交渉と対話 2【フィオ編】
自分のささやかな領土に胸踊らされた瞬間、闇に背中を突き落とす。
ゲイリー・オ・ガ・ジャミルとはこういう男だという事をつい忘れがちになる。
まぁ、だからこそ背中を預ける訳だが。
憮然として机に肘を尽きながら、壁を見つめてゲイリーに言い放つ。
「…陛下曰く、アスベルグに居る兄上の首を持ってこい。だそうです」
「ほう」
成る程成る程。とゲイリーは自慢の顎髭を撫でまわす。
「あの王は一体何を考えておられるのか。流石に測りかねますね。罠か…あるいは共倒れ狙いか…」
「それにしては今更な気がするんですよね。あの騒動から既にふた月以上経ってるわけですし。気分屋なんて理由でとても片付けられないです」
それに開拓開始から5年…いや、そろそろもうすぐ6年だ。その間にいくらでも理由をつけて処分する事は出来たはずだ。
莫大な資金と兵力を裂いてきたというのに…何故こうも簡単に手放せる?
邪魔な弟2人を何とかしたいのは解る。しかしエルネストとしても領地自体は増やしたいはずだ。
天秤にかけても優先したい事は後者な筈。前者を優先させたいなら開拓初日にとっくに片が付いてる。
そうなると……
「エルネストが片付けたいのは僕の方かもしれませんね」
「つまり罠だと?」
ゲイリーの言葉にコクリと頷く。
そう考えた方が全てがしっくりきてしまう。
まず兄上が呼び出され、開拓視察に駆り出された。
この時点で兄上がエルネストと繋がっている事に関して半信半疑だったが、城へ帰って来て兄上が東の不毛地帯開拓を言い渡された際の兄上とのやり取りで半信半疑だった疑問が確信に変わった。
しかし、それでも兄上は僕に匿って欲しいと助けを求めた。
寝返ったとも取れる行動だが、あの時兄上はキツネをどさくさに紛れて押し付けようとした。
これはおそらく僕にキツネを持たせる事でこちらの情報を手に入れようとしたと推測できる。
そして匿われる先は僕がひた隠しにしている開拓地の予定だった。
ところが僕はアスベルグへ兄上を隠した。
あの地は僕の亡き母上の実家であるジールシード辺境伯領となる為、エルネストの配下がおいそれと入ってこれる場所では無い筈なのだ。
おそらくアスベルグに兄上がいると報告したのは兄上自身。
2人は開拓がかなり進んでいると見込んでいて、尚且つ邪魔な僕を処分しようとしている。
これで全ての辻褄が合う。
「ふふふ」
「殿下?」
机の上で手を組んで思わず含み笑いする僕を、ゲイリーが不思議そうに見下ろす。
「どうしましょうね?まったく。兄上は大人しくしていてくれないし雪狐から片付けてしまいますかね?」
「私情を挟むからそうなるです。雪狐に手を出せば後々面倒な事になりますよ。あの方は雪狐に関してだけは執着していますから。いっそこの件は放置してお隠れになれば宜しいのでは?」
「そうすると逆に動きづらいです…面倒臭いですね。ゲイリー、至急ホルガー連れて来て下さい」
行き詰まった時はホルガー。そう相場が決まっている。
人当たりいい彼は意外と僕やゲイリーより頭が切れるので頼りになる。
やれやれとゲイリーは首を横に振ると仕方ないと言った感じで転送陣へ進んでいく。
「面倒臭いはこちらの台詞です。人払いはちゃんとしておいて下さいよ。この部屋窓が無いんですから見つかってしまったら終わりですからね」
ああ、それと…と言って、ゲイリーは胸ポケットから手紙を取り出して僕に渡した。
「殿下がいない間に部屋が埋め尽くされる量の薬草とその手紙が置いてありましたので、拠点の方に移しておきましたよ。随分変わった贈り物をなさるご婦人ですね」
言われてみればこの部屋は随分と薬草独特の緑の匂いが充満している事に気がつく。
もちろん、僕の部屋にそんなものは置いてなかった。
しれっと言い放つゲイリーに目を瞠った後、手元の手紙を見ると【テディへ】と書かれていた。
「!!!なんで先にこれを渡さないんですか!僕がどれだけ楽しみにしているか判ってるでしょう?!」
「判っているから最後に渡したんじゃないですか。頭に花が咲いた殿下と話し合いたくなんてありませんから」
「では」と言ってゲイリーは拠点へ向かう。
ゲイリーが去った後、僕は暫くじっと手紙を見つめ、開かずにそれを懐に仕舞った。




