上に凶悪な組織として既にその名は知られている。
しかし、知られてはいるもののその強大な戦闘力は対ユーザー戦に限られており、モンスター同士の戦闘には何らその実力を発揮することは出来ない。対モンスター戦が許されないのはサムライを含めた化けモノの宿命だからだ。
だがバーサーカーを掌中に収める事が出来れば、状況は一変する。対ユーザー、対モンスター戦の両用兵器にして諸刃の剣である狂戦士。しかもどうやらこの狂戦士は真の意味で狂ってはいない様子であり、うまく取り入ればコントロール出来るかもしれない。
それは虚構世界の勢力図を一夜にして塗り替えるはずだ。
思案をまとめたサムライは、慎重に物陰から出るとバーサーカーに近づき、声をかける。
「お控えなすって。ご当家軒先三尺三寸借り受けまして稼業、仁義を発します」
……虚構世界にその名を轟かせていた武闘派組織「四十九士」を一夜にして従え、ユーザー達に「新ボスの出現」として支持される事になる『肉の王』
彼、或いは彼女はこの日、こうして産声をあげた。
―――― 肉の王の物語 了 ――――