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遭遇

 澄江さんは目覚めた場所へと戻る。

 自分をおばあちゃんと呼んでくれた孫娘の幻影は、既に去った。言葉として彼女に伝えることが出来なかったが、それでも、いずれ分ってくれるような気がする。

 「さてと……」

 と、口には出してみたものの、何をすべきか、これからどうすべきなのか、さっぱり分らない。目覚めた場所には長大な両刃の剣と、鉄製の巨大な円形盾があったが、それが自分の持ち物であるのか、誰かの忘れ物なのかさえ分らない。

 ともかく、剣と楯を手にした澄江さんは、近くにあった小さな部屋に入る。広さは八畳間ほど、床も、壁も、天井も、同系色の石で構成された、飾り気の無いつまらない部屋。

 澄江さんは床に落ちていたボロ布で少しばかり床を拭くと、腰を下ろす。下ろすと同時に、激しい睡魔に襲われる。それはまるで、これ以上、疲れた心が身体を動かすことを拒否するかのような激しい眠気だった。

 「死んだらおじいさんに会えると思ったのに……すみません。地獄にきちゃって」

 いずれ、閻魔さまからお呼びが掛かるだろう。

 それまで、眠ろう。

 少しだけ……。



 

 「囲め!」

 「逃がすなよ、大物だぞ」

 「火炎弾で滅多打ちにしてやる、皆、離れていろ」

 澄江さんの眠る小さな部屋から少し離れたところ、六人組のパーティーが一人のサムライを今、取り囲もうとしている。迷宮出入り口に近い場所でサムライほどの大物モンスターに会える機会は滅多にない。

 通常、サムライは大金を所持しているし、その主武器であるニホントウは戦士の持つツーハンドソードとは比較にならない切れ味を誇り、しかも片手で扱える程に軽い。パーティーの首領格である戦士は、そのニホントウが目当てだった。

 「あん?」

 赤備の当世具足に黒の面具、背には旗さし物を背負ったそのサムライはパーティーが自分を「狩ろう」としていることに驚いていた。

 「面倒臭えなあ……お前ら、何か喰い物、持ってる?」

 サムライは、そう尋ねる。しかし、パーティー側に答える気はないようだ。見たところ、彼らの背負う荷物は、いずれも軽そうであり、その中身に期待できそうもない。

 「弱ったな。俺は骨の旦那みてえに、お前さん達を喰うことは出来ねえんだよ……ほんとに持って無いの? 俺、喰い物に血の匂いとかつくと気持ち悪くなるんだよなあ」

 三人の戦士がじりじりと距離を詰めながら、前、右、左に展開し、魔術師の発動する呪文を待つ。一心不乱に渾身の呪文を唱え始めた魔術師の左右では、詠唱の邪魔をさせない様に僧侶が棍棒を、盗賊が短剣を抜き放ち、低く構える。

 「あ、そう……じゃあ、用はねえや。あっちへ行け」

 右手を犬でも追い払うように振りながらサムライがそう口にするのと同時に詠唱が完成し、魔術師の頭上に火炎弾が出現する。その火炎弾は数十を数え、魔術師が手にした杖を打ち振るうと同時に直線的な弾道を描いてサムライに襲い掛かる。

 居合一閃。

 抜く手も見せずに鞘から抜き放たれたニホントウが火炎弾を弾き返す。下から上に跳ねあげられた切っ先により第一撃を、踏み込んで二撃を、横に薙ぎ払った軌道で第三撃を打ち落とし、サムライは大股で首領格の戦士へと近付いて行く。

 「行け!」

 左手に構えた盾を突き出し、サムライの視線を遮った首領格の指示と共に左右から戦士が突っ込んでくる。一人は盾と片手斧フランキスカ、一人は盾を持たずに長大なクレイモアを手にしている。

 サムライは降り注ぐ火炎弾を避けようともしない。ただひたすら、ニホントウで打ち落とすだけだ。誰が見ても、至近戦闘までこなせる状態ではない。サムライの左手側に回り込んだ片手斧を持つ戦士がそれを横に薙ぐ。

 薙いだはずだった。

 しかし、戦士が目にしたのは、片手斧を持つ己の右手がゆっくりと回転しながら明後日の方向にすっ飛んで行く光景だった。

 「遅いっ!」

 右手を切断されたことに気が付いた戦士が絶叫を上げるよりも早く、サムライの右側からクレイモアを持った戦士が、その大きさの割には軽く作られた両刃剣を素早く振り下ろす。左手一本で片手斧を持つ戦士の腕を切断したサムライは、そのまま身体を半回転させ、腰をひねり、頭上にクレイモアが振り下ろされるよりも早く、戦士の胴を薙ぐ。

 背骨の両断される嫌な音があたりに響き、上下に分断された戦士の上半身はそのまま下にストンとずり落ち、下半身は踏み込んだ勢いのまま、更に二歩、進む。

 クレイモアを持つ戦士は、その生涯において最初にして最期に己の尻をまじまじと見る機会を与えられた。


 火炎弾は依然として降り注ぎ続けている。

 サムライは少し、この攻撃を打ち落とす行為に厭きて来ていた。サムライの実力からしてみれば、この程度の速度の火炎弾など、バッティングセンターの小学生向け低速設定よりも遅く見え、打ち返すのも、避けるのも容易だ。それでも、如何に頑丈に作られた当世具足に守られているとはいえ、正面から当るのは面白くない。

 火炎弾の光芒が辺りを照らす中、全てに面倒臭くなったサムライは、かたを付けるべく、一気に前に踏み出す。

 二人の配下を失いながらも、首領格は滅多にお目にかかれないニホントウに未練があるらしく、退く気配はない。一方、サムライの側から見れば食糧を持っていないパーティーを襲っても何の得にもならないが、モンスターの端くれとして冒険者を殲滅するのは仕事でもある。

 「あらよっと」

 火炎弾を打ち落としながら、強烈な斬撃を二度、三度と首領格の持つ盾に振り下ろす。避けられるのは計算済みで、同じ軌道を描く様に心掛けながら、更に振り下ろし続ける。上段から繰り返し振り下ろされ続ける斬撃に、軌道を見切るのではなく、推測することへと首領格の意識が変化した途端、サムライの操るニホントウの動きが一変する。

 振り下ろした刀を、再び振りかぶるのではなく、切っ先を返し、下から盾を跳ね上げると、一瞬、ガラ空きとなった胴、厚手の革鎧に覆われた左胸あたりに刺突をくわえる。

 通常、牛皮をなめして仕上げられた革鎧は、斬撃に対してその硬さとしなやかさにおいて板金鎧以上の強度を誇る場合がある。しかし、刺突となれば話は別だ。しかもこの時、サムライは肋骨に邪魔されぬよう、刃を寝かせている。

 二尺三寸の刃により、深々と胸を貫かれた首領は瞬時に声を上げることも出来ぬままに絶命し、途端に、その全体重が刀身にのしかかる。死者の重さと筋肉の収縮が刀身を身体から引き抜くことを容易に許さない。


 刃物対刃物の戦闘において、もっとも危険な一瞬――――。


 サムライが刀を即座に引き抜けないことを見てとった盗賊と僧侶が一気に踏み込む。仲間三人の仇を打つべく、気合がみなぎったその斬撃と打撃がサムライに達する寸前……。

 「来たれ、爆炎の王。汝、我に従いて今生一切、塵と化せ」

 爆炎系最上級呪文を唱え終えたサムライの声と同時に周囲の空間に存在する無機物、有機物一切の区別なく全てが火薬へと組成変化し、黒い塵となった。


 「アチチチ……」

 舞い上がった火の粉が天井から周囲一帯に降り注ぐ。

 身体に纏わりつく、その火の粉を振り払いながら、サムライは焼け焦げ、拳大の肉片となった首領格の遺体を、刀身を振って打ち捨てる。

 「悪いねぇ、サムライが魔法使ったら反則だったよね……って、誰も聞いてないか」

 パーティーは文字通り、跡形もない。相手が食糧を持っていないから使ったが、相手が食糧を持っていれば、面具の中に仕込まれたレアアイテム『魔術師の火葬』を用いた、この呪文は、さすがに使えない。食糧が炭になったら、元も子もないからだ。

 

 布切れでニホントウを拭い、鞘に収め、自慢の当世具足が汚れていないか確認する。肉の焼けた臭いと混じり、霧状に飛び散った鉄釘に似た血の匂いが辺りに立ちこめている。

 「サムライだ! 逃がすな、囲め!」

 「おう」

 腹をすかしたサムライはその声に具足の具合を見るのをやめ、顔を上げる。

 心底、うんざりしていた。

 霧状になった血液と硝煙の香りの向こうに姿を現した次のパーティーも手にした武器以外に荷を持っている様子はない。

 「一応聞くけど、お前ら、喰い物持ってる?」

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