ワガママ姫とイジワル殿下 5
「お前もリヴェル侯爵が治めるダール地方が自治領だって事くらいは知ってるだろう?」
レイの話にこくりと頷く。
朧げな記憶を辿って近代史の本の内容を思い出す。
「ええと…確か、先々代の国王が領土拡大の為に遠征して…フォールズ,リド,ダールの3つの地域を王国の領土として認定した…比較的新しい地域で、その3つの中で唯一の自治領…だったかしら?」
王都から北西にフォールズ。北東にリド。
ダールは王都から南でその面積は王国の約3分の1を締める。更にその南にはベルン連邦国がある。
「一応、勉強はしてるんだな」とレイが頷く。私を何だと思っているのか。
「特にダールは歴史上、連邦に取られたり、リン・プ・リエンに取られたり、ウイニーに戻ったりと不安定な地域だった。それが曾祖父の代で王国に統一を果たしたと言っていい」
リン・プ・リエンはウイニーの東にある王国だ。
最近は同盟国として仲がいいけど、昔はそうでもなかったらしい。
長いものに巻かれろ。とはうまく言ったもんだ。とお兄様が相槌を打つので、
お兄様はちょっと黙ってて!という風にギッと睨んでやると、
またまた小さく縮こまった。
「んん〜?全くお兄様の結婚と結びつかないのだけど、それの何処に問題があるの?」
相手が相手というからにはその歴史が関係しているのだろうとは思うのだけど、
今までの話の中に、繋がる部分があるとは思えない。
「ここまでは前置きに過ぎない。問題はここからだ」
これはオヤジに聞いた話何だが…と躊躇しがちにレイは続ける。
「ジジイ…いや、先代の国王の時代にダールとの関係を揺らがないものにしようと、当時まだ若かったリヴェル侯爵に娘を嫁がせるという話があったらしいんだ」
へぇー…と素直に頷く。
確かに統一したての歴史的にも不安定な地域となると、
お爺様も正念場だと思ったのだろうと納得できる。でも…
「お母様の他に娘なんて、どこにいたのかしら?」
現国王の兄妹は私の亡くなった母以外に居ないはずなので、
お爺様に隠し子が居たという事になる筈だけど、そんな話聞いたことがない。
真剣に悩んでいると
「母上の事だよ」
と、頭を抱えながらお兄様が呟いた。
その言葉にまたもや思考が停止する。
「お…かあさま……?だって、えぇ?お母様はお父様と結婚して………」
「…本来、母上はリヴェル侯爵と結婚する予定だったんだ。けど、横から…父上が現れて掻っ攫っていったって聞いてる」
頭を抱えたままお兄様が答える。
大恋愛だった。とは聞いていたし、幼心に両親に憧れもしていたけど、
そんな内容だったとは全く知らなかった。
嘘でしょ?と振り返りレイに目線を向ける。
それに気がついたレイは、苦笑を漏らし肩を竦めた。
「ホントに文字通り掻っ攫ってったらしいぞ?結婚式の当日に。んで、しかもだ、うちのオヤジ……陛下が一枚噛んでたりする」
その内容にますます目を瞠る。
普段の温厚なお父様からは全く想像出来ない。
ましてや陛下まで関わってるとなると、
今でもウイニー王国の領土である事が奇跡のようにも思えてくる。
「リヴェル家は代々仕える国が変わろうとも、ダールだけは上手いことやり繰りして治めて来たからな。リヴェル騎士団も年々力を付けてきている。そんな事があったというのに、未だに独立してないのが不思議なくらいだ」
ウイニーの兵力は、基本的に各地方の有力貴族が所有する騎士団や兵力頼みなところがある。
王城にいる兵士はあくまで警備兵程度の役割しかない。
王国に不満があって、尚且つ力のある貴族ならば、
何時でも簡単に独立出来てしまう。
勿論デメリットも大きいから、滅多に実行に移す貴族は居ないのだけど、
リヴェル家は国境付近のダールを治めるだけあって、
そのデメリットを殆ど皆無にできる軍事力があると言っていい。
「つまりだ。そんな因縁があるのに、元恋敵の息子で…恋敵にそっくりな男に、大事な娘を取られたら…想像つくだろ?」
確かに…と頷いたものの、なにぶん全てが唐突すぎる話で内容がなかなか整理できず、
自分がなんで怒っていたのかすら忘れてしまいそうだった。
しまいそうってだけで怒ってはいるんだけど。
頭の中を一度整理して、今すべき事に目星をつける。
取りあえず、こうなった以上は当人同士の気持ちがまず第一だと判断した。
「事情は大体判ったわ。で?実の妹のエスコートを投げ出して、殿下に押し付けて?少しは進展したの?」
再びお兄様に問うと、コルネリアと顔を見合わせ、またまた2人して顔を真っ赤にする。
あーもう!ハッキリしない!
「アベル・C・ビセット!」
お兄様に向かって怒鳴りつけると、情けない事に「ひゃいっ!」と声を上げる。
時々本当に実の兄なのか疑いたくなる時がある。
「貴方はこの先どうお考えなのです!?」
暫く沈黙の後、意を決したという面持ちでコルネリアの方を向き、
「マリー…」と生唾を飲みながら声を出す。
「私は殿下に仕える身だし、君を一番に考える事が出来ないかもしれないけど、こんな私で良ければ結婚して貰えないだろうか?」
お兄様にしては随分思い切った事を言ったなぁと感心していると、
小さく「あ…」と顔を真っ赤にしてうろたえているのが判った。
結婚を前提に付き合ってって言うつもりだったんだろうなぁと兄の思考を分析する。